M&Aアドバイザリーファームのフーリハン・ローキーは、製造や物流の自動化に関わる産業を「インダストリアルテック」と定義している。自動化ニーズの高まりを受けて、この分野の企業の決算は総じて好調だ。ただ、将来を展望すると、地政学リスクの高まりなど不透明な要素もある。インダストリアルテックセクターの最近の動向と今後の展開について、フーリハン・ローキーのセクターレポート「インダストリアルテックセクターアップデート(2023年2Q) 」を監修した村井慎氏が解説する。

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(*)当シリーズでは、フーリハン・ローキーが発表しているセクターレポートの監修者が、各業界における主要企業の業績・株価・注目のM&Aの動向から戦略を読み解きます。

<連載ラインアップ>
第1回 鮮明になってきた事業ポートフォリオの違い、5大商社はどこへ向かうのか?
第2回 サプライチェーン混乱が収束へ、アフターコロナの物流企業はどう変わるのか
■第3回 自動化ニーズの高まりで好決算、インダストリアルテック業界はこのまま堅調か(本稿)


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主要プレーヤーの大半が今期の増収・増益を見込む

 2020年からのパンデミックを受けて、世界的にEC需要が急拡大した。荷物量の急増に伴う倉庫や物流分野での自動化ニーズの高まりは、インダストリアルテック企業の業績を押し上げた。
 
 パンデミック以降も自動化ニーズは持続しており、2023年度第2四半期(23年4~6月)は、前年同期と比較して主要プレーヤーの大半が増収・増益を達成(図1)。2023年度通期でも、同様の見通しを開示している(図2)。

 図1、図2はいずれも、右上にプロットした企業ほど増収・増益の度合いが大きい。前期と今期見込の業績を比較した図2では、高い水準の増収・増益を予想しているのは海外企業がほとんど。しかし、これは日本企業が振るわなかったというより、海外企業の前期の落ち込みが激しかったからだ。

 例えば、アマゾンインフレに伴う景気後退を受けて大規模倉庫プロジェクトの多くを凍結した。顧客サイドの投資見直しの影響を受けて、昨年は海外企業を中心に大きく業績が落ち込んだ。今期に入って、世界的に顧客の投資計画は再び増加に転じている。日本企業の場合、前期の業績はさほど落ち込んでおらず、結果として前期・今期の成長度は比較的穏やかなものになっている。

 全体的に、顧客サイドの投資意欲は高い。EV関連(バッテリー製造工程自動化含む)など、大企業における製造工程の自動化投資は増加傾向にある。また、人手不足や人件費高騰などを背景に、自動倉庫など物流工程の自動化投資も堅調だ。

 一方でインダストリアルテック分野においては、2つの懸念材料がある。足元でやや向かい風の半導体関連、先行き不透明感が強まっている中国市場だ。これらに関係する事業の比重が高い企業は、増収・増益のグループに入っていない。例えば、図2にあるように、産業用ロボットにおける世界四大メーカーの一角をなすファナックは減収・減益、マテハン分野の世界的なリーダー、ダイフクは今期の増収・減益を見込んでいる。半導体工場向けの搬送システムなどで強みを持つローツェも、減収・減益を予想。なお、同じく減収・減益を見込む日立製作所の場合は、大規模な事業売却が相次いだことが原因である点に留意すべきだろう。

「モノ」から「コト」へと移り変わる事業領域

 先に、半導体と中国市場について触れたが、今後の環境変化を考える上でも、これら2つの要素には注意が必要だ。

 半導体については、台湾勢の動向が気になるところだ。半導体受託生産の世界最大手、TSMC熊本県や米アリゾナ州での工場建設を進めており、SBIホールディングスと台湾の受託生産大手の力晶積成電子製造は先ごろ宮城県での工場建設計画を発表した。明るい材料が増えつつあり、半導体工場向け搬送装置などで存在感の高いダイフクは生産能力の増強を打ち出している。

 デリスキングというキーワードがしばしば語られる中で、各社にとって中国リスクは悩ましいテーマだ。インダストリアルテック業界全体を見ると、中国事業のウエイトを落とすという方向性は、少なくとも現段階では顕在化していない。一時的に中国での需要が低下した領域では、需要の戻りを待つというスタンスである。中国事業は現状の水準を維持しつつ、他国での投資を拡大するというのが大半の企業の考え方だろう。
 
 ビジネスの方向性として、最近注目度が高まっているのがソリューション化である。言い換えれば、モノからコトへの流れだ。

 例えば、日立製作所は2019年、米国のロボットシステムインテグレーター、JRオートメーションを買収。同社のノウハウとIoT基盤「ルマーダ」を組み合わせ、個々のロボットのデータを収集・分析し、顧客の生産現場の効率をさらに高める狙いがあった。同社は以前から機械や装置の制御などを担うOT(Operational Technology)とIT、両方の領域を手掛けてきたが、OTをさらに強化してソリューションの幅を広げようとしている。
 
 2015年に遡るが、FA大手のオムロンは米国のモーションコントローラーメーカーであるデルタタウデータシステムズを買収している。これも顧客の現場における自動化ニーズに対応するための技術力、ソリューション提案力の強化策と考えられる。

 日本の溶接ロボット大手、ダイヘンが今年発表した、独ローヒ・シュヴァイステクニックの買収も同様の動きだ。ローヒは溶接工程のエンジニアリングに強みを持つ。メーカーが川下に事業領域を広げ、「コト売り」のケイパビリティを高めようとしている。
 
 日本よりもかなり早い時期から、欧米の主要プレーヤーはソリューション強化を進めてきた。独シーメンスや仏シュナイダーエレクトリックはハードウェア事業を売却、一方でソフトウェア事業の買収を重ね、事業ポートフォリオを「コト寄り」にシフトさせてきた。

 欧米の大手に比べると出遅れた感は否めないが、今後、日本企業の間でもM&Aを活用して不足するピースを補う、あるいは川上・川下のプレーヤーとの経営統合により一気にソリューション強化を図る動きが強まるのではないだろうか。

 インダストリアルテック大手の間ではM&Aは一般的な選択肢だが、規模で劣勢な企業にとって同様の手段はとりにくい。結果として二極化が進行しており、中堅クラスのプレーヤーの間では再編圧力が強まる可能性もある。
 
 また、現在の円安環境を考えると、今後、海外企業による日本企業へのアプローチが増えると思われる。2023年には、自動化において重要な役割を担うマシンビジョン(画像処理装置)大手の米コグネックスによる、日本の光学部品メーカーのモリテックス買収が発表された。このケースはその先駆けといえるかもしれない。

パナソニックの米ブルーヨンダー買収の狙い

 人材不足や人件費高騰は世界の多くの地域で見られる現象であり、自動化ニーズは中長期的に高まっていくと考えられる。
 
 ただ、工場内の特定のライン、あるいは倉庫内だけを自動化しても効果は限定的だ。そこで、工場のラインから倉庫、トラックなどによる輸送までを視野に入れたサプライチェーンの自動化が大きなテーマとして浮上している。
 
 サプライチェーンの設備等を提供するプレーヤーは多種多様だ。同じロボット分野、同じマテハン分野でも、扱うモノによって様々な機械や設備があり、可視化や制御を担う多種類のソフトウェアがある。これらを連携させるのは容易ではない。グローバルで圧倒的な存在感を持ち、標準システムを提供するようなジャイアントは存在しない。

 サプライチェーンの広い範囲を自動化するシステムづくりに向け、主要プレーヤーは取り組みを強化している。例えば、2021年のパナソニックによる米ブルーヨンダー買収は、このような文脈でとらえることができるだろう。
 
 もちろん、サプライチェーン全体を一気に自動化することはできない。現状ではWMS(Warehouse Management System:倉庫管理システム)、WES(Warehouse Execution System:倉庫運用管理システム)、WCS(Warehouse Control System:倉庫制御システム)といった領域が焦点の1つだ。いずれも倉庫機能の自動化・高度化を担うシステムであり、前述のように「勝者」は決まっていない。

 サプライチェーンがつながることを前提とすれば、倉庫領域での勝者は将来、川上・川下のプレーヤーに対して強い影響力を持つだろう。そこで、各社はM&Aを含めて積極的な投資を続けている。
 
 テクノロジーの観点では、デジタルツインの進展も注目される。現在では、大手メーカーの工場の一部などを対象に限定的な形でデジタルツインが運用されており、これが川上・川下に拡張されればそのインパクトは大きい。これも自動化と同様、時間軸の長い取り組みになるが、インダストリアルテック各社としては目を離せない技術といえるだろう。
 
 ドイツ発の「インダストリー4.0」が注目されて久しいが、製造工程や物流工程の自動化、デジタルツインの実装は道半ばである。中長期的な市場ニーズの高まりが予想されるだけに、各社の研究開発の進展、M&Aなどによるソリューション拡充に期待したい。

 フーリハン・ローキーのセクターレポート「インダストリアルテックセクターアップデート(2023年2Q) 」の全資料はこちらでご覧いただけます。 フーリハン・ローキー公式LinkedInアカウントはこちら

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