超高齢社会の日本では、人生の終盤を老人ホームで過ごす人が増えています。そこで問題になるのが「費用」です。今回、株式会社FAMORE代表取締役の武田拓也FPが、費用に焦点をあてた施設選びの注意点を、具体的な事例を交えて解説します。

「親孝行」のつもりが…長男の誤算

父親が亡くなり、実家でひとり寂しそうな75歳の母親(年金月22万円)。長男のAさんは親孝行のつもりで、自分が住む首都圏近郊の〈サ高住〉への引っ越しを提案しました。

最初のうちは遠慮していていた母親でしたが、Aさんが「パンフレットには月々20万円と書いてあるし、それなら母さんの年金で賄えるから遠慮はいらないよ。こっちにくれば頻繁に顔が見られるし、引っ越さないか?」と何度も誘いました。

母親はついにAさんの誘いを受け、自宅を売って引っ越すことに。無事に自宅を売却し、預貯金は約1,000万円となりました。

Aさんは「月々の費用は年金で賄えるし、イレギュラーがあっても1,000万円あれば問題ないだろう」と思っていました。

しかし……いざ生活がはじまって数ヵ月後、Aさんは施設からの請求書に愕然としました。パンフレットには月々20万円と書いていたにもかかわらず、実際には25万円以上の費用がかかっていたのです。

というのも、最初は食事を作っていた母親ですが、他の入居者は施設から提供される食事を食堂で食べていました。時間が経つにつれて他の入居者と仲良くなり、自炊をやめて施設の食事を利用するようになったといいます。

また、さまざまなレクリエーションがあり、利用しているうちに月々の費用が30万円を超えることもありました。貯蓄もあるし、なんとかなるだろうと最初は目をつむっていたAさんも、だんだんとお金のことが心配になってきたそうです。

元々、基本的な費用が毎月20万円ということであれば、75歳の母親が100歳になるまでいまの施設で生活できる予定でした。しかし、予定していなかった食費やレクリエーション費用などで月々の費用が増加。75歳の母親がこれから25年間施設で過ごすことは、現実的ではないようです。

預貯金が1,000万円ほどあるとはいえ、月々の費用を均して28万円と仮定した場合、年金との差額が6万円ほどあります。差額分は母親の預貯金からの持ち出しです。

計算の結果、14年後の89歳で資金が底をついてしまうことが判明。焦ったAさんは、知り合いの筆者のところへ相談にきました。

「引っ越し」をすすめた筆者

筆者が経緯を確認したところ、Aさんが見ていたパンフレットには食費や安否確認サービス、生活相談サービスの費用が含まれていませんでした。

母親のことを思っていたAさんですが、サ高住の仕組みが理解できておらず、実際にかかる費用もわかっていなかったようです。

このままでは途中で資金が底ついてしまう可能性があるため、筆者は別の施設へ転居することをすすめました。

「89歳までもつなら大丈夫では?」という考えは危険

厚生労働省の「令和4年簡易生命表(女)」によると、75歳の女性は平均余命が約15.67年。90歳まで生きられる計算です。

月々の費用を28万円でシミュレーションした場合、89歳までの資金はあるので、少し無理をしても大丈夫と思う人もいるでしょう。しかし、今は自立している母親も、将来的には介護や医療費の負担が増えていくかもしれません。また、実際に100歳まで生きた場合を考えると、費用負担の少ない施設へ転居しておいたほうが、少なくとも費用面では安心です。

Aさんは意を決して「母さん、ごめん。いまの場所で楽しそうに過ごしているところ、心苦しいのだけれど、引っ越してくれないか?」と母親に伝えました。

母親は少し寂しそうな顔をしたものの、すぐに「私には少し贅沢すぎたね、あなたたちに会えるだけで嬉しいんだから、大丈夫よ。ありがとう」と穏やかな様子で返事をしました。

老人ホーム選びの注意点とポイント

■サービスについて

まず、パンフレットに載っている費用は「必要最低限」です。入居してから利用する予定のサービス費用について、施設スタッフに確認しておくと安心でしょう。

パンフレットには居住費・食費・管理費など基本的な項目は記載されています。しかし、施設によっては「管理費」に安否確認サービスや生活支援サービス費・水道光熱費が含まれていない場合や、そもそも食費が記載されていないこともあるのです。

また、どのようなオプションサービスがあるのかも、費用とあわせて確認しておきましょう。契約書や重要事項説明書に金額が記載されていることもあるため、しっかり目を通すことをおすすめします。

■食事について

毎日の食事は、生活していくなかで重要な要素のひとつです。食事提供サービスの有無、食事の味付けは好みか、提供される時間帯がこれまでの生活習慣とあっているか、朝食はパン食・和食・シリアルと選択肢はあるのかなど、体験入居や見学会を活用して、費用面とあわせて確認しておきましょう。

施設選びで重要な「介護」と「医療」と「設備」

■介護について

入居時には介護が必要なくとも、加齢とともに体力が衰えていくと介護が必要となります。介護サービスを利用し始めた場合、当然ですが介護費用の負担も増えます。資金計画は介護費用を含めて余裕のある計画を立てることが大切です。

また、“終の棲家”として「看取り」に対応しているのかも入居前に確認しておきましょう。

介護が必要な状況で費用の増加が気になる場合は、「特定施設」に該当する高齢者ホームを選択すると安心です。

「特定施設」では介護保険サービスの支給限度額を利用するため、毎月の介護サービスの自己負担が定額となり、月々の費用を把握しやすくなります。

ただし、自立している方が「特定施設」に入居すると費用負担が余分にかかる場合があるため注意してください。

■医療について

医療機関との連携もポイントの一つです。

近隣の病院の有無や、体調を崩した際に医師や看護師がすぐに対応してくれる環境かどうかは重要なポイントです。

■設備について

Aさんの母親は、入居時には居室のキッチンを利用して自炊をしていました。しかし、途中からは施設で提供される食事を利用するようになりました。

施設の設備や間取りによって、住居費(家賃)は変動します。必要以上の広さや不要な設備があると、その分住居費の負担が増えてしまうため、居室の専有面積が狭く、水回り等の設備も最小限であれば住居費を抑えることができます。

なお、同じ施設内で部屋を移る場合、利用していた居室のクリーニング費用や、新しく利用する居室の入居一時金などがかかる場合もあります。

特別養護老人ホームへの入居待ちや緊急時の一時的な利用であれば仕方ありませんが、終の棲家として長期での利用を検討する場合は、しっかりと検討してから入居するようにしましょう。

「なにかあってから」では失敗リスクが大きい

母親思いのAさんは、良かれと思って自宅近くの施設へ引っ越しを提案しました。母親からすると嬉しい申し出だったことでしょう。しかし、理解不足から資金面で苦しい判断をすることとなってしまいました。

高齢者向けの住まいには多くの選択肢があります。たとえば「サ高住」と一口にいっても、施設ごとに特色があり、月々の費用負担も千差万別です。

施設選びは慌てずに余裕をもって、自分に合った住まいを探しましょう。そのためにも、早めの準備が大切です。

武田 拓也

株式会社FAMORE

代表取締役

(※写真はイメージです/PIXTA)