「相続」と聞くと大変なイメージがあり、その場に直面するまで先延ばしにしてしまいがち。しかし、正しい知識を身に付け、粛々と備えておくことで、いざ相続をする際にも慌てずに対応することができます。“家計の専門家”として活躍する、経済ジャーナリストの荻原博子氏が、「老後」にまつわる心配事と上手く向き合うための必須知識を伝授します。

故人の財産のうち、「遺留分」は法定相続人であれば請求できる

「遺言書」に書いてあればなんでも実現するかといえばそうではありません。故人の遺志は確かに尊重されますが、一定の割合で、法定相続人が請求すればもらえる「遺留分」というものが決まっています。

ですから、親がすべての財産を長男の嫁に譲ると書き残しても、すべて長男の嫁の手には渡りませんし、「遺言書」に名前がない子供でも、相続する権利があれば、「遺留分」は請求すればもらえることになります。

遺留分を請求できるのは、「配偶者」「子(子が死亡していたら孫)」「両親(両親が死亡していたら祖父母)」です。兄弟姉妹は直系ではないので、「遺言書」の内容にどんなに不満があっても「遺留分」は認められません。

また、家庭裁判所で相続放棄の手続きをした人も、「遺留分」の請求はできません。さらに、「遺言書」に細工するなどで相続欠格者となった人や、著しい非行などで相続人として廃除された人にも、「遺留分」は認められません。

「遺留分」の請求は、相続開始を知ってから“1年以内”がマスト

「遺留分」は、基本的には財産の半分にあたり、ほかは「遺言書」を書いた人の思うようにできることになっています。その半分の分け方は、相続する人がどれだけいるかによります。

仮に、相続するのが配偶者だけでしたら、2分の1は配偶者に「もらう権利」があります。配偶者と子供が1人いたら、4分の1ずつ。子供が2人いたら、子供のもらえるぶん、つまり4分の1を2人の子供で分けることになります。配偶者が4分の1、子供それぞれが8分の1ずつということになります。

配偶者も子供もおらず、父母のみという場合は、故人が自由にできるのは3分の2、父母が請求できるのは3分の1。この場合も兄弟姉妹は、請求することができません。

「遺留分」については、相続の開始を知ったときから1年以内に請求しなくてはなりません。請求していれば、調停や訴訟で1年以上経っても大丈夫。1年以内に請求を行ったという証拠を残すため、内容証明郵便などを送っておく必要があります。

介護に貢献した“相続権のない”親族は、「寄与分」を請求できる

では、夫の親を一生懸命介護したのに、「遺言書」に記載がなければ妻は報われないのでしょうか?

改正民法で2019年7月から、相続人でない親族でも、無償で介護するなどの労力で貢献した場合、それを「寄与分」と認め、相続の開始後に相続人に対して金銭(特別寄与料)を請求できることになりました。対象となるのは、6親等以内の血族と3親等以内の姻族です。

65歳以上の世帯の貯蓄額の中央値は1,588万円(2021年総務省家計調査)。仮に、これを3人の相続者で分けると1人約500万円。財産が多額だと、寄与度の評価も大きいかもしれませんが、嫁の寄与度が、相続する人の額を上回ることはないでしょう。

ですから、かなり献身的に介護しても相続財産の1割程度でしょうが、こういう制度があることを知っておくと、介護への心持ちも変わってくるかもしれません。

遺産を巡り裁判沙汰になる「争族」が年々増加

司法統計によると、相続に関する裁判所の相談件数は2000年には年間8,889件程度だったのが、2019年には1万5,842件に達しています。20年間で約1.8倍に増えているのです。

しかも、家庭裁判所に持ち込まれた遺産分割事件の3分の1は遺産額1,000万円以下。1,000万円と言えば、相続税がかからない範囲のお金で、高齢者の貯蓄額の中央値から見ればけっして大きい額とは言えません。

でも、この金額を巡って兄弟親族が裁判で争っているのです。二度と兄弟仲の修復もできなくなるかもしれないこんな争いを起こさないためにも、少しでも親に財産があるなら、「遺言書」ではっきり遺志を伝えておいてもらうべきです。

荻原 博子

経済ジャーナリスト

(※写真はイメージです/PIXTA)