客からの暴言や暴行、不当要求などで働く人の就業環境を害するカスタマーハラスメントカスハラ)。カスハラに関連する項目は、2023年に改正旅館業法や精神障害の労災認定基準に盛り込まれるなど国も対策に乗り出している。

一方で、パワハラやセクハラ、マタハラといったハラスメントについては法律で企業に対策が義務付けられているのに対し、カスハラは法制化されていない。法的な定義が難しい理由や、どのような内容での法制化が望ましいのか、ハラスメント問題に詳しい成蹊大学の原昌登教授(労働法)に聞いた。(ライター・国分瑠衣子)

パワハラと異なり、『加害者』が多方面にわたるカスハラ

カスハラは2022年に、厚労省が企業向けの対策マニュアルを策定した。企業や自治体の中には、独自のカスハラ対応マニュアルをつくり、従業員を守ろうとする動きも出ている。

厚生労働省はこのマニュアルでカスハラの定義を「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」としている。

ただし、カスハラは法制化されていないため「何がカスハラなのか」という法的な定義はない。パワハラは労働施策総合推進法で、セクハラ、マタハラ等は男女雇用機会均等法と育児・介護休業法で定義され、企業に対策が義務付けられている。

原教授は「社内で起きるパワハラと異なり、カスハラは相手が顧客ということや、カスハラのバリエーションが多すぎることで、法的な定義が難しい側面があります」と話す。

カスハラは客が店員に暴言を吐いたり、金銭やサービスなどの見返りを要求したり、ホテルであればアップグレードを要求するなど類型が多い。さらに「加害者」も、店舗を利用する客や、自治体の窓口を訪れる住民、仕事の取引先など基本的には「会社の外の人」で、会社側はコントロールが難しいという面もある。

●法制化することで、カスハラの認知が広がる

ただし、大きな罰則を伴わない形であれば、法制化はできるというのが原教授の考えだ。

「『カスハラ罪』をつくり、罰則を科すまでの法律を考えると、定義を作るハードルが上がりますが、周知、啓発が目的の法律であれば、もう少しざっくりとした議論でもいいはずです」

例えば同じハラスメントである、パワハラ、セクハラ、マタハラ等についても、法律で罰則があるわけではない。ハラスメント行為が起きないように、周知啓発や相談窓口の設置などを義務付けている。

原教授は「法制化することは、カスタマーハラスメントという言葉を社会に浸透させ、カスハラは良くないことだと周知する意義があります。対策が進んでいるのは一部で、大半の企業や消費者にはカスハラという言葉がまだ浸透しているとは言えません」

法制化する上で、参考になりそうなのがパワハラの法律だ。労働施策総合推進法30条の3では、パワハラに対する関心と理解を深め、他の人に対するパワハラにも注意を払うように努めることなどを事業主(企業)、役員(経営陣)や労働者の責務と定めている。「理解を深め、注意を払う努力を促す規定は、法律の中でもめずらしいです。カスハラも同様の規定を作ることで、企業や働く人の理解や関心が高まると思います」

労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(抜粋)

(国、事業主及び労働者の責務)
第三十条の三 国は、労働者の就業環境を害する前条第一項に規定する言動を行つてはならないことその他当該言動に起因する問題(以下この条において「優越的言動問題」という。)に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない。
2 事業主は、優越的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。
3 事業主(その者が法人である場合にあつては、その役員)は、自らも、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。
4 労働者は、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第一項の措置に協力するように努めなければならない。

労働施策総合推進法の中に、カスハラの項目をつくるか、新しいカスハラだけの法律を作るのか、法律になること自体がインパクトがあるので、形式はその時々で実現しやすい形を選べばよいだろうと原教授は見ている。

●顧客とのトラブル、労働者が会社を訴える事例が出てきた

ハラスメントは労働法だけではなく、民事の賠償(民法)、公務員なら行政法など、いろいろな法律にまたがる特徴がある。

ハラスメントに関する裁判では、不法行為の有無や企業の安全配慮義務違反の有無が問われるケースが多い。原教授は、カスハラについて正面から争われた裁判はまだ見られないが、顧客との間にカスハラのようなトラブルがあって、自身を守ってくれなかった使用者を労働者が訴える例はいくつか出ているという。

その一つが2018年の甲府地裁の判決だ。山梨県の公立小学校の教諭が、学校の児童の家の飼い犬にかまれてケガをしたのだが、その補償に関し、児童の父と祖父が学校に赴き「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」などと非難したところ、同席していた校長はその場を収めるために教諭に対し謝罪を指示したのだ。

甲府地裁は、校長の対応は不法行為であり、使用者である自治体が国家賠償法に基づき賠償責任を負うとして、治療費や休業損害など約300万円の支払いを命じた。児童の家族を広い意味で顧客と考えると、教諭に対する上記の非難はカスハラに該当し、労働者を守らなかった使用者側の対応に問題があったケースと言える。

●時間はかかるが、走りながら考えることが重要

原教授は「悪質なクレーマーによる脅しや暴言など、威力業務妨害罪や脅迫罪といった犯罪にあたりうるケースは起きていると思います」と語る。カスハラに悩んだ場合、企業や店舗は積極的に警察を呼んで毅然とした対応をとったほうが、社会にカスハラはダメなことという考えが広がりやすい。

「セクハラで即アウトが当たり前の社会になるまで時間がかかったのと同じように、カスハラがダメなことと認識されるまでにはある程度の時間がかかると思います。これ以上の被害者を出さないためにも、走りながら考えることが重要です。

5年10年かけて整った法律をつくるよりも、周知、啓発が目的の法律を作ったり、インパクトのある提言をしたりして、社会に『カスハラはいけないことだ』と、周知啓発をすることが求められています」

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