ある女性の母親が準備してくれた「長女にすべてを相続させる」という公正証書遺言。しかし、父親違いの2人弟を持つ女性は、今後の展開に気持ちが沈んでいます。理由は、これまでの複雑な家族関係と相続の経緯にありました。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに、生前対策について解説します。
継父の遺産、養子縁組していなかった長女は相続できず
今回の相談者は、50代の専業主婦の山田さんです。現在老人ホームで生活している80代の母親の相続のことで心配があると、筆者のもとを訪れました。
「私の家族は、少々複雑な関係となっておりまして…」
山田さんの実父は資産家の一族のひとりっ子でしたが、山田さんを残して若くして亡くなってしまいました。その後、山田さんの母親は、舅の勧めで亡き夫の親戚にあたる男性と再婚。舅は再婚した男性を養子にしました。その後、2人の弟が生まれました。
祖父の相続のときには、山田さんは亡き父親の代襲相続人として財産を相続しました。しかし、継父が亡くなったとき、養子縁組をしていなかった山田さんは相続財産を受け取れませんでした。
母親が相続したわずかな土地が「大化け」
山田さんの継父の相続では、異父弟2人が財産の大部分を相続しました。本来なら、母親には2分の1の法定割合の権利があるはずですが、相続したのはアパートと畑のみで、遺産の10パーセント程度でした。
ところが、母親が相続した畑は、都市計画道路の買収エリアにかかったことで多額の現金となり、その近隣に位置するアパートの地価も上昇しました。
「遺産はすべて長女に」母親は公正証書遺言を残したが…
母親の相続人は山田さんと、継父の子どもである弟2人の合計3人です。
「弟たちは父親の相続のとき、本来は母親が相続するべき財産を、母親を飛ばして相続しています。そのため、母親の相続は遠慮するだろうと思っていたら、こちらも相続するつもりらしく…」
弟たちの発言を聞き、山田さんを心配する母親は「遺産はすべて長女に」と明記したうえ、付言事項に「弟2人は父親の相続時に多くの遺産を相続しているので、それで納得するように」と記した公正証書遺言を作成してくれました。
「母の気持ちはうれしいですし、本当にありがたいです。でも、このような状況でいざ相続となったとき、本当に問題なく、思い通りの結果にできるのでしょうか? それが心配で…」
山田さんはうつむきました。
どのような事情があっても、遺留分侵害請求は回避できない
山田さんの母親の財産評価を確認すると、不動産と預金でおよそ9,000万円でした。相続人は3人のため、遺留分は各人6分の1となり、弟たちはそれぞれ1,500万円です。
さらに不動産を時価評価すると路線価よりは高くなるため、遺留分も増えていきます。
遺留分が請求されなければ遺言書どおりに相続できますが、弟たちは必ず遺留分の侵害請求をしてくるだろうというのが、山田さんの想定です。
遺留分を減らす対策をするなら、現金で不動産を購入して評価を下げる方法がありますが、高齢の母親に説明するのは困難ということで、山田さんは、その方法をあきらめました。
「遺留分の額がわかっただけでも覚悟ができました。今後、相続の段階になったらまた相談に乗ってください」
打ち合わせの席で、山田さんは頭を下げました。
山田さんの弟たちの性格からは、遺留分の侵害請求は避けられないようです。しかし、弟たちは父親が亡くなったときに遺産の9割を相続していることから、母親の相続のときには遠慮してもらいたいですが、法律を盾に、もらえるものは請求するとなれば、遺留分請求には対応しなければなりません。
選択肢を多くするためにも、相続対策は、早めに行うことが重要なのです。
※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。
曽根 惠子 株式会社夢相続代表取締役 公認不動産コンサルティングマスター 相続対策専門士
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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