11月22日の衆院予算委員会で、岸田首相ガソリン税の「トリガー条項」の凍結解除を検討する考えを示しました。これに対し、24日、鈴木財務相は、トリガー条項の凍結を解除すると国・地方で「1.5兆円の財源」が必要になると指摘しました。政府はこれまで石油元売事業者等への「補助金」支給により対応してきましたが、ここへきてどちらを選択すべきかで揺れています。それぞれの選択肢の問題点について解説します。

ガソリン税の「トリガー条項」と凍結解除する場合の問題

◆「トリガー条項」とは

まず、岸田首相が凍結解除を「検討」する意向を表明したガソリン税の「トリガー条項」とは何か、おさらいしておきます。

トリガー条項」は、ガソリン価格が高騰した場合にガソリン税の負担を抑えるしくみです。1リットル連続する3ヵ月の平均のガソリン価格が1リットル160円を超えたら、自動的に、ガソリン税が現行の1リットル53.8円から1リットル28.7円への抑えられるというものです。

現在のガソリン税の金額は1リットル53.8円ですが、これは1974年から適用されている「特例税率」であり、本来は1リットル28.7円です(本則税率)。トリガー条項が発動することで、特例税率の適用をストップし本則税率に戻すことにより、その差額分の1リットル25.1円が課税されなくなるということです。

現在の状況は本来であればトリガー条項が発動する場面です。トリガー条項は、ガソリン税の制度に本来備わっているしくみであり、これを発動させることが最も制度的に無理がなく、妥当なようにも見えます。

しかし、実際にはトリガー条項は現状「凍結」されています。トリガー条項は、東日本大震災が発生した直後の2011年4月から、「復興のための財源」を確保するためという理由により、特別法によって凍結されているのです。

トリガー条項の凍結を解除した場合の問題

実は、政府は当初、トリガー条項の凍結解除も検討していました。しかし、ガソリン税が国・地方自治体にとって重要な財源になっている現状を重視して、見送ったという経緯があります。

というのも、財務省の資料「自動車関係諸税・エネルギー関係諸税(国税)の概要」によれば、2023年度予算では、ガソリン税の税収が2兆2,129億円(揮発油税1兆9,990億円、地方揮発油税2,139億円)となる見込みです。また、2022年2月には当時の金子総務相が、「トリガー条項」を発動すると地方自治体の税収が年間約5,000億円減少するという試算結果を明らかにしました。

今回、鈴木財務相も、トリガー条項の凍結解除により国・地方で1兆5,000億円の財源が必要になると指摘しています。

もし、トリガー条項の凍結を解除する場合には、それによって失われる国・地方の財源の不足をどう補うかという問題が発生するということです。

現行の「燃料油価格激変緩和補助金」のしくみと継続することの問題点

◆燃料油価格激変緩和補助金のしくみ

次に、現在行われている「燃料油価格激変緩和補助金」について解説します。

「燃料油価格激変緩和補助金」は2022年1月から実施されています。これは石油元売事業者と輸入事業者に対し、ガソリン価格の値下げの原資に充てるための補助金を支給するものです。

補助金の支給条件や補助金の期限は、当初から現在に至るまで、変遷を繰り返してきました。

制度開始当初は、ガソリン価格が全国平均で1リットル170円(基準額)以上になったら1リットルあたり5円(補助上限額)まで支給するというものでした。また、期限は2022年3月までと、ごく短期に設定されていました。

2022年1月の制度開始当初の情勢を振り返ると、世界経済が新型コロナウイルス禍から回復しつつあり、原油の需要が増加していました。また、一部の産油国で生産が停滞していました。それらが相まって原油価格が上昇していたのです。

しかし、その後、2022年2月からのロシアによるウクライナ侵攻や、記録的な円安といった事情が重なり、ガソリン価格がさらに高騰してきています。それに伴って燃料油価格激変緩和補助金の期間も延長に延長を重ね、現在は「2023年4月末まで」ということになっているのです。また、補助金の「基準額」(ガソリン価格がいくら以上になったら支給するのか)と、「補助上限額」(いくらまで支給するのか)が変更されてきました([図表]参照)。

2023年11月24日時点では、ガソリン価格が1リットル168円を超えたら補助金が支給されることになっています。補助率は以下のように計算されます。

【燃料油価格激変緩和補助金の補助率】

・1リットル168円超~185円の部分:60%

185円超の部分:100%

補助金額は、支給される週の前週に特殊な計算方法を用いて決定されます。前週と前々週の価格からその週の価格を予測し、その価格に上述の補助率を乗じて算出します。

2023年11月22日11月29日の補助金の額は1リットルあたり23.5円です。

◆燃料油価格激変緩和補助金の「長期化」で想定される問題

燃料油価格激変緩和補助金は、期間限定の暫定的な措置として施行されたものです。また、補助金の制度自体が、一時的なものです。したがって、今後、長期にわたって継続するとすれば、以下の問題が生じることになります。

・補助金という制度自体の問題

・財源の問題

第一に、補助金という制度自体の問題です。補助金は本来、特定の者に経済的利益を与えるものであり、性質上、一時的、限定的に行われるものです。また、特定の事業者を他の事業者より優遇することになるので、長期化すれば公平を欠くことになりかねません。

「燃料油価格激変緩和補助金」は石油元売事業者と輸入事業者に対して特別な経済的利益を与えるものであり、しかも、当初は前述したように期限も数ヵ月に限られていました。それが、2023年4月まで続くとすれば2年以上にわたることになります。このまま補助金を継続すると、どうしても無理が生じることになります。

第二に、財源の問題です。西村経済産業大臣は、10月25日の閣議後の会見で、「このペースでいくと、年間数兆円の財政支出になるので、いつまでも続けるわけにもいかない」と述べ、長期化に懸念を示しています。現に、2022年度においては、燃料油価格激変緩和事業のため5月の補正予算で11,655億円、12月の第二次補正予算で3兆272億円が計上されました。そして、補正予算の財源の多くは国債発行で賄われました。もし、補助金を現在の規模で続けるならば、慢性的な赤字状態に悩まされているわが国の財政状況はさらに苦しくなります。

このように、「トリガー条項の凍結解除」と「燃料油価格激変緩和補助金の継続」のいずれも問題を抱えています。特に、いずれも「財源」をどうするのかということは、いずれを選ぶにしてもきわめて深刻な問題になります。

ガソリン価格の高騰の主な原因は、前述したように、エネルギー価格の世界的な高騰や円安です。しかし、それらに加え、経済の停滞により国民の給与が上がらないこと、エネルギーの多くを海外からの輸入に頼る産業構造等も影響しています。国民の負担を軽減するには、政府・国会は、「トリガー条項の凍結解除」と「燃料油価格激変緩和補助金の継続」のどちらを選択するにしても、ガソリン価格の高騰を招いている諸問題に対し、いずれも有効な対処法を見出す必要があります。

(※画像はイメージです/PIXTA)