今年の映画賞レースの本命と噂される、超大作の登場だ。世界史の授業などでその名をきいたことがあるだろう、18世紀末から19世紀の初頭にかけてヨーロッパに君臨したフランスの英雄ナポレオン・ボナパルト。平たい二角帽子がトレードマークの戦略の天才。その半生を壮大なスケールで描いた映画『ナポレオン』が12月1日(金)、いよいよ日本公開される。監督は『エイリアン』や『ブレードランナー』の巨匠リドリー・スコット。主演は『ジョーカー』のオスカー俳優、ホアキン・フェニックス。このふたりがタッグを組んだ前代未聞の歴史スペクタクルだ。

『ナポレオン』

フランス革命で王妃マリー・アントワネットギロチンにかけられ斬首されるのを、若き軍人ナポレオンが傍観しているシーンで始まる。革命に揺れるフランスで頭角をあらわし、軍の司令官から最高権力者となり、ついには皇帝の座まで昇りつめるナポレオン快進撃のまさに幕開けだ。

映画は、彼が参戦した初期の「トゥーロンの戦い」、皇帝になってからの『トラファルガーの海戦」、ロシアオーストリア軍を破った「アウステルリッツの戦い」、大失敗に終わったロシア遠征、そして末期、イギリスプロイセン軍に大敗した「ワーテルローの戦い」まで。戦歴の大半を描いてみせる。

砲火が行き交い、騎馬にまたがった兵士がサーベルを手にして敵と斬り結ぶ戦闘シーンの迫力は、大スクリーンで観ると、まるで歴史の現場に居合わせたようなリアル感だ。

クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』、スティーヴン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』が第二次世界大戦を描く戦争映画像を変えたけれど、本作は、18〜19世紀の戦争描写の決定版になったと思う。

リドリー・スコット監督にとって、敬愛するスタンリー・キューブリック監督が企画し、実現に至らなかったナポレオンの映画化は、長年の悲願だったという。

そういえば、監督の長編デビュー作は本作とほぼ同じ時代を舞台にした『デュエリスト 決闘者』。帝政ローマの剣闘士を主人公にしたアカデミー作品賞受賞作『グラディエーター』では、大量の群衆(モブ)シーンを効果的に使っている。予習はできている。まさに適役といっていいのだ。

CG全盛の時代に反旗を翻すように、今回、スコットが多用したのは従来型の人海戦術。何百エーカーという広大な土地に作られた360度撮影可能のセットで、最大11台のカメラを同時にまわし、総勢8000人のエキストラを使ったというすさまじさ。なかでも、予告編にちらっと出てくる、凍てついた湖の上の戦いは常識を超えている。東京ドーム8.6個分の広大な野原を氷の湖にし、馬が落下するための大きな穴を掘って戦場を作った。ナポレオンが軍に砲撃を命じ、敵の馬が氷の穴に落下する。機械仕掛けの馬も利用し、カメラ8台で撮影したという。特殊効果を担当したのは『グラディエーター』でもスコットと組んでオスカーを獲得したニール・コーボールドだ。

ところで、公開されたばかりの『翔んで埼玉琵琶湖より愛をこめて〜』のポスターにGACKT二階堂ふみが馬にまたがるビジュアルが使われているが、あの元絵は、『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』という有名な肖像画だ。ナポレオンの時代は、戦いも含め様々な歴史上のできごとが絵画で描かれ、現存している。

例えば、ナポレオンの戴冠式のシーン。世界史の教科書や参考書によく使われるこの絵画を、本作は忠実に再現した。

その戴冠式に同席し、ナポレオンから皇后の冠を授けられるのが、彼の妻ジョセフィーヌ。『ミッション:インポッシブル』シリーズにも出演したヴァネッサカービーが扮している。この夫婦の何とも熱烈で、いっぷう変わったラブストーリーが、「英雄とよばれ、悪魔と恐れられた」ナポレオンの知られざる一面。実はリドリー・スコットが描きたかった、戦闘シーンと並ぶ、映画の重要なもうひとつの柱だ。

ジョセフィーヌは、離婚歴があり、ふたりの子持ち。正直、こんな人に出会っちゃったら人生変わるよなあ、というタイプ。ナポレオンはこの蠱惑的な「年上の女」にいちずな愛をそそぎ、戦地からも膨大な数のラブレターを送り続けるのだが、彼女は他の男と浮気をしてしまう。手玉にとられ、それでも彼女なしにはいられない。英雄が無力なひとりの男になる。リドリー・スコットは「彼は私生活でも妻ジョセフィーヌとロマンティックな戦争を繰り広げていた」と語る。

結構大胆なラブシーンも多い。このうえない世界史の勉強になる、おとなの映画なのです。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

【ぴあ水先案内から】

真魚八重子さん(映画評論家)
「冒頭のマリー・アントワネットギロチン台のシーンが、すでにリドリー・スコットらしい……」

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中川右介さん(作家、編集者
「……リドリー・スコットの狙いはフランス史を描くことではなく、「人間ナポレオン」を描くところにある……」

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植草信和さん(フリー編集者、元キネマ旬報編集長)
「……リドリー・スコット監督の最高傑作……」

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