人生の3大支出のひとつ「マイホーム」。大きな額の買い物となるため、多くの人は返済計画を熟考したうえで、住宅ローンの返済計画を立てでしょう。しかし、返済できなくなるリスクは誰にでもあり得ることなのです。本記事では、濱本さん夫婦の事例とともに、FPオフィスAndAsset代表の前田菜緒CFPが解説します。

突然言葉がでてこず、目の焦点が合わなくなり…緊急搬送で病院へ

濱本さん夫婦は、これまで順調に住宅ローンを返済してきました。毎月12万円、手取りに占めるローンの割合は2割と堅実に無理のない金額で、しかも年金生活に入る65歳で完済できるよう住宅ローンを組みました。

35歳でローンを組み、それから22年、2人の子どもは独立し住宅ローンの終わりが見えかけ、自宅で妻と会話をしていたときです。濱本さんは、急に言葉をうまく発せなくなりました。目の焦点もあっておらず、おかしいと思った妻は救急車を呼び、すぐに病院に運ばれました。脳卒中でした。命に別状はなかったものの、手足のしびれと言語障害が残りました。

一方、濱本さんの妻は結婚してから扶養の範囲内でパートとして働いています。年収は100万円で、妻は今後の生活に不安しかありません。「夫は住宅ローン破産を心配して震えています。私たちはこれから住宅ローンを払っていけるのでしょうか?」妻は言いますが、その答えは誰にもわかりません。

夫はいまリハビリ中とのことですが、また仕事復帰できる程度まで回復するのか、回復できたとしてもいつ復帰できるのかわからない状況です。現在は傷病手当金と妻のパート収入でどうにか生活はできているようですが、傷病手当金が支給されるのは最長1年半です。ただ濱本さんの夫の健康保険組合では、傷病手当金を2年まで延長できる付加給付があるため、2年は現状の収入を維持できそうです。

濱本家の貯蓄が400万円と少なすぎる理由

とはいえ医療費もかかりますし、生活はラクではありません。妻に貯蓄はいくらありますかと聞いたところ「400万円です」と言います。濱本さんは大手証券会社で働いており、年収は1,200万円です。年収と年齢から考えると400万円は少ないと言えます。

妻は「子ども2人を中学から私立に通わせ、教育費には相当お金をかけてきました。2人とも独立したいま、これから自分たちのためにお金を貯めようと思っていたところでした。それなのに……」と落胆した様子で話します。

子どもにお金をかけすぎて、老後の資金がない家庭は珍しくありません。濱本さんは家計支出に占める住宅ローンの割合を低くし、無理のない返済をしてきましたが、その分、教育費にお金を回しすぎたのです。無理のない返済計画は必要ですが、そのほかの支出を増やしすぎては、返済計画も無駄になってしまいます。濱本さんは、その結果、ほとんど貯蓄ができませんでした。

次に保険加入状況について確認したところ、医療保険は加入しているため、入院費用は保険金請求できることがわかりました。しかし、三大疾病で一時金が出るタイプの保険には加入していませんでした。なお住宅ローンの団信は現在では三大疾病で住宅ローン残高がゼロになる商品がありますが、加入当時はそのような商品はほとんどなく、濱本さんも免除されることはありません。

また、会社の福利厚生や退職金制度については、未確認の部分が多く確認するようお願いしました。

最もシンプルなリスク回避方法

最後に筆者は妻に扶養を外れて働く選択肢を提案しました。この提案に妻は「私は53歳ですよ。いまさらキャリアアップなんて……」と後ろ向きな反応を示しました。

しかし、扶養に入っているかぎり妻の年収をアップすることはできませんし、妻の年金も増えません。扶養を外れると年収によっては「働き損」と言われますが、働き損のライン以上に稼げばいいことですし、夫が復帰できるかどうかわからないいま、扶養にこだわっている場合ではありません。住宅ローンの返済に加え、老後資金を貯めないといけないのです。

これらの話に「体力に自信がないのですが、私が働かないと生活できないですもんね。契約社員になれる制度があった気がします。確認してみます」と最終的には納得し、扶養を外れて働くことに前向きな姿勢を見せていました。

妻が夫の扶養内で働く家庭は多いですが、それで家計が成り立つのは夫が働けているからです。いつ夫が病気やけがで働けなくなるかはわかりません。最大のリスク回避は妻も稼ぐことです。扶養の制度はお得な制度でもなんでもありません。なぜなら、扶養内でいる限り妻の低年金は確実になるからです。扶養の制度は、短時間で働く場合の選択肢のひとつでしかありません。

後日妻より「契約社員になると年収が300万円ほど見込めそうです。私も登用のチャンスがあるようなのでトライしてみようと思います」と連絡が来ました。そして、数ヵ月後「契約社員になることができました!」と報告があったのです。

仮に夫が復帰できたとしても収入が下がる可能性があります。妻が働くことによって家計は大きく変わるでしょう。いまの妻に当初の後ろ向きな気持ちはありません。妻のパワーと稼ぐ力は、実は本人が思っている以上に大きいのです。

前田 菜緒

FPオフィスAndAsset

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)