映画『隣人X -疑惑の彼女-』が公開される。

人間の姿をそっくりコピーして日常に紛れ込んだ惑星難民X。未知なる存在に人は怯え、恐怖はやがて大きな混乱を生んでいく。まるでコロナ禍以降の現代を映し出したような本作で、林遣都が演じているのは週刊誌記者の笹憲太郎。

Xの疑惑がかかる謎めいた女性・柏木良子(上野樹里)に近づいた笹は、スクープをあげて身を立てたいという功名心と、良子への恋心のはざまで激しく揺れ動く。

なぜ林は、社会の片隅でうずくまっているような役とこんなにもシンクロするのか。思わず胸が痛むようなリアリティの秘密に迫った。

人の弱い部分を理解できる人間でありたい

仕事はクビ寸前。唯一の肉親である祖母の老人ホームの費用も未払いのまま。経済的にも精神的にも追いつめられ、笹は逃げ場を失っていた。

『初恋の悪魔』の鹿浜鈴之介。『浅草キッド』の武(ビートたけし)。近年、林遣都は世の中にうまくなじめない人や生きづらさを抱える人を演じることが多い。

「あるときから人の弱い部分を理解できる人間でありたい、俳優でありたいという想いが、自分の大きな軸になっていて。だから、そういう役をいただけると、どうしてもやりたいと思ってしまうんですね」

そう林遣都は話しはじめた。ゆっくりと、一つ一つ言葉を選ぶような口ぶりに、彼の控えめで、思慮深い性格が表れている。

「僕自身、特にここ数年は生きることの大変さだったり、世の中の怖さだったりをより強く感じるようになってきていて。そんな中、僕が演じた役を見て、同じような思いを抱えていたり、同じような経験をしたことのある人から、『自分はこれでいいんだと思えた』『頑張って生きていこうと思えた』という言葉をいただけたことがあって。そのときに思ったんです、こんな素敵なことはないなって」

『姉ちゃんの恋人』では前科一犯の元受刑者。『恋する寄生虫』では潔癖症に苦しむ青年。孤独の淵にいる人物が光の射す方へ踏み出す姿に、観る者は希望を重ねた。

「役者は、ずっとやっていける確証のない特殊なお仕事。先が見えない中で、そういった言葉をいただけると、自分は役者を続けていいんだと思えるというか、やり続けなきゃと思わせてくれる。観た人からの救われたという言葉に、僕自身が救われているんです」

だが、役の抱える苦しみは、あくまで林遣都本人のものではない。なのに、役をまとうと、林はまるで自分自身が味わったもののように、絶望や痛みを体現する。

「そこはもう想像力しかないです。自分の中にある近しい何かと重ね合わせて、想像を膨らませていく。自分にも似たような経験をしたことがあったな。似たような思いをしたことがあったな。そう感じることはもちろんありますけど、役の立たされている状況は自分が経験したそれよりずっと辛い。ほんのちょっとしたことで僕はあんなに辛かったのに、じゃあこの人はどれだけ辛いんだろうって。そうやって、想像して、想像していくしかないです」

実力派と評されるようになった今もなお「自分に自信がある方じゃない」と自己評価は低い。でも、そんな繊細な林だから、役の生きづらさに寄り添えるのだろう。今回演じた笹についても、「共感できるところはたくさんあった」と慈しむような視線を向ける。

「笹とは年齢も同世代。ちょうど僕ぐらいの年になると、20代とは違った危機感や不安を抱きはじめます。中でも笹は現状がうまくいっていない分、人に認められたいという気持ちは強い。そして、その焦りは僕にもある。職種は違えど、彼の抱いている感情で理解ができないというところは全然ありませんでした」

一緒にお芝居する人によって役はつくられていく

その役への没入ぶりから、「憑依型」と形容されることも多い。周りが見えなくなるあまり、「ドラマの現場とか、衣装のまま帰ってしまったこともあります」と苦笑いを浮かべる。林は、自身との境界線が曖昧になるほど、役と同一化する。まるで役に身も心も捧げるように。

「だから、役を引きずったりすることはないんですかと聞かれることが多いんですけど、不思議と作品が終わると、あまりそういう感覚はないんですよね」

おそらく彼にとって自らの体が「器」なのだろう。作品の期間中は「器」を役で満たし、終われば「器」は空になる。ならば、彼の身を通り過ぎていった過去の役たちは、そのまま消えてなくなってしまうのだろうか。林の答えは、違った。

「僕はどの役も思い入れは変わらなくて。感覚としては、どの役も心の奥底にずっと残っている感じですね」

そう言って林が挙げたのは、来年1月から5年ぶりのカムバックを果たす『おっさんずラブ』の牧凌太だった。

「この間、(田中)圭くんと(吉田)鋼太郎さんと3人で久々に写真撮影をしたんですよ。もう結構な年月が経っているし、僕自身も年齢を重ねている。『おっさんずラブ』をきっかけに僕のことを応援してくださった方もたくさんいらっしゃるので、その人たちの期待に応えられるかなって最初は不安でした。でも、当時と同じメイクさんにメイクをしてもらって、圭くんや鋼太郎さんと一緒にインタビューを受けているうちに、やっぱり思い出すんですよね、感覚を。で、気づいたら写真に写ってる自分の顔が、ちゃんと牧に戻っていたんです」

クランクアップとともに錠をおろした「役」という引き出し。普段は開くことのないその引き出しの鍵を開けたのは、同じ時間を過ごした共演者だった。

「そのとき思ったんです。役っていうのは、自分でつくり上げるものじゃなくて、周りの人につくってもらっている要素もすごく大きいんだなって。メイクさんや衣装さんといったスタッフのみなさんの力がなければできないというのは前から思っていたことですが、今回改めて一緒にお芝居する人によって役はつくられていくものなんだなと強く思いました。周りの人たちがいてくれるから、僕が役として存在できるんです」

自分を高め続けないと、他人を演じることなんてできない

俳優デビューは、2007年の映画『バッテリー』。本作でメガホンをとった熊澤尚人監督とは、自身3本目の映画出演作である『DIVE!!』でタッグを組んだ。まだ初々しさの残る少年だった林は32歳となり、すっかり俳優の顔つきとなっている。

芝居という正解のない道で、演技という点数のつかない技術を磨く。林は『DIVE!!』からの15年で何を心に刻みながら俳優の道を歩んできたのだろうか。

「『DIVE!!』のときに、熊澤監督から『自分自身を磨き続けてほしい』ということを言われました。いろんな経験をして、いろんなことを知って、自分を高め続けないと、他人を演じることなんてできない。あの頃、僕はまだ10代でしたが、ずっとその言葉を大事にしてやってきたような気がします」

よき俳優である前に、よき人間であれ。俳優修業とは、すなわち人間修業なのだ。

「(林の舞台出演作を数多く手がける)シス・カンパニーの北村(明子)さんからもよく『人を見る目を養い続けなさい』と言われています。そのためにいちばん大事なのは、日々の生活。ちゃんと生活をすることで、自分を広げて、高める。その積み重ねが、いろんな役に対応できる自分をつくるんです」

決して人前に出るのが得意な人間ではなかった。今も、取材はあまり得意ではない、と少し気まずそうにはにかむ。

「役を演じているときの方が楽しいです。演じているときは、いつもの自分と違うコミュニケーションがとれて、それが心の安定剤になっている。むしろこうやって自分の言葉で話しているときの方が、心が削られます(笑)」

けれど、そうやって自分の苦手なことをあえて口に出して笑いに変えられるようになっただけ、昔よりいくらか負担は軽くなったのかもしれない。笑うとできる目尻の皺も、なんだか一層柔らかくなった気がする。

「さっき写真を撮られながら、だいぶ力を抜けるようになってきたなと自分でも思いました。心に余裕を持たせておかないと、なかなか大変なお仕事だとは思うので、ここ数年はなるべくそうできるように心がけて生活を過ごしてきたつもりなんですけど、おかげでちょっとは楽になってきたのかもしれません」

そんなに強くないし、そこまで弱くもない、ただの人間です

映画のフライヤーには、「惑星難民Xとは、何者なのか」というコピーが踊る。それを見て、不意に聞きたくなった。林遣都は、何者なのか。最後にそう尋ねると、林は照れくさそうに笑ったのち、じっくり10秒考え込んで、口を開いた。

「人間ですよ、ただの」

おそらく「俳優」と答えるかな。その予想は、外れた。でもこうして振り返ってみると、林が出した答えは、何よりもこのインタビューを総括するものだったと思う。

「これからどうなっていくかもわからないですし、そんなに強くないですし、そこまで弱くもないし。みなさんと同じように一生懸命生きてますって感じですかね」

ただ一生懸命生きている人間。だから、林遣都が演じる人間は、魂を揺さぶるのだ。

「生きるのって本当に大変だなって、日々感じます。ただ、その中で僕が大事にしていることは、遣都って本名なんですけど、『都に遣わす』という意味で、『人の役に立つ人間になってほしい』という願いを込めて父親がつけてくれたんですね。まだそんな立派な人間にはとてもなれませんが、生涯をかけて父の願いを実行できる人間でありたいと思っています」

自分の演じた役が、誰かの救いになることがうれしいと、彼は話した。その根底には、父から託された願いが息づいているのだろう。

人生は、苦しい。生きるのは、辛い。それでも、歯を食いしばり、足を踏ん張り、一生懸命生きていく。その不器用だけど実直な生き様が、人間・林遣都をより大きくし、彼の表現に深い光と影をもたらす。

性格は、シャイで悩みがち。その分、林の一生懸命に嘘はない。だから、彼が命を吹き込んだ役を見ると、人は泣き、笑い、心が救われるのだ。

取材・文:横川良明 撮影:友野雄
ヘアメイク:竹井 温(&'s management) スタイリスト:菊池陽之介

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<作品情報>
『隣人X -疑惑の彼女-』

12月1日(金) 新宿ピカデリー 他全国ロードショー

【出演】
上野樹里 林遣都
黃姵嘉 野村周平 川瀬陽太/嶋田久作/原日出子 バカリズム 酒向芳

監督・脚本・編集:熊澤尚人
原作:パリュスあや子「隣人X」(講談社文庫)
音楽:成田旬
主題歌:chilldspot「キラーワード」(PONY CANYON / RECA Records)

配給ハピネットファントム・スタジオ
制作プロダクション:AMGエンタテインメント
制作協力:アミューズメントメディア総合学院

(C)2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 (C)パリュスあや子/講談社

林遣都