誰に何をどれくらい相続させるか、相続人以外への遺贈をするか、自筆かパソコンで作成するか、遺言執行者の指定など、遺言書には検討すべきポイントが数多く存在します。本稿では、遺言書の効力や効力が無効となるケース、遺言書を見つけた際の適切な対応など、遺言書に関する押さえておくべき知識を詳しく解説します。

遺言書にはいくつか種類がある

遺言書には、主に3つの種類が存在します。それぞれ、どのような特徴があるのでしょうか。順番に解説します。

自筆証書遺言

その名のとおり、遺言者が自筆で作成する遺言書のことです。筆記用具や用紙に指定はなく、紙とペン、印鑑さえあれば思い立ったときに作成が可能です。

基本的にすべて自書する必要がありますが、財産目録についてはパソコンでの作成も認められています。手軽に作成でき、自分で作成するため費用がかからないのがメリットです。

ただ、第三者の目がない分間違った方法で作成して無効になってしまったり、紛失してしまったり、相続人による隠蔽、変造などの可能性もあります。作成の際は正しい方法で作成し、自宅で保管せず法務局に預かってもらうことをおすすめします。

公正証書遺言

公的機関である公証役場の公証人に作成してもらう遺言書のことです。原案を考える必要はありますが、公証人に相談でき、最終的に公証人が関与して作成することになるため、ほかの形式よりも信頼性が高いです。

また、入院中で動けないという場合でも、公証人が病院まで出向いてくれるため、作成を諦める必要がありません。

手数料や手間、日数などはかかりますが、内容の改ざんや変造の危険性が低く、そのまま公証役場で保管してもらえる点も考慮するとメリットのほうが多いでしょう。なお、手数料は遺言の目的である相続財産の価額によって異なります。

秘密証書遺言

遺言内容を秘密にできるのが特徴の遺言書です。全国で年間100件程度と、あまり利用されることのない遺言方法ですが、内容を見られるのは本人、公証人、証人のみになるため、遺言書の中身を誰にも知られることなく作成できます。

遺言者本人が作成し封入するため、自筆証書遺言のように遺言者が記載したものかどうかの確認が不要で、偽造や改ざんを防げるのがメリットです。自筆証書遺言とは違い、パソコンでの作成も可能です。

ただ、手間がかかる、記載に不備があると無効になるなどのデメリットもあります。また、公正証書遺言よりは低コストで作成できますが、手数料が1万1,000円かかります。

遺言書が持つ8つの効力とは? 

遺言書には、どのような効力があるのでしょうか。ここでは、8つの効力について解説します。

1.相続分の指定

法定相続分に関係なく、誰に何をどれくらい相続するのかを自由に指定できます。特定の相続人にすべての遺産を相続させるといった内容の遺言書を作成することも可能ですが、ほかの相続人の権利を侵害することにもなるため、慎重に検討しなければなりません。

たとえば、以下のような割合で相続分を指定するケースがあります。

・跡継ぎである長男に全財産を相続させる

・家にひとり遺されることになる妻に相続財産の80%を相続させる

2.相続人以外への遺贈

遺産は法定相続人に相続されますが、遺言により法定相続人以外の人にも遺贈ができます。

たとえば、以下のような人に遺贈するケースが多い傾向にあります。

・献身的に介護してくれた長男の嫁

・お世話になった人

・内縁の配偶者 など

3.遺産の寄付

遺産は、遺言によって特定の法人や慈善団体などに寄付することができます。天涯孤独で相続人が1人もいないという場合や、相続人はいるが誰にも渡したくないといった場合に寄付が選ばれることが多いです。

寄贈寄付先には多くの団体がありますが、たとえば以下のようなケースがあります。

・自然を守るため、自然保護団体に寄付する

恵まれない子どもたちのために、発展途上国に寄付する

4.非嫡出子の認知

遺言により、隠し子を認知できます。生前は明かせなかったとしても、死後であればカミングアウトできるという場合もあるでしょう。遺言書によって認知された子どもは、正式に被相続人の子どもとして認められ、相続に関して嫡出子と同様の権利を得ます。

非嫡出子として認知されるケースには、以下のようなものがあります。

・愛人との間に生まれた子ども

・内縁の夫や妻との間に生まれた子ども

5.未成年後見人の指定

相続人が未成年であり、遺言者が死亡することによって親権者がいなくなるといった場合、遺言者は子どもの未成年後見人を遺言によって指定できます。

遺言によって未成年後見人に指定された人は、指定されたからといって必ず就任しなければならないわけではなく、拒否することも認められています。

6.相続人の廃除と廃除の取消

相続人から被相続人に対し虐待や重大な侮辱などがあった場合、その人を相続人から廃除して相続の権利を剥奪できます。

たとえば、廃除の申し立てを行うケースには、以下のような場合があります。

・何年も働かない息子に意見するたびに暴力を振るわれている

・日常的に暴言を吐かれ続けている

なお、一度廃除しても取消は可能です。

7.遺産分割の指定と禁止

遺言者は、遺産分割の方法についても指定できます。遺産の分割を禁止することも可能ですが、これは相続開始から5年以内に限ります。

たとえば、以下のような場合に活用されることが多いです。

・被相続人の死亡直後により冷静な遺産分割協議が不可能

・相続人同士で揉め事が起こることが予想される

・相続人の中に未成年者がいる

8.遺言執行者の指定

遺言書の内容を執行する人を指定できます。遺言執行者になるのに特別な資格は必要なく、未成年や破産者でない限り誰でもなれますが、やらなければならないことが多く負担が大きくなることから、弁護士や司法書士などの専門家が選任されることが多いです。

遺言書の効力に有効期限はあるのか?

遺言書に有効期限はありません。何十年も前に作成されたものであっても正しい方法で書かれていれば有効です。いつでも撤回でき、内容の修正や新たにつくり直すことも可能です。新たにつくり直した場合は、古いものが無効となり新しい日付のものが有効になります。

また、遺言書の効力は、遺言者が亡くなったときから効力が生じます。遺言によって遺産を引き継ぐ見込みのある人であっても、遺言者が存命のうちは遺産に関して何の権利もありません。

遺言書に書いたら何でも実現される? 効力が及ばない場合とは

残念ながら、遺言書に書いたものはなんでも実現されるというわけではありません。たとえば、公序良俗に反する内容であるなど、効力が無効となるケースが存在します。

ほかにも、特定の人だけに有利な内容で遺産が分配され、相続人が最低限受けられるはずの権利を侵害された場合には、相続人の行動次第では遺言の効力が及ばなくなることもあります。

相続人が最低限受けられる権利のことを「遺留分」といいます。何人も相続人がいるにもかかわらず、特定の人1人にすべての財産を相続するといったようなケースは、言い換えればほかの相続人の遺留分を侵害するということになります。

だからといって、それだけで遺言書自体が無効になることはありません。しかし、遺留分を侵害された相続人には、遺留分を侵害している者に対して不足分を請求する「遺留分侵害請求権」という権利があります。

遺留分侵害請求がされなければ遺言書の内容がそのまま実現されることになりますが、遺留分侵害請求権は守られるべき相続人の権利であるため、遺言書よりも強い効力を持つことがあります。請求されれば、遺言書の内容が覆される可能性があることを知っておかなければなりません。

遺留分侵害請求権は相続が開始されたことを知ってから1年、もしくは相続の開始から10年が経過すると消滅します。また、兄弟姉妹にはそもそも遺留分が認められていません。

「遺留分侵害請求権」は2019年7月1日に民法改正されたものです。相続開始日が2019年7月1日以降の場合は適用されますが、2019年7月1日より前の場合は民法改正前の「遺留分減殺請求」が適用されるので注意しましょう。

遺言書の効力が無効となるケース・無効とならないケースの具体例

どのようなケースが無効となるのでしょうか。無効となるケースと無効とならないケースを、遺言書の種類別に見ていきましょう。

どの形式の遺言書でも効力が無効となるケース

どの形式の遺言書でも共通の、無効となるケースです。

・遺言者に事理を弁識する能力がなかった

・遺言者が15歳未満

・誰かと共同で書いてしまった

・錯誤による遺言

・公序良俗に反する内容

遺言者は、15歳以上であり、事理を弁識する能力を有していることが条件です。事理を弁識する能力とは、遺言の内容や遺言をすることによって発生する効力をきちんと理解できるだけの能力をいいます。

また、錯誤とは簡単にいえば勘違いです。勘違いにより遺言書を作成してしまった場合は、民法上無効となります。共同遺言は禁止ですので複数での遺言も無効です。

そのほか、公序良俗に反する内容とは、たとえば愛人にすべての財産を遺贈する場合などが該当します。

自筆証書遺言の効力が無効となるケース・ならないケース

自筆証書遺言について解説します。

自筆証書遺言の場合、無効となってしまうケースが多いです。自筆証書遺言の本文はすべて自筆で書かなければならず、署名は正式名でないといけません。また、いくら夫婦などの近しい関係であっても、必ず遺言書1通につき遺言者1名でなければなりません。

作成日付でよく失敗しがちなのが、「令和〇年〇月吉日」と書いてしまうパターンです。日付は、正確な年月日が特定できる書き方でなくてはなりません。

加筆や修正の方法が間違っているという場合も多いです。詳しくは後述しますが、無効になってしまうと、加筆修正する前の内容に戻ってしまうため、本当に望むことが実現できません。

一方、多くの書類においてNGであることが多いシャチハタは、意外にも認められています。せっかく作成するのですから、無効になってしまわないよう気をつけましょう。

公正証書遺言の効力が無効となるケース・ならないケース

次は、公正証書遺言の場合です。

公正証書遺言に関しては、公証人が関与することもあり、自筆証書遺言のように書き方で無効になってしまうことはほとんどないといえますが、意外に見落としがちなのは証人に関してです。

証人は2人以上必要ですが、自分で手配する場合、うっかり要件のない人に依頼してしまうことが考えられます。公正証書遺言の場合の証人は、以下の者には要件がありません。したがって、これらの者が証人となって作成された遺言書は無効です。

未成年者

・推定相続人

・遺贈を受ける者とその配偶者、直系血族

・遺言書を作成する公証人の配偶者と4親等内の親族

・公証役場の職員

逆に、無効とならないケースとして、口がきけない場合や耳が聞こえない場合が挙げられます。以前は遺言者が口頭にて公証人に意思を伝え、遺言書の内容を公証人が読み聞かせることが必須でした。

しかし、民法の改正により、筆談や閲覧など従来の方法に代わる措置がもうけられ、現在では公正証書遺言が可能とされています。

秘密証書遺言の効力が無効となるケース・ならないケース

最後に、秘密証書遺言の場合です。

公正証書遺言同様、証人に要件がないことによって無効になってしまうケースがあります。秘密証書遺言の場合、公証人と関係が深い人物もNGになってしまうため、要件はさらに厳しいです。

未成年者

・推定相続人

・遺贈を受ける者とその配偶者、直系血族

・遺言書を作成する公証人の配偶者と4親等内の親族

遺言書が完成したら封筒に入れて封をし、そのあと封筒に押印をする必要がありますが、このとき遺言書の中身で押印した印鑑と同じものを使用しないと無効になってしまいます。一方、自筆証書遺言の場合とは異なり、パソコン、代筆での作成は認められています。

勝手に開封したら罰則も…遺言書を見つけた際の対応

遺言書は、発見しても勝手に開封してはいけません。家庭裁判所に提出し、検認を行う必要があります。もし遺言書を発見したら、すべての相続人に知らせたうえで家庭裁判所に持っていき、開封してもらいましょう。

遺言者から直接遺言書を預かっていた場合なども同様です。勝手に開封する行為は法律違反に該当し、違反した場合、5万円以下の過料が課せられる可能性があるため注意が必要です。

遺言書の効力が無効と判断されないポイント・書き方とは?

遺言書の効力が無効と判断されないためには、どういったことに気をつければよいのでしょうか。遺言書の種類別に解説します。

自筆証書遺言の書き方ポイント

全文自筆で書きましょう。財産目録のみパソコンでの作成を認められていますが、本文をパソコンや代筆で作成すると無効となってしまいます。

遺言者の氏名は正しく書き、日付も年月日が特定できるよう正確に記入します。押印は実印をおすすめしますが、認印やシャチハタ、拇印でも可能です。

加筆や訂正に関しては細かいルールが定められているため、書き損じた場合は注意が必要です。訂正の際は二重線を引いて訂正箇所に押印し、近くに正しい文字を記入します。削除の場合は二重線と押印です。

このとき、訂正後の文字や陰影は、ほかの文字と重ならないようにしてください。文字を書き足したい場合は該当の箇所に吹き出しを書き、そこに加入する文字を書いたうえ押印します。さらに余白や遺言書の末尾に何字加入、何字削除などと修正した旨を記入し、署名します。

訂正したけど合っているのかどうか不安という場合は、一から書き直してしまったほうが無難です。

公正証書遺言の書き方ポイント

自筆証書遺言とは違い、遺言書の作成には公証役場の公証人が関与します。相談しながら原案を作れるため、最初に自分で作成するものはメモ程度で構いません。ただし、誰に何をどれだけ相続させるかなど、事前にしっかりと考えをまとめておく必要があります。

円満に遺言内容を実現させるためには、遺留分に配慮することが大切です。相続人それぞれの遺留分を把握したうえで、それでも公平な遺産分割にならない場合は、その理由として付言事項を活用するのがおすすめです。

付言に法的効力はなく確実な方法とはいえませんが、遺言書作成に至った想いや事情などが伝われば、遺留分を侵害される立場の人もわかってくれることがあります。それだけでなく、感謝の気持ちを伝えることも重要です。

秘密証書遺言の書き方ポイント

署名以外はパソコンで書くことができ代筆もOKですが、できれば自筆で書いておくことをおすすめします。なぜなら、公正証書遺言のように公証人が内容を確認することはないため、不備があっても気づかず、実際に不備があった場合は無効となってしまうためです。

秘密証書遺言としては無効でも、自筆証書遺言の要件を満たしていれば、自筆証書遺言として有効になるため、万が一のことを考えて自筆で書いておくと保険になります。

なお、完成した遺言書は封筒に入れ封印する必要がありますが、このとき、遺言書作成の際に押印した印鑑と同じでなければ無効になってしまうため、注意が必要です。

遺産相続トラブルを回避するための対策

遺言書の効力や有効期限、無効になるケース、遺留分などについて解説しました。相続や遺言といった問題は、死を連想することからあまり考えたくないことかもしれませんが、誰もが直面する問題です。

遺産相続トラブルも、他人事ではありません。それほど遺産がないから大丈夫、うちは揉めないだろうと楽観視していたケースほど「争族」になりやすい傾向にあるともいわれています。

遺言書を作成したいけど自分では難しいという場合は無理をせず、弁護士や司法書士、行政書士などの専門家に相談することをお勧めします。遺産相続トラブルを避けるために、遺言書の作成について前向きに検討してみてはいかがでしょうか。

(※写真はイメージです/PIXTA)