いわゆる「ライドシェア」について、岸田首相が議論の加速を要請。一方で、その白タク行為が地域交通への破壊力を秘めていると、導入を危険視する声もあります。参議院議員と岸田氏の間でやり取りされた応答の内容は興味深いものでした。

日本のライドシェアは、なぜ過疎地への拡充が必要と語られるか

全国で地域交通インフラがぎりぎりの経営を強いられるなか、一般ドライバーが有料で利用者を送迎する「ライドシェア」は公共交通を補う“援軍”という位置付けで導入議論が進んでいます。岸田首相は2023年11月22日のデジタル行政改革会議で、「都市部を含めライドシェアの喫緊の課題への対応策の議論を加速してほしい」と話しました。

しかし、それ以前に岸田首相あてに提出された国会議員の質問主意書(10月27日)は、ライドシェアを導入しても、その効果は交通インフラの充実した都市部に限定されると主張します。起案したのは、西東京バスの運転手から選出された森屋 隆参議院議員。全国でも珍しいトレーラーバスの運転も可能な、けん引第二種免許を所持する経歴の持ち主です。

「全米においてUbarとLyftの利用回数でライドシェアサービスを見ると、全体の約70%がわずか9つの大都市圏に集中する。利用者の少ない過疎地ではまともに機能しないことも判明している」

海外のライドシェアは10年前から導入が始まり、現地では一定の評価が出ています。

「アメリカの利用者の割合は都市部住民で45%、都市郊外で40%に達する一方、農村部では15%でしかなく、農村部で毎週利用する人は5%しかいない。ライドシェアドライバーの掲示板には、小さな町でやっても売上が少ないことの不満が書き込まれ、アプリを開いてもドライバーがいないため配車できない地域がある。ライドシェアには、需要の少ない場所で供給を維持する必然性も義務もなく、過疎地では機能していない」(前同)

アメリカに限らず、欧州の導入国でも同じ傾向があると言います。日本で導入するとすれば、だからこそ公共インフラの乏しい地域への導入が不可欠ということになるのですが、果たして日本だけが過疎地の移動を助けることができるのでしょうか。地方自治体の補助金頼みとなると、コミュニティバスなどと同じ課題を持ち続けることになります。

都市部は供給過剰で、バスや鉄道の利用減少の可能性

ライドシェアはタクシーとの競合が課題と言われます。参入者が集中すると、そのバランスはどうなるのでしょうか。森屋氏の質問主意書では、ライドシェアの圧倒的な普及が数字で示されています。

「アメリカの各都市ではタクシーの数倍のライドシェア車両が登録され、2018年のニューヨークではタクシー1万3500台に対してライドシェア8万台、2019年のワシントンでは7200台に対して4万8600台、2018年のシカゴでは6699台に対して6700台、2020年のロサンゼルスではタクシー2364台に対し10万台、深刻な過当競争がタクシードライバーの生活を圧迫している」

ライドシェア事業者は、ライドシェアを短期間で普及させる仕組みを持っています。解禁された国々では、タクシーより安い運賃で参入が始まりました。タクシーのような実質固定運賃ではなく、利用の多い時は高く、少ない時は安いダイナミックプライシングで、需要を一気に増やします。

また、ライドシェアドライバーが運営事業者に支払う手数料を低く抑えることで、登録台数も一気に増やします。その結果、ライドシェアは急拡大しますが、タクシーに限らず、公共交通全体で影響を受けることになります。質問主意書にはこうあります。

「2019年、シカゴ市の発表した報告書では、2015年から2018年にかけてライドシェア配車回数が271%、実車走行距離が344%増加する反面、公共交通の利用が48%減少して交通渋滞が悪化した。道路の再舗装費用に1マイル当たり100万ドルの経費がかかり、市の財政に及ぼす悪影響にも言及している」

海外での10年間は一見、旅客運輸のビジネスモデルの変革のように見えますが、問題は多いと、国際運輸労連の浦田 誠政策部長は指摘します。

「郊外や過疎地の運転手は概ね、稼ぐために都市部へ遠征するのが実態。平日は車中で寝泊りし、週末に帰宅するような事例が後を絶たない。(ライドシェア事業者が)最初は運転手を確保するために優遇するが、利用が安定すると、一方的に(ギグワーカーから徴収する)手数料を引き上げて利益を確保しようとするからだ。運転手は個人事業扱いなので、燃料費や保険料は自己負担なのに、(アプリケーションの)アルゴリズムによる労務管理で、一方的に運転手のアカウントを停止(=解雇)することもある。結果、ニューヨークでは85%が最低賃金以下の収入しか確保できない」

政府閣議決定「安全の確保、利用者の保護の観点から問題がある」

海外でのライドシェアの弊害は、交通事故死者数など現れています。国会で示された2020年、日米の事故比較です。

・米国ライドシェア(Uber) 約6.5億回の輸送で、交通事故死者数42人。
日本タクシー会社 約5.6億回の輸送で、交通事故死者数16人。

運転者の自己責任が基本のライドシェアで、乗客の安全は守られるのか。質問主意書は岸田首相にこう質しました。

「運行管理や車両整備等について責任を負う主体を置かずに、自家用車のドライバーのみが運送責任を負う形態で、プラットフォーム事業者が配車を行う、いわゆる『ライドシェア』について、政府の見解を明らかにされたい」

首相の回答はこうでした。

「お尋ねについては、2023年4月20日参議院国土交通委員会において、斉藤国土交通大臣が『いわゆるライドシェアは、運行管理や車両整備等について責任を負う主体を置かないままに自家用車のドライバーのみが運送責任を負う形態を前提としており、安全の確保、利用者の保護等の観点から問題があると考えており、この考えは従来から変わっておりません』と答弁したとおりである」

ライドシェアの運営事業者が運送事業者であるという考え方は、裁判などを経て欧州では一般的になりました。そのためドライバーの自己責任を基本とするライドシェアは、欧州ではほとんど姿を消しています。質問主意書の回答は岸田首相名で出され、全閣僚の閣議決定です。日本でも運行管理や車両整備を担う責任主体を明らかにすることは、ライドシェア導入のための最初の一歩です。

岸田首相は11月の衆参両院で、ライドシェアについて次のように語っています。

「安全の問題、運転手の労働条件の問題、さまざまな課題について、規制改革推進会議で議論を行ってきた。デジタル技術を活用した新たな交通サービスという観点も排除せず、諸外国の先進的な取組も勘案しながら、年内に方向性を出していきたい。そして、できるところから始めたい」(11月28日参議院予算委員会)

周回遅れでライドシェアを導入する日本で、先進導入国に学ぶ体制を築くことはできるのでしょうか。

アメリカのライドシェア乗り場(画像:写真AC)。