本連載では、受験世界史研究家・稲田義智氏の著書『絶対に解けない受験世界史3』(パブリブ)より一部を抜粋し、大学入試で実際に出題された世界史の「難問」を紹介していきます。本書における難問とは、「一応歴史の問題ではあるが、受験世界史の範囲を大きく逸脱し、一般の受験生には根拠ある解答がおおよそ不可能な問題」。今回は、筆者が「大問レベルでは受験世界史の歴史の中でもワーストクラスの超難問ぞろい」と評する慶応大法学部の2020年度入試、その問題Ⅲより2問を取り上げます。ぜひチャレンジしてみてください。

「普通に考えたらこれだな」と思って選択肢群を見ると…

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問題Ⅲ [設問2] 下線部(イ)に関連して(編註:古マタラム朝),古マタラム朝が,ジャワ島中部に建造したヒンドゥー教寺院は(67)(68)である。(67)(68)に入る最も適切な語句を語群より選び,その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。

01 アヌラダプラ   03 イシャナプラ   13 クトゥブ=ミナール

18 サーンチー    28 タフティバヒー  42 ハルマンディル  

48 ボロブドゥール  54 ロロジョングラン 55 ワット=アルン

慶応義塾大学『2020年度 慶応義塾大学入学試験問題 法学部 地理歴史世界史)』より関係のある選択肢のみ抜粋

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【解答解説】

これは普通に考えれば正解はプランバナン寺院群になるはずであるが、語群にプランバナン寺院群がない。地獄である。正解はロロジョングランで、プランバナン寺院“群”の中の主要寺院をロロジョングランと呼ぶ。

一応用語集のプランバナン寺院群の項目内にその説明があるが、これを覚えていた受験生は皆無に近かろう。というよりもプランバナン寺院群自体が用語集頻度③*でそれなりに難易度が高い用語であるのだから、こちらを問うのでも十分であったはずである。そこからもう一ひねり加えるのはあまりにも性格が悪い。

(*用語集頻度…用語集では、収録された用語の横には丸数字がついており、これが検定教科書に載っていた数を示している。たとえば「シュメール人⑦」であれば、7冊の教科書に「シュメール人」という記載があることを示す。用語集頻度③はそれなりに難しいが、早慶の受験生なら覚えていることが期待されるくらいの用語である。)

誤答のうち、アヌラダプラはスリランカの古都。イシャナプラはアンコール朝以前のカンボジア(真臘)の首都。この2つは世界遺産である。旅行にでも行きたかったのだろうか。タフティバヒーはガンダーラにある遺跡。ハルマンディルハリマディル=サーヒブのことで、アムリットサルにあるシク教の黄金寺院のこと。ワット=アルンはバンコクにある代表的な仏教寺院。ハルマンディルは黄金寺院の名前であればいくつかの教科書に記載があるが、ハルマンディルの名で掲載しているのは実教出版の教科書のみ。ワット=アルンは実教出版と帝国書院の教科書に記載あるが、ハルマンディルの様子を見るに実教出版の教科書から持ってきたものと思われる。

「教科書のどれか1冊に載っているなら範囲内なのでは?」と思う読者もいるかもしれないが、実際に受験生が教科書を全7冊そろえるのは困難である。

私もさすがにハリマディル=サーヒブとワット=アルン以外は知らない地名ばかりだった。これだけ知らない用語ばかり並んだ選択肢群は最近では新鮮だった。

これを「範囲内」と言うのは完全な無理筋

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問題Ⅲ [設問4] 下線部(エ)に関連して,『東方見聞録』や『三大陸周遊記』にも記述のある,スマトラ島北端の港市国家は(71)(72)である。(71)(72)に入る最も適切な語句を語群より選び,その番号を解答用紙の所定の欄にマークしなさい。

11 クダ      15 サムドゥラ=パサイ   21 ジャンビ   

23 新マタラム   24 水真臘         26 スラバヤ 

40 パタニ     46 フーナ         49 マジャパヒト 

50 羅越      52 ランサン        53 陸真臘

慶応義塾大学『2020年度 慶応義塾大学入学試験問題 法学部 地理歴史世界史)』より関係のある選択肢のみ抜粋

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【解答解説】

これも「アチェのことか? でもアチェは15世紀末成立だからマルコ=ポーロやイブン=バットゥータとは時代が合わないな」と思って選択肢を見ると、そもそもアチェが無い。地獄の再来である。正解はサムドゥラ=パサイ(サムドラの表記が一般的)で、13世紀末イスラーム化した東南アジア最初のイスラーム教国とされている。ただし、イスラーム化の程度がわからず、他地域へ広がった点を考えるとやはり15世紀半ばのマラッカ王国改宗の方が重要であるので、あえてサムドラ=パサイを強調することはないという指摘がなされ、それゆえに以前は範囲外の典型例でたまに見かける用語だったが、近年は見なくなっていた。専門家の指摘なんぞ知るかということか。

「サムドゥラ」という表記が特徴的だったので出典があるだろうと探してみたら、実教出版の教科書に掲載されている地図中に小さな文字で記載があった(p.174)。しかし、教科書本文で特に補足されているわけではなく、これを範囲内と言うのは完全な無理筋である。

誤答のうち、クダはマレー半島のインド洋側の付け根にあった港市国家で、シュリーヴィジャヤや三仏斉(ジャーヴァカ)の有力都市の一つ。これも実教出版の教科書に記載あり。ジャンビも同じく、シュリーヴィジャヤや三仏斉の有力都市でスマトラ島中部に位置。スラバヤはジャワ島東部の港市で、近現代史での方が重要だろう。パタニはマレー半島中部のタイランド湾側の港市国家。マラッカと並んで早くにイスラーム化した。現在のいわゆるタイ深南部にあたる。フーナはエフタルの異称。なぜここに並んでいるのかがわからない。他の設問の誤答にもなりえないし。羅越は8~9世紀頃にマレー半島南端にあったと『新唐書』に記述があるが、どこの港市を指しているのか定説がない。日本史では平城天皇の子の高岳親王が没した地という記録に見える。当然範囲外というか、羅越は私も初めて見た。どこから引っ張ってきたのだろう…。

稲田 義智

受験世界史研究家

受験世界史研究家。東京大学文学部歴史文化学科卒。世界史への入り口はコーエーの『ヨーロッパ戦線』と『チンギスハーン蒼き狼と白き牝鹿IV』だったが、実は『ファイナルファンタジータクティクス』と『サガフロンティア2』の影響も大きい気がする。一番時間を費やしたゲームは『Victoria(Revolution)』。ゲームしかしていなかった人生だったが、奇縁にて『絶対に解けない受験世界史シリーズ』(パブリブ刊)を出すことになった。楽しい執筆作業だったが、ちょっと当分入試問題は見たくない。

(※写真はイメージです/PIXTA)