大人気ノベルゲームFate/stay night』(以下、SN)。その前日談として創られたのが『Fate/Zero』です。SNの主人公・衛宮士郎の義父である衛宮切嗣をメインに、聖杯戦争へと身を投じる者たちの死闘と悲劇を描いたこの作品。SNで重要な人物として登場した、「言峰綺礼」の過去を描いた物語でもあります。

 Zero時点での綺礼は道徳の大切さを頭で理解しながらも、心では感じ取ることが出来ない人物でしたが、勝者の願いを叶える聖杯戦争に参加することとなり、戦いを通じて己の本質に気づきます。 自身の在り方に悩む青年が、戦いを経て自分の道を見つける。この過程を見るに、切嗣と並ぶもう一人の主人公と言えるのではないでしょうか。


【※一部、ネタバレの内容を含む可能性が御座います。ご注意下さい。】


■道徳を学び修練に励む破綻者

 天邪鬼などという可愛らしいものではありません。言峰綺礼という男は価値観が絶望的なまでに乖離しています。人が美しいと思うものを同じように感じとることが出来ない、目的を持たずどんな理念にも娯楽にも興味を持てない、そんな人物です。

 父・璃正と同じく聖堂教会に属し、幼い頃から修練に励んでいました。その為、道徳、人徳の大切さを頭では十分すぎるほどに理解しています。それにも関わらず、心では一般人と同じように美しい・尊いと感じる事はできない。人間として非常に破綻しています。

 当人も己の異常性には悩まされており、数多くの修練をこなし、危険な任務につくことで解決できないかと考え、様々な厳しい修行・任務に取り組んでいきました。その激しさたるや聖堂協会の面々からも一目おかれるほど。璃正曰く、あんなにもよくできた息子を授かったことが畏れ多いとのこと。実父は、彼が信仰心から試練に挑み続けているとみていますが、それは違います。いかなる試練・修練をもってしても悟れず、自分がまともな人間ではないと嫌と言うほど思い知らされてきました。

 更に彼への追い討ちとなるのが周囲の無理解。誰もが信心深い、優秀で真面目な男としか見ない。本人からすれば、父や亡き妻にさえ「己の空虚な本質」を分かってもらえないという状況に、忸怩たる思いが渦巻いていました。その状況下で、彼は聖杯にマスターとして選ばれ、同じくマスターである遠坂時臣を勝利させるために、聖杯戦争へ参加することとなり、自身の人生に多大な影響を与える衛宮切嗣サーヴァントアーチャーに出会う事となります。

 もし仮に、綺礼が人間として異常で無ければ、切嗣を自分と同類の人間だと興味を持たなければ、人の業を愛でるアーチャーの目に留まらなければ・・・『Fate/Zero』の物語で発生した悲劇の大半は避けられたことでしょう。しかし、彼が破綻していたからこそ、Zero、そしてSNの物語は生まれたのです。

■驚異的な戦闘能力。本当に人間か?

 言峰綺礼の特徴は内面の異常性に加えてもう一つ。総合的な戦闘能力の高さです。自身の異常性を矯正するために多くの試練を己に課してきた綺礼。その過程で、異端の魔術師を葬る「代行者」にまでなり、死線を何度も潜り抜けてきました。結果として培われた彼の戦術判断・身体能力は常人のそれをはるかに上回っています。

 切嗣の仲間・久宇舞弥の銃弾を袖口で防ぎきる防御力。代行者が使う武器「黒鍵」による強烈な攻撃。アイリの策で樹木に拘束されても樹木そのものを破壊して窮地を脱する荒業。挙句、時間操作魔術により2倍の速さで動く切嗣に対し、それに合わせて動けば対等に戦えるという超理論を展開した上、見事にやってのける化け物じみた芸当。魔術師としての技量は時臣や切嗣に劣りますが、劇中では、それを補って余りある戦闘能力を発揮します。

 サーヴァントにこそ及びませんが、対人戦闘なら十分すぎるほどの力を備えている綺礼。彼の人間離れした戦闘技術は、物語のバトルを盛り上げるのに一役も二役もかっています。特に切嗣との勝負は見ものです。切嗣の戦い方は、魔術師らしからぬ方法で相手の裏をかき、魔術師であるが故の弱点を突いていくものです。つまり、これまでの魔術師とは異なる戦闘スタイルで攻めてくる綺礼は一筋縄ではいきません。その為、綺礼は切嗣にとって、まさしく天敵とも言える存在です。物語終盤で魅せる両者の激闘は、『Fate/Zero』のラストを飾るに相応しい名勝負です。

■道を外した先にあるもの

 先述の戦闘技術をもって聖杯戦争に参加した綺礼。戦いが激化する中、彼はこの戦争を通じ、己の本質を理解します。原因は、師匠・時臣が召喚したサーヴァントアーチャーにあります。アーチャーは、退屈なマスターである時臣から、歪んだ本性と理性の狭間で苦しむ綺礼へと、興味の対象を移していきます。人の業を愛でるアーチャーは、自分が楽しむためにも綺礼が己の業と向き合い受け入れるのを待っていました。

 修練の過程で、道徳を学んできた綺礼。頭で理解することは出来ているので、愉悦の為に生きるのは『悪』だと断じますが、それは違う、愉悦そのものは悪ではないと諭すアーチャー。では何が己の愉悦なのかと考えているうちに、切嗣だけでなく雁夜のバックボーンに興味を示していきます。時臣のために本来なら手を貸すべきではない相手である間桐雁夜の窮地を救い、己の愉悦の為にも利用していきます。

 一方で、聖杯戦争が進むにつれ、お互いの利害が一致した綺礼とアーチャーは契約を交わします。これにより、今回の聖杯戦争において、そしてSNの時代でも猛威を振るう最凶のコンビが誕生しました。アーチャーの助言で、自身の本質を理解し受け入れた綺礼。その勢いは止まるところを知りません。雁夜、時臣、葵、凛、数多くの人々が「愉悦の為」の犠牲となっていきます。そして彼の異常なる本質が、ついに最悪の事態を引き起こすこととなります。沢山の犠牲を払ったことで、言峰綺礼という男はいよいよ完成を迎えます。悪の主人公として。

 己の歪んだ本質に悩み続けていた青年は戦いを通じて、本当の自分を見つけました。そして多くの人が犠牲となりました。Zeroの悲劇を生み出した元凶は、SNにおいて、衛宮士郎最大の壁となります。SN以後の作品でも多大な影響を与えている綺礼。このことから、Fateの物語は、ある意味で「言峰綺礼の物語」とも言えるのではないでしょうか。


【アニメキャラの魅力】他のキャラクターの記事を定期的に読みたい方はこちら


【原稿作成時期の都合により、内容や表現が古い場合も御座いますがご了承下さい】


★記者:羽野源一郎(キャラペディア公式ライター)

(C)NitroplusTYPE-MOONufotable・FZPC

(C)Nitroplus/TYPE-MOON・ufotable・FZPC