「あした死のうと思って……」

こんなドキッとする一言から始まるマンガがX(当時Twitter)でバズったのは2023年6月のこと。暗い話かと思いきや、押し付けがましくない優しさに満ちたその作品は瞬く間に大きな反響を呼び、公開した初回の投稿のインプレッションは1770万を超え、3万1000RT、14.3万いいねを記録するに至った。

作者は吉本ユータヌキさん(@horahareta13)。「あした死のうと思ってたのに」を表題作として描き下ろしを含む短編集『あした死のうと思ってたのに』を上梓した彼に、「優しいマンガ」の原点を聞いてみた。

◆いじめや家庭のことで11階のベランダの柵に足をかけた日

――『あした死のうと思ってたのに』のあとがきや、過去のインタビューにもあるように、収録された作品のほとんどがご自身の経験に基づいてらっしゃるそうですが……。

吉本はい。中学校時代に同級生からいじめられたのがキッカケで、学校での人付き合いが苦手になって、高校に入ってからも友達ができずだったり、家では両親が不仲だったりで、学校でも家でも「そこにいる」ことの苦しさを強く感じるようになり、そんな毎日から逃れたくて、17歳の時に住んでいた住宅の11階のベランダの柵に足をかけたことがあります。飛び降りるのがこわくてやめたんですけど。

成長して大人になった今は、苦しくなっても誰かに相談してみようとか、生きる場所を変えてみようって選択肢が浮かぶんですけど、当時は「死にたい」というより「こうするしかない」と思っていました。人に自分の弱さを見せることは情けないことだったり、恥ずかしいと思ったりして、暗い気持ちは自分でどうにかするしかないと思っていて、どうにもできないのなら「こうするしかない」って、考えても考えてもそこにしか辿り着きませんでした。

◆バイト先の先輩が教えてくれたパンクロックが救ってくれた

――どんな経験でそれを乗り越えられたのでしょうか?

吉本:結局、飛び降りることができなくて、我慢しながら生きてる中で、バイトだけは唯一楽しい時間だったんです。歳上の人ばっかりでなにを言っても可愛がってもらえる場所だったので。そんなバイトの先輩の1人が「これかっこいいから聴いてみ」って、インディーズバンドのCDを貸してくれたんです。

それがパンクロックというジャンルで、テレビやラジオで聴くようなJ-POPとは違って、圧や勢いのある音楽に最初は圧倒されたんですけど、よく聴いてみると歌詞はすごく真っ直ぐに背中を押してくれるもので、心を鷲掴みされたんです。

それからはインディーズパンクロックバンドともっと沢山出会いたいと思って、週末にタワレコに行って毎回10枚ぐらい買い漁って、家でも学校の登下校中もずっとMDウォークマンで聴いていました。音楽に夢中になって毎日を過ごすようになって、苦しさよりも音楽を聴く楽しさが大きくなっていき、いつからか飛び降りたいと思うことはなくなっていました。

◆家族ができたことをきっかけにマンガ執筆へ

――その後、ご自身もバンド活動をされていたんですよね? そこからマンガ家へ転身したきっかけは?

吉本はい。バンドは18歳から始めていました。でも、そのバンド活動も26歳で終わってしまい、普通の社会人になったんです。そのとき、会社で出世していたり、結婚、出産してマイホームを購入している同世代の人たちを見て、取り残されたような焦りを感じたんです。

18歳から付き合っていた彼女とも結婚しようと思ったけど、お金もない。せめて人並みに稼げるようになって、結婚して家族を養いたいと思って、副収入を稼ぐためにブログを始めました。最初は文章と写真だけで、エッセイのようなブログだったんですけど「どうしたらもっと読んでもらえるかな」と考えた結果、写真をイラストに変えたり、文章を漫画にしてみたり、試行錯誤を繰り返してるうちに、メディアで漫画の寄稿依頼をいただけるようになり、今に至ります。

こんな感じで漫画家が始まってるんで、明確に「漫画家になろう!」と思った時期はないんです。でも、漫画を描き出した頃からずっと楽しく読んでもらえるものを発信し続けたいとは思っていました。関西人ってこともあってか、ツラかったこともできる限り自虐的に面白く描くってことを意識していました。でも、それが少しずつ自分に嘘をついてるような感じに思えてきて、描いてても楽しさを感じられなくなってきたんで、ここ数年は本来の根暗な性格をそのまま作品にも出すようにもなってきました。

――影響を受けたマンガなどはありますか?

吉本あだち充先生の『H2』は何回読み返したかわからないぐらい読んできました。キャラクターの空気感とかセリフのない間が大好きです。絵の感じは赤塚不二夫先生の『天才バカボン』が大好きで、今の作風はこのお二方の影響が大きいと思ってます。

◆執筆の原動力となった伊集院光さんの言葉

――収録作『青春大どんでん返し』では、登場人物が深夜ラジオを聞いている描写もありましたね。

吉本はい。実は、『あした死のうと思ってたのに』もとあるラジオが執筆の後押しをしてくれたんです。マンガを描き始めた頃から、自宅のベランダに足をかけた日の気持ちをいつか作品にしたいと思っていたんです。でもどういう作品で、どんな形で描くのがいいのかがまとまらなくて、頭の片隅にいるような感じでした。

そんな時に、伊集院光さんが麒麟・川島さんのラジオ番組『SUBARU Wonderful Journey 〜土曜日のエウレカ〜』に出られた時に、これまでの人生で見つけた発見や気づきという話の中で「嫌なことがあっても、“来週の伊集院のラジオを聞くまでは頑張ろう!”と、とりあえずの目標になれたらと思っています」と話されていて、自分にとっての音楽とリンクしたことや、今こうして漫画を描いて活動していることの理由にぴったりで、その瞬間にペンが走り出しました。

――今回の作品はどのような人に、どんなときに読んでもらいたいと思っていますか?

吉本:ぼくは今までの人生を振り返るたびに「暗い人生だったな。もっと明るい人生がよかったな」と過去を悔やんでいました。今でも思う時もあります。人付き合いが苦手でうまく人の輪に入っていけない時とか、人と会った帰り道に「あんなこと言ってよかったかな…行かなかったらよかったかな…」と素直に楽しい余韻に浸れない時とか。

でも今、そんなぼくが描いた漫画を読んで、SNSでいいねや感想をくださる方がいて、そのたびに「この漫画が描けてよかった」と感じるんです。

不思議ですよね。許せないことも、悲しいことも、今でも苦しいこともいっぱいあるのに、こんな人生だったから作れたものに喜んで、感謝してるって。

今でもこの気持ちや感情をうまく理解できないんですけど、ひとつ気づいたことがあります。

それは「過去をどう思うかは今からでも変えられるかもしれない」ということ。ずっと過去に捉われて変われない、暗いままの自分で生きていくしかないと思っていたけど、もしかしたら自分で変えていけるかもしれない。

この本を読んで、少しでもそんな気持ちになってもらえたらと思っています。