夢にまでみた高層タワーマンションを手に入れた、世帯年収2,000万円超の“勝ち組”夫婦。しかし、高級タワマン暮らしをスタートしてからというもの、2人の生活水準は跳ね上がり家計は徐々に悪化。結果的に苦しい決断を迫られることになりました。本稿では、株式会社JKASの代表取締役・西上正通氏が、「高すぎる勉強代」を支払うことになった30代夫婦の事例を基に、住宅購入のプランニングの難しさについて解説します。

ようやく手に入れた「高層タワマン」の思わぬ「落とし穴」

石川拓也さん(仮名・35歳)と麻衣さん(仮名・32歳)は、ともに理想の未来を追い求め、切磋琢磨し合う夫婦でした。2人は仕事・私生活のどちらにおいても向上心に溢れ、「成功したい」という強い思いを抱きながら日々を過ごしていました。

そうした思いもあり、経済的にはかなり高い水準に達していました。拓也さんは投資バンキングで高い地位を築き上げ、年収は1,200万円。麻衣さんは新興テクノロジー企業の役員として勤務し、960万円もの役員報酬を受け取るほどでした。

そんな2人は2015年頃、長年の夢であった高層タワーマンションを手に入れます。大阪市内にあるそのマンションの価格は1億8,000万円。眺望は息を呑むような美しさです。その景色をみるたびに、彼らは自らの幸福と、タワーマンションを手に入れたという達成感を噛みしめることに。そのタワーマンションは、2人の成功と豊かさを象徴するかのようでした。

拓也さん・麻衣さん夫妻は、一般的に見れば“勝ち組”といって差し支えないだけの稼ぎがありました。しかし、タワーマンションに暮らすようになってからというもの、マンションに見合う高級外車に乗り換えたり、外食の頻度が増したりと、2人の生活水準は跳ね上がり、家計は加速度的に悪化していきました。

加えて、タワーマンションならではのランニングコストも家計を圧迫します。管理費と修繕積立金の合計は月5万円を超え、また、気温上昇の著しい晴れた日には不可欠なエアコンや室内の随所に設置されたダウンライトなどの照明器具による電力消費は大きく、賃貸マンションに暮らしていたころに比べ、電気代は2倍近くに膨れ上がったといいます。そもそもローンの支払いに大きな負担を感じている家計にとって、このようなコストによるダメージは甚大です。

とはいえ、収支が釣り合わなくなっている状況に気づいていなかった最初の数ヵ月は、彼らも楽観的でした。しかし、支出がどんどん膨らみ、収入が追いついていないことが明らかになってくると、2人はようやく家計の見直しを図るようになりました。

ただ、多少生活を見直したところで焼け石に水。夢にまでみていた華やかな住まいと高い生活水準を手放すか、あるいはこれをキープするために新たな収入源をみつけるか。困難な決断を迫られることになりました。

収入のほとんどが「返済と生活費」に消える絶望の日々

経済的・物質的な成功を望んでいた2人にとって、前者はありえない選択肢でした。

夫婦の理想を維持するために新たな収入源を探すことを選択し、新たなビジネスを模索した拓也さんでしたが、結局機会に恵まれることはありませんでした。夫妻のストレスは日に日に増大し、彼らはそれぞれの仕事での夢を追い求める代わりに、その住宅ローンの返済と生活費の支払いに、会社での稼ぎのほとんどを費やすようになりました。

このタワーマンションは、彼らの夢の象徴でありながら、同時に負担となってしまっていたのです。

そうこうしているうちに、ある日、麻衣さんの勤務先が経営難に見舞われました。麻衣さんは会社の経営を立て直すために全力を尽くしましたが、なかなか復活する見込みが立たず、次第に自分の給料もマンション購入時より低い水準に落ち込んでしまいます。

世帯の収入が減少したことで、2人の生活はガラリと変わることになります。タワーマンションの住宅ローン支払いに加え、管理費や修繕積立金、駐車場代の支払いを合わせた総額は、拓也さんの収入だけではカバーしきれなくなり、恒常的に赤字が発生するようになったのです。

最初の数ヵ月は貯金を切り崩し、支出を減らすなどの対策を取りました。しかし、次第にローンの支払いは難しくなっていきます。友人や家族からの助けを借りようともしましたが、それも現状の根本的な解決策にはなりません。

拓也さんは収入を増やすために副業をみつけようと奔走しましたが、なかなか望むような仕事がみつかりません。麻衣さんもスキルを活かして、フリーランスの仕事を探しましたが、安定した収入を得るのは容易ではありませんでした。

夢の住まいであったはずのタワーマンションは、いつしか経済的な負担という側面が強くなり、ストレスと不安に満ちた日々を過ごすことになりました。

銀行にも、毎月の返済を減額してもらうよう交渉を試みましたが、毎月の返済を一定期間だけ減額してもらったところで、利息などにより返済の総額は増え、将来的に大きな負担増に見舞われることは明白です。それに、減額の期間が終わって毎月の返済額が元に戻るまでに、世帯の経済状況が改善する保証はどこにもありませんでした。

そしてついに、2人は辛い決断を下すことに。夢の象徴であったタワーマンションを売却し、支払いのストレスから解放される道を選ぶことにしたのです。

物件の売却価格とローン残債の差額は「1,500万円」

彼らは不動産業者と相談し、タワーマンションを売却することにしました。

査定額は1億5,000万円。その時点での残債は1億6,500万円であり、いわゆる「オーバーローン」に陥っていました。売却するには、1,500万円分もの手出しのお金が必要でしたが、損失が出たとしても、夢のタワーマンションを手放すことを決意したのです。

この一件は、物件価格と残債の差額分を自己資金で賄えるうちに売却ができただけ、まだまだ良い事例です。そもそも「オーバーローン」の状態では、金融機関が売却を認めないケースが多く、行き詰まってしまうケースは少なくないのです。

世帯の経済状況が悪化し、ローンを滞納する事態に陥れば、金融機関が抵当権者となっているマイホームは、相場の7割程度の安値で競売にかけられることになります。競売での売却金額はローン返済に充てることになりますが、それでも残債がある場合、金融機関から一括返済を求められることになります。

ここで、一括返済ができなければ、残された選択肢は「自己破産」のみ。自己破産に至れば、住宅ローンの残債は免責になりますが、信用情報には大きな傷がつきます。

その後は、クレジットカードやローンも利用不可になる上、自宅が競売にかけられる際は、官報等でも物件情報が公開されるため、「住宅ローンを滞納した」という事実が周囲にも知れ渡ることになるため、注意が必要です。

経済的成功や物質的豊かさが幸福に結びつく訳ではない

マンション売却の決定は、夫妻の心に深い傷と経済的なダメージを残しました。しかしながら、この体験が2人に幸福の本当の価値を見直すきっかけをもたらすことになったのも事実。幸せとは、地位や成功や物質的な豊かさといったものを追い求めることばかりではないと気づくことができたのです。

「あまりに高すぎる勉強代でした」と振り返る拓也さんですが、それと引き換えに手に入れた新たな視点や価値観は、次のステップへと踏み出す彼らにとって心強い支えになったといいます。

人生における成功・幸福の定義とは、どのようなものでしょうか。

従来の価値観であれば、経済的成功や物質的豊かさの追求が、すなわち成功・幸福の追求だということになります。しかしながら、それらを追い求めた結果、拓也さんと麻衣さんのような苦境に陥ることもあるのです。

本稿でご紹介した事例は、経済的成功や物質的豊かさが、必ずしも成功・幸福が結びつく訳ではないことを示しているといえます。

これからの世代では、物質的な成功だけでなく、精神的な充足や社会的なつながり、自然との調和など、より多様な価値観が重視されることが予想されます。本稿の事例が、新たな幸せの形を模索し、人生の豊かさについて考えるきっかけとなれば幸いです。