年収が高くてもなぜかカツカツの家計で暮らしている人たちがいます。一体なぜそのような事態となってしまうのでしょうか。なかには、放置しておくと家計破綻に陥るような深刻な問題を抱えている人もいて……。本記事ではAさんの事例とともに、買い物依存症の恐ろしさについて長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

「買い物依存症」の恐怖

買い物依存症」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは文字どおり買い物という行為に依存する心理状態のことです。年齢、性別に関係なく見られる症状で、買い物がしたくて我慢ができず、一日中その欲望が頭から離れない状態です。

たとえばスニーカー依存の症状がある場合、一足買った次の瞬間には新しいスニーカーのことを考えしまい、気が付くと自宅には100足、300足、1,000足と膨大な箱が積みあがってしまいます。

もちろんそれが「コレクター」「趣味」「転売目的」であれば違いますが、依存症になると「買っては激しく後悔するのに、やめられない」「買うこと自体が目的で、モノにはさほど執着しない」「買ったらクローゼットに押し込んで終わり」という矛盾を抱えた状態になってしまいます。

もはや物欲とは違う、一種の強迫性障害ともいえます。クレジットカードを使って買い物を繰り返し、返済ができなくなって自己破産、それでもやめられず万引きや窃盗など犯罪で得た金銭でまた買い物を繰り返す……そうなるとパーソナリティ障害や精神疾患を疑わざるをえません。

しかしこの買い物依存には医学的な診断基準が存在しません。DSM-5(米国の精神疾患の診断・統計マニュアル)やWHOのICD-10(国際疾病分類)には記載されていないのです。

しかしFPとして多くの家計を見ていると、アルコール依存や薬物依存と同じように人生を破壊しかねないこの買い物依存に悩む人が決して少なくなく、むしろ近年増えている印象があります。

今回は、買い物依存によって家計崩壊の危機に立たされているひとつの事例を紹介します。

エリート勝ち組の高年収のはずが…破綻の瀬戸際を綱渡り

<事例>

夫Aさん 47歳 勤務医 年収1,500万円

妻Bさん 42歳 専業主婦

子供 14歳

住宅ローン借入額 8,200万円

夫のAさんは勤務医として働いています。妻のBさんは専業主婦。収入だけを見るとなんの不自由もない、裕福な家庭に思えます。しかしこのAさん世帯、医師であるAさんの高い収入で毎月やりくりしているだけで、実のところ破綻の瀬戸際を綱渡りしている状態なのです。

「家を新築したい」とFPに相談

はじまりはAさんがFP事務所に「家を購入したいので資金相談に乗ってほしい」と依頼したことでした。家を購入したいが、若いころに購入した自宅があり、それを売却して住み替えたいというものです。それ自体は決してめずらしいことではありません。

Aさんが30歳のときに購入した戸建て住宅があり、住宅ローンの残高は3,900万円。17年前に購入した家で昨今よりも金利が高い時期でした。この自宅を売却するために査定を依頼すると、高くても2,000万円。売却すると約1,900万円のオーバーローンになります。そのオーバーローン分を清算する貯蓄はないため、銀行からいわゆる「住み替えローン」を借りて注文住宅を建てたいという希望でした。

残債を上乗せし、新しいローンの借入額は8,200万円。Aさんの年齢と年収から考えると借り入れは少々難しいように感じましたが、いくつか事前審査を出した金融機関のうち、ひとつから満額回答を得ました。審査が通過したのはいいものの、果たしてこの住宅ローンを返済することは可能なのか、AさんはFPに聞いてみたかったのです。

「家計的には少しぎりぎりかなと感じています。数年後には大事な一人息子が大学進学の時期です。私も親には教育にお金をかけてもらったから、息子にも同じようにしてやりたいですよ」

FPが計算結果を見せながら言います。

「これからの昇給と定年退職までの賃金、退職金を考えるならば、なんとか返済はできると思います。仮にこの計算どおりならご子息も大学進学はできるでしょう」

ほっとするAさんでしたが、FPの顔に懸念が浮かんでいます。

「Aさん、気になることが2点ほどあるのですが……」

FPは続けます。

「まず、Aさんほどの職業と年収の方が、現在貯蓄がゼロという点が気になります。もうひとつは、なぜ大きく損をしてまで住み替えをするのでしょうか」

これに対してAさんが答えます。

「貯蓄がない点は、これから相談していきたいと思っています。妻は専業主婦で金融リテラシーが乏しいし、私もどんぶり勘定なところがある。これから老後に向けてしっかり勉強させてください。あと建て替えのことですが、やはり古い建物で結露がひどいのです。子供の健康を考えるといまどきの高性能の家に住み替えるべきと判断しました」

よどみなく答える様子からFPは胸を撫でおろしました。Aさんに危険な兆候を感じ取ったのですが杞憂のようです。乗っている自動車は新型車ではあるものの平均的な価格の大衆車、腕時計はしていませんでした。派手なところはまったくなく、堅実な内科医という佇まいです。

Aさんの重度な買い物依存症が発覚

Aさんが抱える問題が次第に見えてきました。

Aさんの自宅が完成し引き渡されてから半年後、大手ハウスメーカーの展示場にAさんの姿があったのです。なんと営業マンと「商談」をしているようです。担当している若い営業マンはAさんが半年前に住宅を購入したことは知りません。Aさんの職業を聞き、舞い上がっています。高所得者と商談ができると住宅営業マンは誰しも喜ぶものです。

「次回は住宅ローンの事前審査をすることになっています」と営業マンが言うのですが、個人情報の問題があるためFPからAさんの事実を告げることはしませんでした。さすがに引き渡し後半年で住み替えるのは無謀だし、銀行の審査も通らないでしょう。

Aさんと妻Bさんとは、毎月家計簿のつけ方をレッスンし、家計収支の報告を受けるために面談を繰り返していたのですが、その場で、Aさんからさらにショッキングなことを耳にします。

「この半年で2度、自動車を買い替えたんです」

「なにか車に問題があったのですか?」とFPが訊くと、Aさんは小さな声で答えます。

「半年前は、腰が痛くてドイツ車に買い替えました。先日は輸入車は故障が多いので、日本車にまた替えたんです。いまはなぜまた買ってしまったのかと猛省しています……」

貯蓄がゼロであるため、それらは自動車ローンで購入したことになります。しかもおそらく残債を上乗せしてローンを借り換えたのでしょう。いま所有している自動車の価格に見合わない大きなローンを返済しているということです。

妻Bさんにも話を訊いていくと、この10年間で購入したのは10台。すべて新車です。一度だけ事故で廃車にしたことがあり、自動車保険でローンが完済されたのが救いですが、これではいくら働いても貯金はできません。夫のAさんは猛省していると言いながらも、いまも「家の住み替え」を再び目論んでいるようでした。

ハウスメーカーの展示場、自動車ディーラーショールームを休みのたびに回遊するような生活だと妻から聞き、FPは驚きを隠せません。それについて家族としてどう考えているのか質問したところ、「お金を稼いでいるのは夫だから好きにしていいと思います」という回答でした。

買い物依存という症状が出ているのではと疑い、FPがそう指摘しても夫婦ともに聴く耳は持ちません。自宅リビングに大量に置かれた自動車のパンフレットに恐怖すら感じます。

息子の大学進学費用は到底足りない…

問題は数年後に控えた息子の大学進学です。

当然教育費の貯えはまったくありません。息子は父親と同じく医師になりたいという希望を持っています。もし国立大学医学部に進学したとすると、6年間の学費と生活費は合計1,188万円という試算です。夫Aさんが教育ローンを借りようにも住宅ローンと自動車ローンの残債が大きすぎて、審査は困難かもしれません。仮に借りられたとしても返済できなくなるでしょう。

こうなると息子自身に奨学金を借りてもらうしかありません。医師向けの奨学金は指定された病院に一定期間就職することで返済を免除される仕組みのものも用意されています。国立大学であれば奨学金だけで医学部に進学することも可能です。

しかしキャリア形成の観点から言えば、医師としてのハイレベルな専門性を磨くには少し不便であると考える人が多いようです。非常に残念なことながら、息子の将来の医師としてのキャリア形成には非常にネガティブな状況です。

もし私立大学への進学を希望する場合は、もっと困難な道となるのが想定できます。すでに大学卒業後のマネープランを見据えて進路を決める時期に来ていますが、医学部進学には不利な現状を、親から告げなければなりません。夫Aさんも妻Bさんもそのようなことに思考がおよんでいないことも問題のひとつです。

「自分が親にしてもらったように、息子の教育には力を入れたい」以前に聞いた発言とは大きく矛盾が生じている現状です。

本来であればFPに相談するなど、状況を客観視できる第三者からの意見をもとに解決していかなければならない局面ですが、家計改善のレッスンもフェードアウト。2棟目の家を購入してからわずか1年後に3棟目の家を購入したと住宅営業マンから伝え聞き、「依存症」の深刻さを痛感しました。  

家も自動車も、売り手は「買わないほうがいい」という結論はありえないでしょう。年収と職業によっては金融機関が融資を行い、買い物依存を加速させてしまうケースがあるのです。

買い物依存による家計への影響

FPの立場から、買い物依存症に共通する特徴を挙げてみます。

・考え始めると買うまで頭の中から消えない

・買うと興味を失う

・買うとすぐ次の買い物を考えている

・なにも買わない生活は退屈で寂しいと思う

・買ったあとで激しく後悔する

このような衝動性、強迫性から短いスパンで買い物を繰り返していきます。オンラインストアでクレジットカードを登録していたり、Amazon Pay、Apple Payなどでの支払い方法が選択できたりすると、買い物衝動から購入までのハードルが下がってしまいます。気が付けばもう買い物をしているのです。

もちろんクレジットカード会社からの請求額を毎月確実に支払えるのであれば問題は少ないかもしれませんが、買い物依存に陥ると次第に買い物の頻度と金額が上昇していき、自分の返済能力を超えた請求額になってしまいます。クレジットカードの返済が滞ればどのようなことになるかは、想像に難くないでしょう。

しかし恐ろしいのは、たとえ自己破産したとしても買い物衝動が収まるわけではないという点。自己破産後はデビットカードを経由させたり、後払い決済制度を利用したりして買い物を続けます。

買い物依存に陥る原因

YouTubeやブログなどを検索してみると、買い物依存に関する情報がたくさん出てきます。Googleでも「買い物依存治し方」という検索サジェストが見られるなど、多くの人がこの問題を抱えていることがわかります。

買い物依存に陥る原因にはどのようなものがあるのでしょうか(うつ病双極性障害ADHDなどを原因とする「依存」もあるかもしれませんが、ここでは医学的なことを述べる立場にないため言及しません。ここでは精神疾患としてではなく、現象としての「買い物依存」について書きます)。

FPの立場から話を聞いていると、買い物依存の原因には次のような要素を見ることができます。

・強い疎外感、孤独感

・日々の生活で感じている強いストレス

・両親や配偶者との関係性の希薄さ

・10代から感じている劣等感

買い物依存に陥った方が語るエピソードを掘り下げていくと、「心の隙間を埋める」というキーワードが頻出します。買い物をした瞬間の高揚感が日々の疎外感を埋め、ストレスを発散させてくれるという体験は、誰しも依存してしまう危険があります。

しかしその高揚感は一瞬であるため、心の隙間を埋めストレスを発散させてくれることはありません。しかし一瞬の高揚感を得るために買い物を繰り返してしまうのです。

買い物依存による家計破綻を防ぐには

買い物依存を放置していると、多かれ少なかれ家計にダメージがあります。住宅ローンを抱えている状況では、一歩間違えると持ち家を失うリスクすらあります。

買い物依存を「治す」にはどのような方法があるのでしょうか。ネットでの情報ではよく、「クレジットカードを解約する」「財布に1,000円しか入れておかない」「積み立て投資をする」「欲求を刺激するようなSNSを見ない」という行動療法のアドバイスが見られますが、学生であれば有効な話でしょう。家庭を持つ大人にはそのような行動は現実的ではありません。毎日仕事をし、住宅ローンを返済し、子供の教育費を貯め、家庭生活を運営しているなかでは買い物と無縁でいることはできません。

SNSと無縁でいることも難しいはずです。アルコールやギャンブルとは異なり、「買い物を完全に断ち切る」という単純な対策は難しいのです。

買い物依存を治すのは並大抵のことではありません。もし精神疾患や障害を原因でないのであれば、

・臨床心理士などによるカウンセリングを継続する

・配偶者との共同作業として家計簿を毎月つける

・FPとの面談を毎月行い、収支の報告をする

このような対策をお勧めします。心の状態に原因があることが多く、疎外感を埋めるために心理士によるカウンセリングが有効かと思います。それと同時に、金銭問題の解決の実務としてFPによる定期的な面談が有効です。

これらは費用がかかるうえに、地道で即効性がない対策ですが、長い時間をかけて依存から抜け出していくしか方法はありません。依存である以上、ある日完全に治ることはなく、毎日の「買い物に逃避しない」という気持ちの継続であることはいうまでもありません。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)