夢を実現させるのに年齢は関係ない。その情熱と努力をいつまで保ち続けていられるかだ。
小さなころからバレエへの憧れを持っていた男性は、貧しい家庭で育ったためにレッスンに通うこともできなかった。
しかし10年前、諦められなかった思いを叶える決意をし、その努力が実を結んだ。現在、男性は若いバレエダンサーたちに囲まれながら、厳しくても充実した幸せな日々を過ごしているようだ。
中国北部・内モンゴル自治区最大の都市、包頭近郊の村で育ったリュウさん(63歳)は、物心ついたときからバレエのファンだった。
リュウさんがまだ幼かった頃の1960年代初頭に、村の映画班が流した舞踏劇『女たちの紅い放課後』が上映されると、リュウさんは自分の村や近隣の村あわせて10回以上も見に走るほどすっかりバレエに夢中になった。
リュウさんが8歳のとき、父親が他界した。一家はますます苦しい生活となり彼のバレエへの夢は心の奥の引き出しにしまうしかなかった。
貧しいリュウさんの家にとってバレエはとんでもない贅沢品であり、親にバレエを学びたいと言えるはずもなく、またどうやって練習していいのかもわからなかったからだ。
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成長すると、リュウさんは家族を助けるために懸命に働いた。忙しい時は農業をし、生活費を稼ぐために路上清掃の仕事もしていた。
だが、いつも頭をよぎるのはバレエに対する思いだった。バレエへの情熱がいっぱいになり、心の引き出しからあふれ出した。
それがリュウさんの背中を押した。彼はついにバレエダンサーになる決心したのだ。
53歳にバレエダンサーになる道を選ぶ
リュウさんは、地元の包頭師範大学やプロのバレエ研修室に通い始め、バレエを一から学んだ。
ずっと踊りたいと思っていました。ある日テレビでバレエの基礎訓練コースを見たのがきっかけで、バレエダンスを習ってみようと思ったんです。
しかし、年齢的にみても、リュウさんがバレエダンサーになるのは容易なことではなかった。
特に彼の友人や知人のほとんどは、「なぜその年齢で苦しい訓練が必要なバレエを?」と理解に苦しむ姿を見せたという。
それでもリュウさんは年齢という壁で自分の夢を阻むつもりはなかった。
リュウさんはバレエの授業のために、3時間前にはバスで街に駆けつけ、1時間前に教室に到着する熱意を見せた。
早く来るのはもちろん早く踊りたいからだ。リュウさんは笑顔でこのように語っている。
すごく楽しみなんです! 歳をとってもここに来ると子供時代の自分に戻れるような気がするんです
周りは自分の半分以下の年齢のパフォーマーたちばかり。そんななかでひたすら練習に励み、バレエダンサーにとっては必要不可欠な全開脚も笑顔で成功させた。
バレエ教師はリュウさんの前向きな姿勢に感銘をうけたという。
初日に基本的な授業を行ったのですが、他の生徒たちは苦痛の表情で退屈に脚を開けたり曲げたりしていました。
でも彼は大声で笑いながら楽しんでいたのです。まるで幸せな出来事を夢見て朗らかに笑うようにね。私は彼の姿に感動しました。
若いダンサーと一緒に踊るのに十分な体型を維持するのは大変で、リュウさんは筋力を上げるためにレッグプレスの姿勢で寝なければならないこともあるが、それすらも自らが進んで払う犠牲だと語っている。
10年後についに夢が叶い舞台へ
53歳でダンスを習い始めてから丸10年。63歳になったリュウさんはすでに孫がいるおじいちゃんだ。
だが、包頭師範大学のステージで若い大学生たちと一緒にバレエを踊る夢が叶ったリュウさんは、笑顔と涙の混じった表情で高揚した踊りを披露したそうだ。
バレエは自分を幸せにしてくれるだけでなく、健康にも素晴らしい効果をもたらしていると確信しているリュウさん。
過去には胃の問題を抱えていたのですが、この10年間、定期的にバレエに踊っているうちに、ほとんど回復しました。
このクラスにいると、若い生徒たちと同じように自分もなんだか若返ったような気がします。
私は今、若い頃にやりたかったことをやっているのだなという充実感に満たされています。
夢を持つのに決して遅すぎるということはありません!
私はいつか本当に大きな舞台で素晴らしいダンスができることを願っています。人は老いても、心は決して老いることはないのです。
年齢という壁を越えて夢を実現させたリュウさんは、きっと若いダンサーたちにとって大きな励みになることだろう。
References:Street Cleaner Becomes Professional Ballet Dancer at 63, Is Living His Best Life/ written by Scarlet / edited by parumo
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