明治学院大学国際学部の合場敬子教授が、論文「化粧による女子高生の身体構築」を発表しました。

 

明治学院大学国際学部 合場敬子教授 論文「化粧による女子高生の身体構築」

 

 

研究者所属: 明治学院大学 国際学部 国際キャリア学科

研究者氏名: 合場敬子教授

研究者情報:https://gyoseki.meijigakuin.ac.jp/mguhp/KgApp/k03/resid/S000149

 

神奈川県の私立の男女共学高に在籍する32人の女子高生にインタビューを実施し、化粧実践の有無、化粧する理由、化粧をしている場合の効用と代償について考察しました。

化粧を行っていない女子高生は5人で、それ以外は化粧実践を行っていました。

化粧を継続している幾つかの理由、すなわち素肌を白くきれいに見せる、顔の印象を変える、可愛い二重の目をつくる、化粧が好きという理由はすべて、「想像された自己」に向かって化粧実践を行い続けることを素晴らしいと感じ、そのことに力づけられ、楽しさを感じるからという、Widdows (2018)が指摘した理由に包含されることが明らかになりました。

 

掲載誌名・DOI

掲載誌名  : 国際学研究 第63号

掲載誌URL  :https://meigaku.repo.nii.ac.jp/records/2000095

論文タイトル: 化粧による女子高生の身体構築

DOI     :https://doi.org/10.24620/0002000095

著者    : 合場敬子

 

本研究のポイント

 

一部の女子高生たちは、化粧をすることを楽しいこと、力づけられることとして感じているため、化粧を続けていることが明らかになりました。

これは、第二波フェミニズムが行ってきた説明とは異なる視点で、なぜ多くの女性たちが化粧を含む美容実践を続けているのかを説明することを可能にしています。

一方、日本社会で化粧が大人の女性の身だしなみとされていることが、10代の女子高生に影響を与え、身だしなみのために化粧をしたくないけど、しなければならないと考える女子高生や、身だしなみを全うするために化粧の練習をし始める女子高生を生み出しています。

またこの規範は、化粧をしたいけど、生理的な理由でできない女子高生を苦しめる可能性を示しています。

なぜなら化粧が大人の女性の身だしなみとされている日本では、大人になった時に化粧をしていないと、身だしなみがきちんとしていない人、すなわち礼儀を欠く人と判断され非難される傾向にあります。

したがって生理的な理由で化粧ができない女子高生は、大人になってからたとえ化粧したくても化粧をしていないということで非難に晒される可能性が高いと考えられます。

また生理的には化粧をすることができるが、化粧をしたくない女性も同じような非難を受けることになるでしょう。

したがって、本研究は、化粧が大人の女性の身だしなみという規範の問題点を明らかにすることができました。

 

研究内容

・背景

現在、化粧が低年齢化し、半数近くの女子高生が化粧を行っています。

化粧が女子高生の中で広がりを見せているにも関わらず、彼女たちがなぜ化粧をしているのか、化粧による効用や代償をどのように認識しているのかについての研究が行われていないので、神奈川県の私立の男女共学高である南風高校(仮名)に在籍する32人の女子生徒にインタビューを実施し、化粧実践の有無、化粧する/しない理由、化粧をしている場合の効用と代償について考察しました。

 

・本研究で得られた結果と知見

1)化粧を学校の内外でしない女子生徒は5人のみで、他の27人は学校の内外で化粧をしていました。

南風高校では、学校では化粧をしないが学校外ではする生徒の数(15人)が、学校の内外で化粧をする女子生徒の数(11人)よりも多くなっていました。

また、学校では化粧をするが学校外ではしない女子生徒が1人いました。

ちなみに、南風高校では生徒指導で、化粧が実質的に禁止されていました。

 

2)女子高生は化粧を継続する理由として、幾つかの理由を挙げていました。

その中で、素肌を白くきれいに見せる、顔の印象を変える、可愛い二重の目をつくる、化粧が好きという理由はすべて、Widdows (2018)が指摘した「想像された自己」に向かって化粧実践を行い続けることを素晴らしいと感じ、そのことに力づけられ、楽しさを感じるからという理由に包含されることが明らかになりました。

想像された自己とは、Widdows (2018)が提起した概念で、特定の身体と同一化し、その身体は我々が現実に得ている身体に同一化しているだけでなく、美容実践(特定の社会で理想とされている身体を作り上げるための美容行為のこと)に参加することによってのみ将来得られる、あるいは得られるかもしれない、または現在得られた身体であるとされます。

たとえ我々が想像された自己を決して得られないと知っていても、また美容実践を続けることで様々な代償(多くの努力や時間の投入など)を払わなければならなくても、想像された自己に向かって美容実践を行い続けることが、我々にとって素晴らしいこと、楽しいこと、力づけられることとして感じられるとWiddows (2018)は主張しています。

 

3)学校で色つきリップ(色がついたリップクリーム)を塗ることで「血色のよい顔にする」ことは、一部の女子高生にとって、身だしなみに近いものとして実践されていました。

 

4)女子生徒の語りから、化粧は大人の女性の礼儀という考え方が今も存在し、彼女たちはその考えを受け入れて化粧実践をしていました。

したがって、化粧は大人の女性の礼儀という考え方は存在し続け、その影響力を若い世代である女子高生に与えていると考えられます。

 

5)化粧をしない女子生徒の中に、化粧に興味があるが生理的な理由で化粧ができない者がいることが明らかになりました。

化粧が大人の女性の身だしなみとされている日本では、大人になった時に化粧をしていないと、身だしなみがきちんとしていない人、すなわち礼儀を欠く人と判断され非難される傾向にあります(Ashikari, 2003)。

したがって生理的な理由で化粧ができない女子高生は、大人になってからたとえ化粧したくても化粧をしていないということで非難に晒される可能性が高いと考えられます。

 

6)女子生徒たちが指摘した化粧による効用は、楽しさ、高揚感、自信を得られる、欠点を隠せる/よりよく見せられる、変身できる、他人の自分に対する評価が上がる、大人っぽくなるという点でした。

一方で、化粧の効用をあまり感じないという女子生徒もいました。

 

7)女子生徒たちは上述した化粧による効用を認識しつつも、一方で化粧による代償も認識していました。

代償として挙げられたのは、化粧をすることによる面倒くささ、肌が荒れる、お金がかかる、化粧をしていない顔で外出できない、という点でした。

この中で、化粧をしていない顔で外出できないという点が最も深刻です。

化粧の効用を説明している松井ら(1983)のモデルでは、化粧をすることが外見的評価を上昇させ、それがひいては自信や自己充足感といった心の健康を生み出すと想定しています。

しかし、化粧をしていない顔で外出できないという女子生徒の語りは、幾つかの効用を生んでいる化粧が、化粧をせずに彼女が他者に会うことをできなくさせ、それによって彼女が不安を感じていることを明らかにしています。

 

・今後の研究展開および波及効果

化粧は大人の女性の身だしなみという規範で悩む女子高生がいるということは、現にこの規範によって苦しんでいる大人の女性もいることが推定されます。

今まで、化粧は大人の女性の身だしなみという規範が生み出す問題はほとんど議論されてきませんでした。

本研究は、この問題を人々が考察するためのきっかけを提供することができたと考えています。

今後は、女性に奨励されている他の美容実践についても考察していきたいと思います。

 

(参考文献)

松井豊・山本真理子・岩男寿美子1983「化粧の心理的効用」『マーケティング・リサーチ』 21, 30-41.

Ashikari, M. 2003. Urban middle-class Japanese women and their white faces:

Gender, ideology, and representation. Ethos, 31(1), 3-37.

https://www.jstor.org/stable/3651863

Widdows, H. 2018. Perfect me: Beauty as an ethical ideal. Princeton

University Press.

 

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