モンキー・パンチ原作の大人気シリーズ『ルパン三世』が、片岡愛之助主演の新作歌舞伎となって2023年12月5日(火)より25日(月)まで新橋演舞場で上演される。タイトルは、新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)』。脚本・演出を手がけたのは、松竹芸文室の戸部和久。これまでに新作歌舞伎風の谷のナウシカ』や新作歌舞伎東海道中膝栗毛』といった話題作の脚本を手掛けてきた。近年ではOSK日本歌劇団のレビューも担当し、現在も翼和希の主演作『へぼ侍』の再演を控えている。

活躍の場を広げる戸部だが、歌舞伎の演出は本作が初めてになるという。出演者それぞれの見どころ、元ネタとなった古典歌舞伎や『ルパン三世』のエッセンス、作品に込める思いを聞く。
 

※『ルパン三世』ファンの方にはルパン関連の、歌舞伎ファンの方には歌舞伎関連のネタバレを含む記事となります。
 

■ルパンも歌舞伎も、出し惜しみなく

ーー漢字5文字(奇数)の『流白浪燦星』というタイトルは、初見ではまず読めず、意味が分かれば納得の歌舞伎らしさに溢れています!

原作アニメの主題歌にある“一筋の流れ星”というフレーズ、そして盗賊を意味する“白浪(しらなみ)”を組み合わせました。このお話が出た時から「古典歌舞伎であることにこだわって作ろう」と決まっていましたので、そのようなタイトルを考えました。演出もやらせていただくこととなり、オープニングから我ながらかなり痺れるものになっています。

ーー『ルパン三世』のオープニングといえば……。

そう、あれです(ニヤリ)。ストーリーは、安土桃山時代を舞台にしたオリジナルです。歌舞伎がお好きな方ならご想像がつくと思うのですが、初代石川五右衛門のいる世界。歌舞伎五右衛門といえば……の華やかな名場面も出し惜しみなくお見せします。

ーー原作にも歌舞伎にもリスペクトを感じます。

僕自身がルパンファンであり歌舞伎ファンでもあるので(笑)。子どもの頃、学校から帰ると夕方にアニメの再放送でやっていました。その頃からのファンでした。

■歌舞伎版ルパン一味、その見どころ

ーー出演者も豪華です。

意外と珍しい座組だと思いませんか。松嶋屋の愛之助さんがいて、音羽屋、澤瀉屋、大和屋、天王寺屋。それぞれ違う学校(歌舞伎の一門)で育ってこられた方々が集まり、どんな引き出しを開けてアイデアを出してくださるのか楽しみです!

ーーおひとりずつ見どころをうかがいます。ルパン三世役の片岡愛之助さんはいかがでしょうか。

ビジュアルから愛嬌があり格好良く、まさにルパンルパンなだけに劇中で変装をします。愛之助さんが、いつ誰に変装するのか。僕自身、どのように演じてくださるのか楽しみにしています。不二子ちゃんとの定番のやり取りもあります。歌舞伎らしい見どころとしては、花道の六方。立廻り。そして愛之助さんから「やりたいよね」といっていただけたおかげで、本水(本物の水を使った演出)もできることになりました。とてもうれしいです!

ーー石川五ェ門を演じるのは尾上松也さんです。

かっこいい立廻りをみせてくださると思います。松也さんは、最近はご自身でも演出をされる機会がおありですね。チームの中で、いい意味でバランスをとりながら、皆をゴールまで運んでくれる方なので、一緒に作品を作るのが楽しみです。

ーー峰不二子に、市川笑也さんです。

だってもう、お綺麗じゃないですか。それが見どころです! 古典歌舞伎の名作『籠〇〇花〇〇〇』をパロディにした花魁道中があります。峰不二子といえばあの名曲、『ラ〇・〇〇ー〇』の和楽器アレンジでの花魁道中です。

ーー次元大介に、市川笑三郎さんです。

ふだんは女方を中心に活躍をされている方なので、次元に笑三郎さんのお名前が挙がった時は、目からウロコでした。すぐに「なるほど! それは見てみたい!」と。お芝居を作り込んでくださる方です。みたことのない笑三郎さんにご期待ください。

ーー市川中車さんは、銭形警部です。

生演奏の『銭形マーチ』で「ルパン、逮捕だ~」と随所にご登場いただきます。何度出てきても銭形。中車さんがあまりにも銭形警部なので、まさに銭形警部な銭形そのものが見どころです。下まつげの隈取りもさすがですよね。中車さんには、舞台の上で自由に皆を翻弄していただきたいです!

ーー傾城糸星/伊都之大王に、尾上右近さんです。花魁です。

本作には峰不二子という登場人物がいますが、ヒロインは右近さんが演じる傾城糸星だと思っています。映画『カリオストロの城』に峰不二子クラリスがいるように。とはいえ、あくまでも歌舞伎らしいヒロインです。ある方とのラブロマンス的な場面もあります。こんな右近さんをみたい! を詰め込みました。

ーー長須登美衛門に中村鷹之資さんです。

今年大活躍の鷹之資さん。見せ場は、やはり立廻りです。前半から大切な役で登場されますが、最後まで目がはなせません。モンキー・パンチ先生は歌舞伎がお好きだったそうですね。そしてしばしば神話や伝承を題材にされていました。この役の名前も、日本の神話にヒントを得ています。

新作歌舞伎『流白浪燦星』

新作歌舞伎『流白浪燦星』

ーー牢名主の九十三郎に市川寿猿さんです。

御年93歳の寿猿さんです! 澤瀉屋さんであまり上演されることのない、河竹黙阿弥『四千両小判梅葉(しせんりょう こばんのうめのは)』をオマージュした場面でご活躍いただきます。

※市川寿猿さんは1958年に十七世勘三郎さんの『四千両』に出演。以来65年ぶりの『四千両』となるようです!

ーー唐句麗屋 銀座衛門(からくりや かねざえもん)に市川猿弥さんです。

猿弥さんはアイデアが豊富な方。銀座衛門という、AIやロボットに侵食されていく世界を代表した役をお任せしています。大きな見せ場もあり、どんな銀座衛門を見せていただけるのか楽しみです。

ーー坂東彌十郎さんが演じるのが真柴久吉。豊臣(羽柴)秀吉が、歌舞伎に登場する時の名前ですね。

本当に存在感が大きくて。実際に背も高い方なのですが、存在感からまず大きい。「からくりの兵隊を使えば、兵糧いらねえじゃねえか」と世界制覇を目論む悪い役です。でも彌十郎さんですから、間違いなくチャーミングな久吉になると思います。 

ーー久吉の目論見は、戦争にドローンが使われる今の時代と重なるものを感じます。戸部さんご自身は、人工知能やロボットテクノロジーについてどう思われますか?

なんのための技術なの? という問いは、非常に重要だと思っています。たとえばロボットに仕事を奪われる人たちがいる。ご承知の通り社会にはいろいろな人がいて、さまざまな仕事があります。その仕事を必要としている人がいる。でもロボットを開発できるほど社会的に成功している人たちは、奪われる側の生活は想像できないのだろうな、と感じます。原作の『ルパン三世は、社会の課題をデフォルメして、コミカルに風刺するところがありますよね。原作の世界観を作る上でも、大事なことに思います。そして、歌舞伎もそのように時代を映す鏡であってほしい、とも思っています。

ーー『流白浪燦星』は、歌舞伎を初めてご覧になるお客さんの来場も多く見込まれます。片岡千壽さんによる解説が入るそうですね。

「だんまり」の説明が必要だな、と思ったんです。暗闇で物を奪い合う歌舞伎独特の演出ですが、初めてご覧になる方には「さっきのゆっくり動くあれは何だったんだ」となるでしょう。それに僕らも、奪い合った物が、結局誰の手に渡ったのか分からなくなりませんか。

ーーはい、大事なアイテムを毎回見失います。

アイテムが1個ならまだしも、複数あると、どこだ? あれ? 誰か出てきた、誰? 今どこ? となるうちに全員同時に決まって(アイテムをかざして決めポーズ)幕! 終わってしまった……となりがちです(笑)。物語の本筋にも関わる、劇中であれだけ奪い合ったお宝が、だんまりであっさり盗られてしまう。歌舞伎のだんまりって、すごいですね!(笑)

■寄せずに、ふまえて、ルパンを目指す

ーーまもなく開幕です。初めての歌舞伎の演出のご感想は?

しまなくてはと思いつつ、やはり責任が重いです(苦笑)。「どれくらいを狙うか」の判断が何よりも難しいです。

ーー原作と歌舞伎のバランスでしょうか。

どれくらいのバランスの世界観に落とし込んでいくのか。衣裳ひとつをとっても、バランス次第で大衆演劇や2.5次元など、歌舞伎とは違う演劇にもなりえます。もちろんそれらを否定するつもりはありません。ただ歌舞伎として歌舞伎俳優がやるものとしてお見せする以上、歌舞伎でなくてはいけませんよね。今回も笑也さんや笑三郎さんのビジュアルをソロでみたら、「不二子ちゃんだ! 次元だ!」とは思われない可能性もあるくらい、歌舞伎に振っています。でも、この舞台のこの座組におさまれば、紛れもなく不二子ちゃんで次元大介になる。そのバランスを、音楽や美術などすべてにおいて見ていかなくてはいけません。いっそ原作に寄せてしまった方が安心感はあるんです。「だって原作がこうだから」と逃げられるから。でも、そこを超えないと、歌舞伎として成功とは言えないように思います。原作をしっかりとふまえた上で、寄せすぎないことを意識して。

ーー「寄せる」と「ふまえる」は別ものなのですね。

今回はとくに、寄せすぎなくても成立するんです。なぜなら、俳優さんたちの力があり、「そういう意図ならやってみましょうか」と受け入れてくださる裏方の皆さんがいて、裏方さんに受け入れてもらえる環境を作ってくれた近年の新作歌舞伎の積み重ねがある。そして何よりモンキー・パンチ先生の原作に力がありますから。

ルパンって本当にすごいんですよ。劇中で、ルパンは泥棒で次元という相棒がいて……などの説明を一切しなくても通用するんです。思えば原作もそういう始まり方でしたね。説明なしでも違和感なく見せられる。その世界観に、原作の強さを感じます。

■晴れやかな世界になればいいね、と願いを込めて

ーー最後に、戸部さんのお気に入りのシーンもお聞かせください。

やはりラストシーンでしょうか。実に歌舞伎らしく、ルパンファンの方にも「PART〇のあれだ!」と楽しんでいただけるであろう演出です。ルパンファンの方が、その“あれ”が「実はもともと歌舞伎のコレだったのか。元のコレはどんな芝居なのだろう」と興味をもってくださるきっかけになれば、とも思います。

ーーオマージュも綯い交ぜ(複数の作品世界をミックスする)も、歌舞伎の伝統的な作法ですね。戸部さんは、神話も題材にされたとのお話でした。

物部氏の先祖と伝えられている、ニギハヤヒの神話です。アマテラスより前に降臨していたけれど、アマテラスに敗れてしまった神々です。歌舞伎では、大伴黒主(おおとものくろぬし)や平将門など“負けた側”を主人公にした復讐劇が、しばしば描かれてきました。それは、負けた側に「忘れていないよ」と光を当てることで魂を鎮め、世界の闇が晴れるように。芸能が持つ大きなテーマとしての、鎮魂の意味があると思っています。この脚本を書き始めた時、決してそれを全面には出さないけれど、鎮魂と「より晴れやかな世界になればいいね」という願いを込めた作品にできれば、と思いました。1年の終わりに『流白浪燦星』をご覧くださった皆さんに、楽しく晴れやかな気持ちでお帰りいただけたらうれしいです。

新作歌舞伎『流白浪燦星』は、新橋演舞場12月5日からの上演。
 

取材・文=塚田史香

新作歌舞伎『流白浪燦星』 脚本・演出の戸部和久