病院にかかった際、調剤薬局で処方箋を出してくれる「薬剤師」。「医師などに比べると、働くハードルが低そう」と思っている人もいるかもしれません。しかし、薬剤師になるには「高いハードルがある」と、小児科医の秋谷進氏はいいます。複数のデータをもとに、薬学部になるための道のりと展望についてみていきましょう。

薬剤師になるための「2つのハードル」

薬のプロフェッショナル薬剤師。薬のことはなんでも知っていて、非常に魅力的な職業の1つです。実際、医師や看護師などが気づけなかった問題点を薬剤師ならではの視点で指摘してくれるなど、病院でも薬剤師は「頼れる存在」となっています。

また、コロナ禍でワクチン接種の需要が高まった際、医療従事者が確保できない場合に「薬剤師」をワクチン接種の担い手として検討するなど、国による薬剤師の役割を拡大しようという動きも広がっています。今後、地方を中心により多くの地域で薬剤師の需要が高まってくることでしょう。

もしかすると、「医師よりは、プロになるためのハードルが低そう」というイメージがあるかもしれませんが、薬剤師になるための道のりは決して簡単ではありません。

薬剤師になるためには「大学進学」がマスト

薬剤師になるためには、「大学に進学するまでのハードル」と「大学進学後のハードル」の2つのハードルがあります。

薬剤師になるためには、そのスタートラインに立つため、大学で専門カリキュラムを学ぶ必要があります。したがって、高校では理系の科目(特に化学や生物学)を重点的に学習し、大学の「薬学部」に合格する必要があります。

薬学部への入学自体は、決して高いハードルではありません。“学校を選ばなければ”、定員割れする大学もあるほどです。2020年度の調査によると、全国の私立大学薬学部・薬科大学の約4割が定員割れしていることが明らかになっています(とはいえ、東京大学など難関大の薬学部に受かるのは至難の業です)。

薬学部では、通常の4年制大学とは異なり、6年制のカリキュラムが組まれています。この6年の流れは、主に下記のようになります。

●1年目 ……基本的な科学の知識(生物学、化学、物理学)を学び、小グループ学習(SGL)を通じて生命の尊重や医療専門家としての適切な態度、プレゼンテーションスキルを学びます。

●2年目、3年目 ……薬の専門科として必要な科学的基盤となる科目を主に学びます。

●4年目 ……薬学に焦点を当てた統合的な医療セミナーや、病院と薬局での実習を準備します。また、キャンパス内の薬局で実地研修をすることもあります。

●5年目 ……大規模な病院と薬局での実地臨床が主体になります。また、生命科学や薬剤開発に関連する講義にも参加するなど、大学によって独自のカリキュラムを設けていることもあります。

●6年目 ……研究室に所属し、研究プロジェクトに参加したり、来たる卒業試験や国家試験合格までの準備をします。

薬学および製薬科学のコアカリキュラムの内容は、下記のように多岐にわたります。

・薬物物理学

・分析化学

・生物物理学および生化学

・構造生物学

有機化学

・天然医薬品

・合成化学

・基礎生化学

・基礎微生物学

・免疫学

・公衆衛生科学

ここに臨床現場で使える実地としての知識も加わりますから、6年間といえどのんびりしてはいられません。

[図表1]は、2017年度薬学部6年制学科卒業率と国家試験合格率をまとめたものです。入学から卒業までストレートで行き、さらに国家試験合格となると、非常にハードルが高いことがわかります。

薬剤師になるためには「お金」も必要

また、薬剤師になるためには必ず大学に進学しなければいけませんから、忘れてはいけないのが「学費」です。国公立大学私立大学で異なりますが、特に私立大学の場合はそれなりに高い学費が必要になります。

国公立の場合、おおむね学費は以下のとおりです。

入学金……約28万2,000円

年間授業料……53万5,800円

6年間の総学費:入学金と年間授業料を合計し、6年間で約350万円

6年間なので、4年制大学より少し金額は上がりますが、高めではありますが私立大学と比較すれば「妥当な金額」といえるでしょう。

しかし、私立大の場合はどうでしょう。年間約200万円が最低ラインで、6年間でみると約1,200万円にものぼります

※ 上記はあくまでも参考として表にまとめました。薬学部には6年制と4年制があり、算出方法が異なる可能性があります。また随時変更が行われているため、正確な学費に関しては、各大学ホームページ等でご確認ください。

[図表2]は、私立薬学部6年間学費をランキングにしたものです。しかも、この費用は授業料だけですから、実際にはさらに生活費や施設費、教材費などがかかります。また、授業や国家試験などでつまずき留年や浪人となると、さらに学費がかさんでしまうことになります。

6年間学んだ先にある「国家試験」の壁…1度落ちると再合格率は“半分以下”

大学進学後のハードルとして、6年間学んだ先にそびえ立っているのが、「国家試験」です。この国家試験は厚生労働省が実施し、薬剤師としての基本的な知識と技能を評価するもので、誰でも受かるような甘いものではありません。

今年2月に行われた第108薬剤師国家試験の合格者数は、受験者数13,915人のうち9,602人。合格率は69.0%と、7割を切っています。

さらに、新卒者の合格率は84.9%と高い合格率なのですが、既卒者の合格率は44.1%と大きな差があります。1度合格の機会を逃すと、その後既卒での合格はなかなか厳しいことがわかりますね。

今後も高需要…薬剤師は「安定」が魅力

このようにいくつものハードルを乗り越え、薬剤師はみなさんのお近くの薬局などで働いているわけです。これだけ大変な道のりを超えたわけですから、それにふさわしいメリットがあるはずです。薬剤師は、収入面でも今後の展望としても、その「安定性」が魅力といえます。

比較的高く、安定した収入

厚生労働省が実施した「令和3年度賃金構造基本統計調査」によると、薬剤師の平均年収は580.5万円。内訳としては、基本月給が40.4万円、年間賞与が96.2万円となっています。日本人の平均年収が443万円であることを考えると、比較的高い給与をもらえる職種です。

しかも近年薬剤師の年収は上昇傾向にあり、同資料によると平成29年から令和3年までの5年間で平均年収は約37万円増加しています。先述したように、薬剤師の役割はどんどん重要視されていますから、この傾向は続くとみられます。

ちなみに、さらに詳しくみると、男性薬剤師の平均年収は630.3万円、女性薬剤師の平均年収は545.3万円となっており、男性薬剤師のほうが年収が高い傾向がみられます。

需要も安定 

そして、薬剤師のメリットとして挙げられるのはその「需要の高さ」でしょう。高齢化する日本においては、今後も医療の需要が高まる可能性が高いです。

また、薬剤師は薬局や病院だけがフィールドではありません。製薬会社や研究機関、教育機関などで働くこともできます。こうした場における新たな医薬品の開発にも薬剤師の存在が不可欠ですから、長期的にみても、薬剤師がなくてはならない存在であることは十分想像できます。

まとめ

薬学に関する専門知識を活用し、患者の治療やヘルスケアに貢献する薬剤師は、働きがいのある職業のひとつです。直接患者さんと対面することも多いですから、薬を通して直接患者さんに「ありがとう」といわれるなど、「社会に貢献している」と実感しやすいといえます。

さらに、医薬品の開発や医療技術の進歩にともない、薬剤師は常に学ぶ機会があり、個人の成長を感じやすい職業でもあります。

働きがいは言い換えると「プレッシャー」ともいえ、患者の命を支える職業である薬剤師は高いプレッシャーがかかる職業ではありますが、魅力ある職業のひとつだといえるでしょう。

秋谷進

小児科医

(※写真はイメージです/PIXTA)