あなたがこれまでの人生で、一番面白いと思った本は何ですか? 本が音声化されたオーディオブックの普及により、読書のスタイルは「目で読む」だけでなく「耳で聴く」ことができるものに拡張されました。オーディオブックにはいつでも、どこでも、誰でも、あらゆるボーダーを飛び越える「バリアフリー読書」が期待されます。そんななか日本初の「聴ける本屋さん」が期間限定でオープン! 仕掛け人である株式会社オトバンク 代表取締役会長の上田渉さんにお話をお伺いし、オーディオブックの世界の最先端に迫ります。

※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

いつでも、どこでも、誰でも……求められる「バリアフリー読書」

オーディオブックはバリアフリーと相性のいいサービスです。バリアフリーといえば、車いすの人が段差を乗り越えるためのスロープや、目の不自由な人を安全に誘導する点字ブロックなど、物理的な障壁を取り除くものが古くから存在します。

一方で、昨今は目に見えない障壁を取り除く「バリアフリー」にも目が向けられています。たとえば、目の不自由な人は情報を得る機会がそうでない人に比べて圧倒的に少ないという問題があります。

これは現代の文明社会において、目で認識することで得られる情報が、その他の五感で認識することで得られる情報よりも圧倒的に多いためです。わたしたちは情報を得ることで疑問が解消されたり、探求心が芽生えたり、新たな知識を得るきっかけになったり、視野を広げることができます。情報が人生にもたらす豊かさを考えると、誰でも得られる環境を整えることが急務であることが分かります

特に活字で書かれたものは、その他の媒体に比べて手に届く人が限られています。そこで、活字情報のバリアフリー社会を目指す「読書バリアフリー法」が2019年6月に成立しました。

「読書バリアフリー法」とは

「読書バリアフリー法」のポイントは障がいの有無のみならず、年齢や国籍、住んでいる地域などにかかわらず誰もが読書ができる環境を目指しているところにあります。本を手に取るのに障壁となるのは、何も身体の障がいだけではありません。

たとえば、文字の読めない小さい子どもや老眼のシニア、近くに書店がないエリアに住んでいる人や日本語が母国語でない人なども本を手に取るのに障壁があるといえます。また、「忙しくてなかなか読書をする時間がとれない」「本を購入するお金がない」というような事情も障壁の1つですよね。

では実際に、「読書バリアフリー法」にはどのような施策があるのでしょうか。大きく分けて2つあります。1つ目は電子書籍・紙書籍における様式の充実、2つ目は図書館サービスの充実です。

1つ目は、オーディオブックを含む電子書籍コンテンツの増加。加えて、大きな文字で書かれた大活字本や点字本の増加です。

2つ目は、図書館におけるさまざまな形の本の提供です。大活字本や点字本に加えて、難しい単語を使用しないやさしい日本語に、ピクトグラム絵文字)や写真・図を多用したLLブック。

印刷ではなく布や革、毛糸など豊かなテクスチャーをもつ素材で描かれたさわる絵本などがあります。さらに、図書館では2つのITサービスが利用できます。

図書館で利用できる2つの「ITサービス」とは

図書館で利用できるデジタル図書「DAISY」

図書館ではデジタル録音図書の国際標準規格である「DAISY(Digital Accessible Information System=アクセシブルな情報システム)」が使用できます。DAISYとは、紙書籍の音声・テキスト・絵をデジタル化して配信するサービスです。利用者は音声を聞きながら、該当箇所のテキストと画像も同時に閲覧できるのが特徴です。

スイスに本部を置く、50ヵ国以上の会員団体で構成されるデイジーコンソーシアムが開発し、運営しています。

DAISY https://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/about/index.html

登録している図書館や個人で利用できるネット図書館「サピエ図書館

2つ目は、30万タイトル以上の音声・点字・電子書籍のアーカイブをもつネット図書館「サピエ図書館」です。国立国会図書館の視覚障害者等用データ送信サービスのデータにアクセスできるため(一部を除く)、学術書や古い書物も閲覧できるのが魅力です。

(※利用には申し込み手続きが必要です。お近くの点字図書館・公共図書館か、サピエ事務局へお問い合わせください)

サピエ図書館 https://sapie.or.jp/cgi-bin/CN1WWW

視覚障害者等用データ送信サービス(国立国会図書館https://www.ndl.go.jp/jp/support/send.html

日本初の「聴ける本屋さん」が登場!

そんななか日本初の「聴ける本屋さん」が渋谷の「RAYARD MIYASHITA PARK」内にある「天狼院カフェSHIBUYA」にて、この秋、2週間限定でオープンしました。人気書籍とそのオーディオブックを併せて視聴できるコーナーがあり「立ち読み&立ち聴き」を同時に楽しめます。仕掛け人である株式会社オトバンク代表取締役会長の上田渉さんに詳しいお話を伺いました。

――「聴ける本屋さん」の特徴と魅力を教えてください。

人気の8作品の読む本と聴く本が一緒に店頭に並んでいます。聴きたい作品を選んでiPadの再生ボタンを押し、手前に置いてあるヘッドフォンをパッと付けると(本の内容が)聴ける。紙の本とそのオーディオブックを一緒に並べているので、読みながら聴くこともできます。通常だとアプリをダウンロードして利用するサービスではあるんですけど、それをその場でヘッドフォンを付ければ聴けるようにして、誰でも気軽に、読む読書と聴く読書の両方を体験できるコーナーをつくりました。

――期間限定オープンを終えていかがでしたか?

オーディオブックは、これまでビジネスパーソンの方がスキマ時間を利用して学びのために聴く場合が多かったのですが、今回は渋谷のMIYASHITA PARK内にあるブック&カフェなので、Z世代の方々や、子ども連れのファミリー世代の方になど幅広い層の方々に体験していただけた印象です。

「聴ける本屋さん」オープンのきっかけ

――「聴ける本屋さん」をオープンしようと思ったきっかけを教えてください。

読書のダイバーシティ化っていうところがすごく大事だと思っています。きっかけは、祖父がすごい本好きな人だったんです。研究者で書斎には大量の本があった。ですが60歳のときに緑内障を患って80歳で亡くなるまで20年間、本を読めなくなりました。

だけど本を読むために闘った痕跡が残されていて……虫眼鏡があったり、大きな拡大鏡があったり。以来、目が不自由な人のために何かできないかっていうのをずっと考えていました。

色々調べていったときに、目が不自由な方向けのサービスでも、実は目が不自由な方に届かない実態があることに気づきました。要するに、目が不自由だと自分で情報を取りに行けない。だから多くの場合、家族が情報を取ってその人(目の不自由な人)に届けるしか手立てがない。ところが、家族のアンテナが高くないと、(情報が)届かない。

であるならば、目が不自由な人向けの「本を聴く」サービスではなく、目が見える人に「本を聴く」文化を広げることによって、目が不自由な方にもサービスが届くというふうにした方が、より広く目的を達成できると考えました。

――オーディオブックというデジタルコンテンツを作るにあたり、工夫している点・こだわっている点はありますか?

ユーザーが長時間の利用をしても疲れにくく、聴き取りやすい音声のクオリティにこだわっています。たとえば文芸作品のなかには、1人が読み上げるのではなくキャラクターごとに声優を分けたり、シーンに合わせて音楽を入れたりという演出をする作品もあります。作品ごとにどういうふうに伝えれば、ユーザーにとってよい作品になるのか? 著者にとって、正しい演出になっているか? きちんと考えながら作っています。そのため作り方は書籍によって千差万別です。著者の方と事前に打ち合わせをすることもあります。

――今後の展望について教えてください。

聴く読書がもっと浸透することによって、「本が苦手」という子どもがオーディオブックを聴いたのをきっかけに本を読むのが得意になったり、祖父のように晩年から視力を失った人が書籍からオーディオブックに移行したり、そうした流れがスムーズにいくようになると思います。

現在は聴く本が置いてある書店は一般的ではないですが、5年後には「書店に行けば読む本も聴く本も選べる」というのが当たり前の景色になっているというのを目指したいと思っています。

まとめ

時間、場所、障がい……あらゆる制限を越境する「バリアフリー読書」は、「聴ける本屋さん」の登場で今後ますます広がりを見せていきそうです。

今回スポットを当てたオーディオブックはITサービスですが、そこで配信されるデジタルコンテンツは、1つ1つの作品ごとに作り手の情緒でつむがれる、血の通った製品であることが分かりました。「バリアフリー読書」の先では、日常生活ではついに出会うことなかった人たちの、瑞々しい感性に触れる機会に出合えます。

あなたがこれまでの人生で、一番面白いと思った本は何ですか?――この問いにすべての人が答えられる世界がくることを願ってやみません。

取材協力/株式会社オトバンク 代表取締役会長 上田渉

文/福永奈津美

(※写真はイメージです/PIXTA)