11月15日、第59回大鐘賞映画祭が、京畿道水原市内の京畿アートセンター大劇場で開催された。今年は、14部門で最多ノミネートされていたキム・ジウン監督作『蜘蛛の巣(原題)』、興行・批評ともに成功を収めたリュ・スンワン監督作『密輸(原題)』、日本での劇場公開も決定しているオム・テファ監督『コンクリートユートピア』(2024年1月5日公開)がそれぞれ11部門、アン・テジン監督『梟ーフクロウー』(2024年2月9日公開)が10部門で候補に上がるなど賞レースを争った。

【写真を見る】「ミヒョンが好評を得たのは、監督をはじめたくさんの方々がいてくださったから」と、シリーズ女優賞受賞のコメントを語ったハン・ヒョジュ

■アン・ジェホン、ハン・ヒョジュらスターがレッドカーペットに登場!

授賞式前の恒例イベントのレッドカーペットには、アン・ジェホン、ヨム・ジョンア、ハン・ヒョジュら今年の韓国映画とドラマを美しく飾った俳優陣が姿を見せた。

『リバウンド(原題)』(23)の熱血コーチの姿も記憶に残るアン・ジェホン。怪演で視聴者を沸かせた「マスクガール」では、体重の増量と脱毛でかなり個性の強いビジュアルだったが、今回の晴れの舞台ではスーツでビシッと決めたスタイル。シリアスでもコメディでも演じ分ける、インディーズ映画界が生んだスターのオーラを振りまいていた。

最近は黒の装いでクールさを演出するのがトレンドなようだ。キム・ソニョンは、首元のスカーフがアクセントなスタイル。シックなロングスカートで、マニッシュとフェミニンどちらの良さも感じられるのが印象的だ。クールなムードは、芯の強いアクトレスというイメージにぴったりだった。

他方、キム・ソヒョンのフォーマルながらセンシュアルなキャミソールロングワンピースも素敵だった。スマートな容貌をさらに引き立て、凛とした雰囲気に心を奪われる。

昨年は『別れる決心』(22)、今年は『密輸(原題)』と名匠のもとでひっきりなしに活躍したパク・ジョンミンも登場。カメレオン俳優と呼ばれ様々な力の入った演技で楽しませてくれる彼も、今日はハートポーズで茶目っ気たっぷりにおどけてみせる。

そして忘れがたいルックが、ハン・ヒョジュのスタイルだった。。光沢のある素材にユニークなパターンデザインが彼女らしい清楚さを演出するが、大きく開いたバックスタイルにハッとさせられた。

今年のハン・ヒョジュは、大ヒットドラマ「ムービング」で初めて母親役を演じ、『毒戦2』では暴力的なキャラを生き生きとこなした。予想外の姿を見せてくれるのは、作品の中だけではないようだった。

■数字に現れない作品の価値への眼差し。独自色へ変わりゆく大鐘賞

2023年の大鐘賞映画祭で、作品賞や助演女優賞(キム・ソニョン)、主演男優賞(イ・ビョンホン)は『コンクリートユートピア』に軍配が上がった。ただ、席巻や総なめというよりも、様々な作品が賞を分け合う結果となった。

11月24日(金)に開催される、“韓国のアカデミー賞”として権威を誇る青龍映画賞や、世界的な韓国ドラマブームも影響存在感を増している“韓国のゴールデングローブ賞”百想芸術大賞と比べて、近年の大鐘賞映画祭はシネマアワード特有の賑わいという観点ではやや寂しいというのは否めない。特に今年は、撮影のスケジュールの都合により、レッドカーペットはもちろん、作品賞や俳優部門といった重賞でも受賞者の欠席が相次いだ。本人による受賞コメント映像が用意されているものはいい方で、プレゼンターを担う大物俳優が受賞者を発表したものの、トロフィーを渡すこともないままそのまま降壇していく後ろ姿はやはり切ない。

一方で、他の映画祭や映画賞の華やかさとはまた異なる存在意義がある。たとえばパク・フンジョン監督の新作『貴公子(原題)』はさほど目覚ましい結果を残したわけではないものの、主演を務め新人俳優賞に輝いたキム・ソンホの優雅な佇まいと見事なガンアクションには大いにしびれた。もちろん興行成績は重要だが、現代は大衆の好みが細分化しファンダムが熱烈に支える文化が根付きつつある。数字に現れない作品そのものの美点を正当に評価しようという態度が受賞結果に見てとれる。

また、ドキュメンタリーを評価する部門がある映画賞は、韓国では大鐘賞のみだ。映画祭やアートフィルムという見方の強いドキュメンタリー映画を世間一般へ知らしめる姿勢には敬服するものがある。

今回ドキュメンタリー部門大賞を受賞したのは、在日コリアンで日韓ともに根強いフォロワーのいる女性監督ヤン ヨンヒの『スープとイデオロギー』(21)だった。父亡き後、大阪・猪飼野でたった一人で暮らす母とのかけがえのない交流を綴った優しい映画でありながら、若き母が経験した済州4.3事件への怒りと鎮魂、在日というアイデンティティによる葛藤、南北分断への慟哭が盛り込まれた極めてポリティカルな傑作だ。キム・ユンソク、パク・チャヌク監督はじめ多くの韓国映画人たちから愛され、尊敬を集めている作品でもある。

受賞のコメントとしてヤン監督は、「『ディア・ピョンヤン』(05)、『愛しきソナ』(09)、『スープとイデオロギー』と家族三部作になってしまいました。26年間、私の下手な撮影に対し被写体としてカメラの前に立ってくれた天国にいる両親、平壌にいる兄と姪へ感謝を伝えたいです。私が映画を作りたいと亡き父に初めて伝えたとき、“芸術とは自国で生まれたものだけができるとても贅沢なものだ。そんな妄想は捨てろ”と言われました。私は“でもアボジ、挑戦ぐらいはしてみるべきではないですか”と言い、そんなアボジを20年間以上追い続けました。今も挑戦中ですし、これからも挑戦し続けます」と、感慨深げに話した。

実は、今回初めて地方都市の京畿道・水原市での開催だったことにも注目したい。仁川広域市と京畿道を拠点とする新聞社の京仁日報が地元で街頭インタビューをする様子を見ると、「映画祭があるのは大体ソウルや釜山だけなので光栄です」と歓迎の言葉を口にする市民がよく見られた。地元民だけではなく、中にはわざわざフィリピンからやってきた熱烈な韓国映画ファンの姿もあった。イベントが都市部に一極集中する問題は、日本も同様だ。映画をはじめとした、カルチャーにおける地域格差を解消しようとする試みには、意義深いものがあった。

伝統のある大鐘賞だが、今年はOTTを含めた連続ドラマを評価するシリーズ賞を設けるなど、時流にあった動きも見せている。ピープルズアワードやニューウェイブといった演者への賞が、新人賞や各々の俳優賞に一本化されたのも、より質実かつ多様な作品を評価する方向へと舵を切っている様相だ。

そうした質実さがよく現れていたのが、主演女優賞を独立映画『ビニールハウス(原題)』の主演キム・ソヒョンが獲得したことだ。

介護職に従事しながらビニールハウスで息子を育てているムンジョンの切迫した物語だ。青少年犯罪、高齢化、性暴力といったシリアスな社会的イシューを取り扱い、希望も抱かせてくれる深い作品についてキム・ソヒョンは、受賞のステージで「自分の話のようで泣きながら台本を読んだ。この時代を生きている私たちは華やかに見えるがそうではない。この作品を通じて心が重くなった」と、作品が自分自身と社会に重い問いを投げかけていることを示唆し、撮影を振り返った。

全体的にノミネート作品は同時期の青龍映画賞を意識しているものの、受賞結果はかなり大鐘賞のカラーを出そうと努力されたものだったことは好ましい。『コンクリートユートピア』で助演女優賞を獲得したキム・ソニョンが、会場にハッピーなオーラを振りまくように大いに喜びを露わにしていたのは、本心からだったに違いない。

■第59回大鐘賞映画賞 受賞結果

大鐘が注目した視線賞 作品部門:『ドリームパレス』(カ・ソンムン監督)

大鐘が注目した視線賞 監督部門:パク・ジェボム監督(『Mother Land(原題)』)

大鐘が注目した視線賞 俳優部門:チョン・ソンファ(『英雄(原題)』)

ドキュメンタリー賞:ヤン ヨンヒ監督『スープとイデオロギー』

撮影賞:チェ・ヨンファン撮影監督(『密輸(原題)』)

編集賞:キム・ソンミン編集監督(『梟ーフクロウー』)

視覚効果賞:ウン・ジェヒョン監督(『コンクリートユートピア』)

音響効果賞:キム・ソクウォン音響監督(『コンクリートユートピア』)

衣装賞:ユン・ジョンヒ衣装監督(『キリング・ロマンス(原題)』)

音楽賞:タルパラン(『PHANTOM/ユリョンと呼ばれたスパイ』)

美術賞:チョ・ファソン美術監督(『コンクリートユートピア』)

シリーズ作品賞:「ムービング」

シリーズ監督賞:カン・ユンソン監督(「カジノ」)

シリーズ男優賞:チェ・ミンシク(「カジノ」)

シリーズ女優賞:ハン・ヒョジュ(「ムービング」)

脚本賞:アン・テジン、ヒョン・ギュリ(『梟ーフクロウー』)

新人監督賞:アン・テジン監督(『梟ーフクロウー』)

新人男優賞:キム・ソンホ(『貴公子」)

新人女優賞:キム・シウン(『あしたの少女』)

助演男優賞:オ・ジョンセ(『蜘蛛の巣』)

助演女優賞:キム・ソニョン(『コンクリートユートピア』)

主演男優賞:イ・ビョンホン(「コンクリートユートピア」)

主演女優賞:キム・ソヒョン(『ビニールハウス』)

監督賞:リュ・スンワン監督(『密輸(原題)』)

作品賞:『コンクリートユートピア

文/荒井 南

韓国の3大映画賞の一つである第59回大鐘賞映画祭が開催!/[c]大鐘賞映画祭