ここ30年間で「犯罪者」のイメージは様変わりしました。男性受刑者が著しく減少する一方で、女性受刑者は高止まり傾向にあり、中でも「65歳以上の女性」の割合は30余年で10倍と激増。女性の犯罪は「窃盗」と「覚醒剤取締法違反」で8割以上を占め、これらの受刑者は「これが三度目」「五度目」など、累犯が多いといいます。彼女たちはなぜ塀の中へ来て、今、何を思うのか。ジャーナリスト・猪熊律子氏による迫真のルポ『塀の中のおばあさん 女性刑務所、刑罰とケアの狭間で』(KADOKAWA)より一部を抜粋し、見ていきましょう。

日本には「できるだけ刑務所に入らせない仕組み」があるが…

刑務所に来るまでにはさまざまな段階がある。

令和3年版犯罪白書に掲載された犯罪者処遇の概要(令和2年)によれば、警察などに検挙され、検察庁に新規に受理された約80万人のうち、起訴されたのは約25万人。そのうち裁判所で有罪判決を受けたのは約22万人。そこから刑務所に入ったのは約1.7万人。

日本の司法制度には、できるだけ刑務所に入らせない「起訴猶予」や「執行猶予」などの仕組みがある。それにもかかわらず、最終的に塀の門をくぐってきてしまう人たちがいる。どんな理由で罪を犯し、今、何を思うのか。

【インタビュー】70代、窃盗で「七度目」の入所

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ここに入って2年近くになります。罪名は窃盗です。

お店のものを、100円かそこら盗んじゃったんですよ。トマトやキュウリ1本ぐらいでここに来ちゃった。場所はスーパーです。小さい店じゃできないんで。

主人がね、といっても、私にとっては二度目の亭主で、それも数年前に離婚したんですが、その人が酒乱でね。飲んで、殴る、蹴るをするんで。その腹いせっていうわけでもないんだけど、私もばかでやんなきゃいいのに、窃盗をしてしまって。「ちょっとお客さん」と、店で呼び止められて。サーッと盗るんじゃなくてキョロキョロあちこち見て、大丈夫かな、大丈夫かなとドキドキしながら盗るから、すぐ捕まっちゃうんですよね。

刑務所にきたのはこれで七度目です。盗みを最初にしたのは50歳になる前の頃かな。いつもおんなじ刑ばっかり。万引きです。万引きの原因も同じなんです。亭主に殴られて。

亭主は、酒を飲んでいないときは腕のいい職人。孫が来ているときはいいだんなさん。でも私と2人きりになると、殴る、蹴る。お酒の量はそんなに飲まないんだけど、子供には手をあげず、やられるのは私ばっか。

飲んだ勢いで気が大きくなるようで、道端で寝っ転がって怒鳴っていたこともあります。危ないから早く帰りましょうといっても、いうことを聞かない。家で飲んでいるときは、椅子がぶん投げられてくるんですよ。それが私の顔に当たって、青いたんこぶになって、歯が折れて。これまで、8本ぐらい、折れたかな。しまいには、テレビもぶん投げるようになりました。止めるけどいうことを聞かない。私の左の目がおかしいのはそのためです。顔があざだらけになってしまって。

その腹いせというわけでもないんだけど、カッとなり、ヒョッと盗ってしまった。

1品盗ると「ふうっ」となって、気持ちが妙にさっぱりとしちゃって。何を盗もうとか、夕食のおかずがほしいとか、そんなんじゃなくて、無神経に、トマトとかお菓子とか、ただそこらへんにあるものを盗って終わり。前にも何回かやったんで、やらないように、やらないようにと、自分でも努力していたんですけど。でも、ちょっとした加減で、頭が混乱して、やっちゃうんです。

亭主は、殴る、蹴るをした次の日、「そんなことやったかなあ」といって、ケロッとして仕事に行く。お弁当を作ってやると、それを持って行きます。給料をちゃんと持ってきてくれるから、その点はありがたかったけど、とにかく、暴力だけはね。それだけはしてほしくなかったんですけど。

生まれは関東です。中学を出てすぐに印刷工場で働き始め、20歳過ぎに結婚しました。10年近く結婚していて、子供もできたけど、相手の親から別れてくれといわれて、双方の親同士が勝手に決めてしまって。どうしてそうなったのか、その中身が私には今もってよくわからないんですよ。ともかく離婚しろといわれて、家を継ぐのに必要だから男の子だけは置いていくようにともいわれて、子供のうちの1人を置いて離婚させられました。だんなさんはいい人だったんですけど。酒を飲まなかったからね。それで、女の子と一緒に家を出ました。

二度目の結婚をしたのは30代の半ばごろ。そこでも子供ができました。その子がだんだん大きくなって、酒乱の亭主のことを相談したんです。そしたら、「お母さんが悪い」といわれてしまった。ああ、何もかも私が悪いんだ、私のせいなのだと思った。それからですね、何だか、いろんなことをあきらめてしまったのは。

ここでの暮らしは至れり尽くせりでね、ありがたいですよ。刑務官の先生が良くしてくれるから、先生には頭が上がらない。今は相部屋で、5人で暮らしています。その部屋のみなさんもとてもいい人たちで。私にはもったいないほど。涙が出るほどいい人たちなんですよ。

でも、ここから、やはり出たいのは出たい。万引きはもうこれっきりにして。

出所したら、1人で暮らします。子供たちや、子供の嫁さんに迷惑はかけられないから。ですが、最近、体が不自由になっちゃって、なかなかいうことをきかない。昔、金を貸した人に背骨を折られたことがあって、体全体が痛くて、しびれてくるんです。今は、階段を上るのも骨が折れるし、お便所に行くのにも、途中で間に合わないことが増えてきた。自分では気をつけているんですけど。頭のほうもだめになってきて、内臓が悪いより、頭のほうが悪いのが本当につらくてね。この先、どうなるのかよくわからない(涙ぐむ)。

今は同じ部屋に、便所に付き添ってくれる受刑者がいて、本当にありがたいことだと思っています。ここから出所したら、一緒に暮らせなくても、子供にはいくらかでも尽くしてやりたいと思っています。

(2018年11月、岐阜県の笠松刑務所で)

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■「少額の食料品を繰り返し盗んで刑務所へ」は決して珍しくない

小柄な体。質問には小さな声で丁寧に答える。作業着の上からでも、背骨の変形などがうかがえる。インタビューを終えた後、思わず、「頑張って」と背中に手をかけたくなる衝動にかられた。

この受刑者の話には、他の受刑者の話と共通する点がいくつも見られる。そのひとつが、少額の食料品を盗んで刑務所に来た点だ。

同じく笠松刑務所でインタビューした80代の受刑者の場合は、盗んだものは「デコポンリンゴ、牛乳、レトルトのカレー」だった。刑務所に入るのは二度目。「1人だと手がかかる料理はできない。そうした食品が便利だから」というのが、食料品を万引きした理由だ。

2017年9月に福島刑務支所でインタビューした90歳近い女性受刑者は「スーパーでイチゴを盗んだ」と語った。70代まで仕事をしていたが、「生活が苦しく、コメなどの食料品をそれまで何度か盗んだ」後の犯行だった。

やはり福島刑務支所で取材した70代の女性は、「節約したい」との思いから、夕食の材料をスーパーで盗んで収容された。初めて万引きをしたのは40代半ば。「離婚による生活苦やストレスから」というのが、本人が語った万引きの理由だ。

生活困窮レベルでなくとも…。「少額の万引き」をする理由

なぜ少額の食料品を万引きするのか。その疑問を解くひとつのヒントが、平成30年版犯罪白書の特集にある。

平成30年版犯罪白書は、「進む高齢化と犯罪」について特集している。受刑者の高齢化が進み、高齢出所受刑者の2年以内再入率が他の年代に比べて高いこと、刑法犯検挙人員に占める高齢者の比率の上昇が著しいことなどから、特集が組まれた。その中に、高齢者による犯罪の大半を占める「窃盗」に焦点をあてた調査が紹介されている。

法務総合研究所が実施した調査で、2011年6月に全国の裁判所で窃盗罪による有罪判決が確定した者を基本的に対象としている。調査対象者2421人中、犯行時の年齢が65歳以上だった者は354人(男性219人、女性135人)、それ以外の年代は2067人(同1711人、356人)。

一口に「窃盗」といっても、自動車や自転車などの乗り物を盗む「乗り物盗」、空き巣などの「侵入窃盗」など、犯行の手口は様々ある。高齢者の場合、「万引き」が85%と大半を占めるのが特徴だ(高齢者以外では52.4%)。

盗まれた品物の金額を見ると、高齢者は「3000円未満」が約7割を占め、そのうち「1000円未満」が約4割に上る。高齢者以外ではそれぞれ5割弱、2割強であるのと対照的だ。被害店舗との関係では、「平素から客として来店」している店での万引きが多く、盗んだ品物は、食料品類が69.7%(高齢者以外は39.1%)と、ほぼ7割を占めた。

万引きの動機は、高齢者では「節約」が最も多い。特に高齢女性では約8割に上った。これは、高齢男性の5割強、非高齢男性の約3割、非高齢女性の約7割と比べると際立つ数字だ。「自己使用・費消目的」は5~6割で、いずれの層でも変化はなかった。

万引きの背景事情として高齢女性で目立ったのは「心身の問題」「近親者の病気・死去」などだった。

■「生活に張りがあって、家や社会に居場所がある人はここ(刑務所)には来ない」

白書ではまた、万引きで微罪処分(例外的に事件を検察官に送らずに、警察かぎりで終わらせる事件処理の方法。軽微な窃盗や詐欺など、検察官があらかじめ指定した事件に限る)となった高齢者に関する東京都の実態調査の結果も紹介している。

都が2017年3月に公表した報告書「高齢者による万引きに関する報告書―高齢者の万引きの実態と要因を探る」で、そこでは、①万引きして微罪となった高齢被疑者56人、②万引きして微罪になった高齢以外の被疑者73人、③無作為抽出された一般の高齢者1336人――の回答を比較している。

それによると、高齢被疑者は一般高齢者に比べ、世帯収入はやや低いものの、生活保護を受けていない世帯も多く、客観的に生活困窮レベルにある者の割合は低い。一方、主観においては「現在の生活が苦しい」と感じている者の割合が、一般高齢者の17.7%に比べ、高齢被疑者では44.6%と高いのが特徴だ。また、自己統制力が弱く、独居の割合も高く、家族がいても連絡の頻度が少ない者の割合が高い。「一日中誰とも話さないことがある」「相談に乗ってくれる人は誰もいない」など、周囲から孤立している傾向が見られた。

こうして見ると、高齢女性の万引きでは、「節約」や「孤立」、「孤独」がキーワードとなっていることがうかがえる。この点に関し、福島刑務支所の刑務官が話していた言葉が印象的だ。

「高齢者犯罪の典型は窃盗だが、侵入盗とか集団窃盗ではなく、スーパーなどで1000円か2000円、高くても3万円程度の万引きが多い。飢え死にしそうとか、その日の食べ物に困るといった例はほとんどなく、むしろ、年金を使いたくなかったからとか、これぐらいならいいだろうなどというケースが目立つ。何で盗ってしまったのかわからないなど、動機がはっきりしないケースも多い。万引きの理由は各人各様でなかなかこれというのは難しいが、間違いなくいえるのは、生活に張りがあって、家や社会に居場所がある人はここには来ないということ。家族関係が悪かったり、社会とのつながりがなかったりして、孤立している人が目立つ」

先にインタビュー内容を紹介した受刑者も、家族との関係がうまくいかず、夫からはDV(ドメスティック・バイオレンス家庭内暴力)を受けていた。頼りになると思っていた子供からは「お母さんが悪い」といわれ、心に大きな傷と寂しさを抱えていた。

いくら盗ると刑務所に入るのか?

ところで、盗んだものが「トマト」「キュウリ」「リンゴ」などというインタビューを読んで、「そんな少額の万引きでも刑務所に入るのか」と疑問に思われた読者がいるかもしれない。

被害金額5000円未満程度で、その他の特別な要因がない場合、万引きをしていきなり刑務所行きになることはまずない。「微罪処分」といって、書類のみの処理として、警察が注意し、検察庁に報告して終わりになるのが普通だ。

しかし、微罪でも二度、三度と繰り返すと話は違ってくる。検察庁に送致され、検察段階では、起訴される前に「起訴猶予」という仕組みがあるが、それでも犯罪を続けていると起訴されて裁判になる。裁判段階でも「執行猶予」という仕組みがあるものの、万引きを続けていると実刑判決を受け、刑務所に来ることになる。

万引きをする高齢女性が刑務所に来るケースが増えている背景として、盗犯等防止法の「常習累犯窃盗罪」の存在を指摘する声もある。常習性のある窃盗者の刑を重くする規定で、過去10年以内に窃盗罪などで懲役6月以上を3回以上言い渡された場合、新たに窃盗罪に問われると、3年以上の有期懲役になる。

執行猶予の条件は懲役3年以下などのため、常習累犯窃盗罪になると実刑を免れにくくなる。このため、少額の窃盗を繰り返す累犯者が刑務所に長期間入る要因になっている。実際、この規定の適用により、「2円相当」の封筒を盗んだ罪で、3年の実刑判決を受けた60代の女性がいた。今回、インタビューの内容を紹介した受刑者は、この常習累犯窃盗罪に問われている。

猪熊 律子

読売新聞東京本社編集委員

1985年4月、読売新聞社入社。2014年9月、社会保障部長、17年9月、編集委員。専門は社会保障。98~99年、フルブライト奨学生兼読売新聞社海外留学生としてアメリカに留学。スタンフォード大学のジャーナリスト向けプログラム「John S. Knight Journalism Fellowships at Stanford」修了。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。共著に『ボクはやっと認知症のことがわかった』(KADOKAWA)などがある。

(※写真はイメージです/PIXTA)