この記事をまとめると
■BMWの新世代「ノイエクラッセ」とかつての「ノイエクラッセ」をつなぐモデルとして「ガルミッシュ」に注目した
■ガルミッシュでデザインしたのはベルトーネ在籍時代のマルチェロ・ガンディーニだった
■ガルミッシュは発表後に行方知らずとなったままだったが、2019年に新たに再生された
もしかしてこれは「ビジョン・ノイエクラッセ」の元ネタ?
BMWがフランクフルトやジャパンモビリティショーで発表したコンセプトモデル「ノイエクラッセ」は、新たなクラスという意味合いどおり、EV世代になってからクルマに乗るような顧客に寄せられたもの。日本でいえば、昭和や平成をぶっ飛ばして一気に令和世代のユーザーにピンとくるものではないかと。そもそも、ノイエクラッセは1960年代にBMW社内で生まれたコンセプトで、現行モデルのご先祖様といってもあながち外れてはいないでしょう。
今回ご紹介するのは、新旧ノイエクラッセの橋渡しをするかのようなコンセプトモデル「ガルミッシュ」。作ったのは、かのマルチェロ・ガンディーニとくれば昭和・平成世代はもちろん、令和くんたちも気に入ること請け合いです。
1960年代、戦後の疲弊から立ち直るべくBMWは「ノイエクラッセ」プロジェクトを推し進め、1500や2000CSといった名作を次々とリリースしていました。敗戦からの復興が波に乗り始めていたドイツは、ノイエクラッセ、つまり戦後を担う新たな世代が中心となっており、ずばり彼らにウケたわけです。
そして、1970年代もこの勢いで躍進しようと「次の一手」を懸命に模索し、後の初代5シリーズとなるE12の開発をスタートさせました。
このとき、バイエルンの首脳陣は、ノイエクラッセの新たなイメージリーダーが必要だと考えたのです。それは、新章をむかえるBMWラインアップに強烈なインパクトを持たせ、ドイツの趨勢を体現したコンセプトモデルでなくてはならなかったことは言うまでもありません。
選ばれたパートナーは、1962年に3200CSをデザインしたベルトーネ。当時のチーフスタイリストはジョルジェット・ジウジアーロで、同車はノイエクラッセ・シリーズのなかでも屈指のスタイリングで、BMW首脳陣も大のお気に入りだったモデル。E12のコンセプトを託すのに、ベルトーネ以上のカロッツェリアはないと考えられても不思議ではありません。
で、ジウジアーロが去ったあと、チーフの座についたのが誰あろう希代のスタイリスト、マルチェロ・ガンディーニでした。ちなみに、ノイエクラッセとは別に純然たるスポーツコンセプトも同じ時期にガンディーニが作り出し、2800SPICUPとして1969年に発表していますが、のちにこのデザインはアルファロメオ・モントリオールに採用されました。
使いまわしと笑われることもありますが、当時カロッツェリアはどこもフル回転の大忙しだったので、こうした事態はほかにも数多く見られます。
失われたコンセプトカーを「マルニ」ベースで再生
さて、ガンディーニがつくった2ドアセダンのコンセプトモデルは「ガルミッシュ」と名付けられ、1970年のジュネーブショーでデビューを飾りました。車名はイタリアの高級スキーリゾートからとられ、新世代ノイエクラッセを乗りこなすアッパーなユーザーに刺さりやすいものだったと言えるでしょう。
随所にベルトーネのアイコンともいえるハニカムモチーフ(六角形)が織り込まれ、キドニーグリルですら六角形にモディファイされています。また、現代にも続く逆スラントのフロントノーズやフラットなガラスで構成されたヘッドライト、あるいはボディサイドの太めのプレスラインなどは、ガルミッシュの端正なキャラクターを表すにはうってつけ。初代5シリーズにもこのプレスラインは継承され、カジュアルなセダンという新たなジャンル構築をおおいにサポートしたこと、承知のとおりです。
ところが、このガルミッシュはジュネーブに出品後、行方がわからなくなってしまったのです。いまでは考えづらいことですが、単なる手違いなのか盗まれたのか、それすらわからなかったそう。筆者のあてずっぽうですが、ガルミッシュは実走可能モデルだったため、熱心なコレクターが水面下でゲットしちゃったのではないかと。で、うれしくなって走りまわっているうちにクラッシュ。それゆえ、盗品マーケットはもちろん、一般的なオークションにも出品されることがなかったのでは?
そんなガルミッシュのことが忘れられず、ついには完コピしてしまったのがBMWのデザイン担当役員のエイドリアン・ファン・ホイドング。彼こそ新生ノイエクラッセ「ヴィジョン・ノイエクラッセ」を創りあげた人物なのですが、ガンディーニに頼み込んでガルミッシュを再生したことを聞いて大いに納得しました。だって、ヴィジョン・ノイエクラッセのネタ元としてガルミッシュはぴったりですからね。
一応ヴィラ・デステ、言うまでもなく世界最高峰のクラシックカーコンクールに出品するという大義名分もあったので、ホイドングにとって言い訳としては申し分ないものだったかと(笑)。
ガルミッシュの完コピといっても、残されていた資料は何枚かの白黒写真だけだったそうです。ここはガンディーニの記憶、イタリアはチューリンの職人集団の腕前に頼らざるを得なかったとのことですが、できあがってみれば往時の写真どおりエレガントな出来栄え!
前述のモチーフはいうに及ばず、品格あふれるシャンパンゴールドのボディカラーや、スエードを多用したリビングルームかのようなインテリアなど、ため息の出るような素晴らしさ。
製作期間はおよそ3カ月と案外短いものですが、その間ガンディーニは「寝る間も惜しんだ」と述懐しています。その甲斐あって、2019年のヴィラ・デステでの発表は大喝采をもって迎えられました。杖をつきながらもガンディーニご本人が登場すると喝采はピークに達し、拍手と歓声がいつまでも鳴りやむことはなかったのでした。
なお、ガルミッシュの完コピもまた2002のシャシーを使った実走可能モデルとなっています。望むべくは逸失こそはしなくとも、盗まれたりすることのないよう、ミュンヘンの博物館をしっかり警備していただきたいもの。なんといっても完コピのガルミッシュはなにものにも代えがたい珠玉の1台なのですから。
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