世界最大級の日用消費財メーカーP&Gの元CEOA・G・ラフリー氏は、「Thinkers50」に選ばれた戦略顧問のロジャー・L・マーティン氏とともに、10年間で売り上げを2倍に、利益を4倍に、市場価値を1000億ドル以上向上させた。本連載では、戦略とは何か、どう立て、どう実行に移せばよいかについて余すところなく語りつくした『P&G式 「勝つために戦う」戦略』(A・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン著/パンローリング)より、内容の一部を抜粋・再編集。ファブリーズ、パンパースといった象徴的なブランドで、同社が繰り返し勝利してきた秘訣を明らかにする。

 第3回目は、低迷していたスキンケア・ブランド「オレイ」の再生やP&Gの競争優位性のカギとなった「戦略の定義」について解説する。

 

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<連載ラインアップ>
第1回 P&Gの売り上げを2倍、利益を4倍にした元CEOが語る「戦略」の核心
第2回 業界の常識をひっくり返したP&Gのスキンケア・ブランド「オレイ」の再生戦略
■第3回 P&Gの圧倒的な競争優位性を生み出す原動力となった「アスピレーション」とは(本稿)
第4回 強みを生かして勝つための、P&G式「戦場の選び方」と「戦法」とは?

第5回 P&Gの「5つの中核的能力」とライバルが模倣できない独自の組み合わせとは?
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戦略とは何か(また、何ではないのか)

 オレイは、多くの企業が苦しむ戦略的問題を抱えていた。

 低迷するブランド、消費者のエイジング(加齢)、競争力のない商品、強い競争相手、そして誤った方向性などである。では、非常に多くの商品やブランドが失敗する市場で、オレイはなぜ華々しい成功を収めることができたのか?

 オレイ関係者は、仕事への取り組み、決意、大胆さ、運などの点で、他の人々と変わるところはなかった。だが彼らは、戦略を明快かつ明確に定義しており、そのおかげで各人が明確かつ難しい選択を下すことができた。それが違いを生んだのだ。

 戦略は謎めいても見えるが、実はすんなりと定義できる。それは勝つための一連の選択である。もう一度言う。一貫性ある選択の積み重ねが、業界内の独特のポジションと競争相手への持続的な優位性、より優れた価値を持たせてくれるのだ。具体的には、戦略とは次の五つの相関する問いへの答えである。

①どんな勝利を望んでいるのか?
 組織の目的、動機となるアスピレーション(憧れ)。

②どこで戦うか?
 アスピレーションを達成する戦場。

③どうやって勝つか?
 選択した戦場で勝つための方法。

④どんな能力が必要か?
 選択した勝つための方法を達成するために必要な一連の能力とその構成。

⑤どんな経営システムが必要か?
 能力を実現し、選択を支援するシステムと手段。

 こうした選択やそれらの関係は、補強し合うカスケード(滝)状と思えばいい。

 上位の滝が後続の選択の基調となり、下位の滝が上位の選択に影響して精度を高めていくのだ。

 小さな組織の場合は、一連の選択カスケードだけで組織全体の用が足りることもある。だが大規模な組織になると、多段階的な選択と、関連し合うカスケード群を持つこともある。

 例えばP&Gでは、オレイやパンパースなど、ブランドごとに五つの明確な選択を示す戦略がある。さらに、スキンケアやおむつなど、関連する複数のブランドをカバーするカテゴリー戦略もある。また、美容やベビーケアなど、複数のカテゴリーをカバーするセクター戦略もある。そして最後に、全社段階での戦略もあるのである。それぞれの戦略が、上位下位の戦略との間で、影響を及ぼし合っている。

 例えば全社段階の戦場戦略はセクター段階での選択を導き、それが今度はカテゴリー段階やブランド段階での選択を導く。逆に、ブランド段階での戦略はカテゴリー段階での選択に影響し、すると今度はそれがセクターや全社段階での選択に影響を及ぼす。この結果、組織全体をカバーする繰り込み構造のカスケードができ上がる。

 カスケードが繰り込み構造になっているとは、組織のあらゆる段階で選択がなされていることを意味する。ヨガ用のアパレルを企画製造販売している会社を考えてみよう。

 同社は愛用者を育成し、世の中を変え、それを通じて金を稼ぎたいと願っている。直営店展開を選択し、女性用運動着を戦場として選択する。売りは性能とスタイルにする。技術(フィット性、しなやかさ、着心地、速乾性などの点で)と圧倒的なかっこよさの両面で優れたヨガ用品を開発する。店内の商品は高頻度で入れ替え、限定性を演出する。商品知識の深い店員を揃(そろ)えて顧客を店に引きつける。勝つために必要な様々な能力を規定する。

 例えば、商品や店舗のデザイン、顧客サービス、そしてサプライチェーン(供給網)の能力などだ。調達やデザイン過程、スタッフの研修、ロジスティクス(物流システム)管理などの経営システムを備える。これらのいずれの選択も、組織のトップが下している。

 こうした選択は、組織内の随所に次々と選択を生む。製品チームはアパレルだけに留まるべきか、それともアクセサリーも展開するか? メンズウェアもやるべきか? 小売業務については、現実店舗にこだわるか、それともオンラインにも進出すべきか? 小売りについては、一店舗にこだわるべきか、それとも多店舗を展開して様々な地域や顧客層に応じるか? 店舗内では、顧客にどうやって奉仕するか? 社内の各段階で、独自の戦略的カスケードを持たなければならないのだ。

 例えばマンハッタン店のある店員は、店で一番になること、そしてサービスで感動させて顧客を得ることを勝利のアスピレーションと規定している。日々の販売額に加え、常連客や同僚からの反応などからも、彼女は成功しつつあることを自覚する。

 戦場についてはおおむね来店客次第だが、顧客のタイプ、時間帯、また店内で自分が最も得意とする場所は自覚しており、それらに注意を払う。

 勝利の方法については、当惑している初心者へのアプローチ(服装についてだけではなく、ヨガの始め方についてもアドバイスし、じきに慣れると請け合ってやる)、マニアに対するそれ(製品の技術的特徴を強調すると同時に教室やインストラクターについても情報交換)、またファッション感度が高く普段着にヨガパンツを求める層にも臨機応変に対応する(新着商品を紹介し、独自の色合いやデザインをアピールする)。

 彼女は自らの能力を、明確なコミュニケーション、技術的特徴の理解、また様々なヨガのポーズの練習によって開発することを選択する。製品やスタイルについてのアンチョコや、地元の教室やインストラクターのリストを作るなどの独自の管理システムも開発する。

 こうした前線での選択は、CEO(最高経営責任者)が直面している選択ほど複雑には見えないかもしれないが、実際これらは戦略的選択である。優秀な店員は、CEOと同じく、制約や不確実性の下で最善の選択をしなければならない。彼女の制約の原因は、経営陣や上司による選択、顧客からの要求、そして競争相手の戦略などだ。

 CEOにとっては、資本市場による期待、社の手持ち資金、そして役員会の指示などである。店員とCEOのいずれも、戦略的な選択をし、それに基づいて行動する。違いは選択の規模と制約の質だけである。

 戦略は、組織のあらゆる段階で、選択カスケードの枠組みを使って生み出され、調整され得る。各戦略カスケードのいずれも、後続の章の主題になるが、ひとまずブランド段階ではオレイ、全社段階ではP&Gを例に、ひとくさり説明しよう。

勝利のアスピレーション

 第一の問い――どんな勝利を望んでいるのか?――は、他の全ての選択の枠組みをもたらす。

 企業は、任意の場所で任意の勝ち方による勝利を模索しなければならない。さもなければ、関係者の時間と投資家の資本の無駄である。しかし有用だが抽象的でもある勝利というコンセプトは、アスピレーションとしてしっかりと定義されなければならない。プロセスの後工程では、こうしたアスピレーションの達成度をベンチマーク(基準)として測定する。

 オレイの勝利のアスピレーションの定義は、北米で市場シェアトップ、一〇億ドルの売り上げ、そして世界的にもトップブランドの一角を占めることだった。

 製品改良によって生まれ変わった新生オレイは、スキンケアを美容カテゴリーにおけるヘアケアと並ぶ柱にすることを期待されていた。そして三番目のアスピレーションは、量販とプレステージの中間に位置するマスステージ市場でリーダーの位置を確立し、維持することだった。

 こうしたアスピレーション群が、どこでどう戦うかを選ぶ出発点となり、より大きな目的を定めたのである。勝利のアスピレーションを明確にすることで、ブランド、カテゴリーセクター、そして全社の各段階で、理想を達成する方法が明らかになった。

 全社段階の勝利とは、強い付加価値提供型のブランドを、競争の場として選んだ全てのカテゴリーと産業で提供することである(換言すれば、P&Gが参入する全てのカテゴリーでトップになることだ)。このアスピレーションが、持続可能な競争優位性、優越的な価値、そしてより優れた金銭的リターンを生み出す。

 当時のP&Gの目的規定にいわく、「私たちは、世界中の消費者の生活を改善する優れた品質と価値の製品やサービスを提供する。その結果、消費者は当社に、最大級の売り上げ、利益と価値創造で報いてくれ、当社社員、株主、そして私たちが生活し働くコミュニティを繁栄させてくれる」。

 つまり消費者の生活を改善することによって、最大級の売り上げ、利益、市場価値創造を可能にすることが、社の最大のアスピレーションだった。

 アスピレーションは、時の流れに従って調整され、改訂されることがある。しかし日常的に変わるものではない。社内の諸活動に沿って存在し、従ってしばらくは続くべきだ。勝利の定義が、他の戦略的選択の文脈を形作る。いずれの場合でも、選択は社のアスピレーションに沿い、それを支援するものであるべきだ。

 勝利のアスピレーションについては、第2章でさらに掘り下げる。 

P&G式 「勝つために戦う」戦略
( A・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン著/パンローリング )
 <目次>
序論 戦略の本当の働き/第1章 戦略とは選択である/第2章 勝利とは何か/第3章 どこで戦うか(戦場)/第4章 どう戦うか(戦法)/第5章 強みを生かす/第6章 管理システム/第7章 戦略を考え抜く/第8章 勝機を高める/結び 勝利への飽くなき追求

<連載ラインアップ>
第1回 P&Gの売り上げを2倍、利益を4倍にした元CEOが語る「戦略」の核心
第2回 業界の常識をひっくり返したP&Gのスキンケア・ブランド「オレイ」の再生戦略
■第3回 P&Gの圧倒的な競争優位性を生み出す原動力となった「アスピレーション」とは(本稿)
第4回 強みを生かして勝つための、P&G式「戦場の選び方」と「戦法」とは?

第5回 P&Gの「5つの中核的能力」とライバルが模倣できない独自の組み合わせとは?
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