KADOKAWAが発売中止したことでかえって話題を呼んでいる、アメリカのジャーナリスト、アビゲイル・シュライアーの著書『あの子もトランスジェンダーになっているSNSで伝染する性転換ブームの悲劇』(同社による邦題)。

本書をめぐっては、トランスジェンダーの差別に繋がる「ヘイト本」という批判がある一方で、どれだけの人が読んで批判をしているのかという声もある。この問題をめぐっては、KADOKAWAが事前に保守系知識人にゲラを送付して宣伝協力を依頼していたことなども明らかになり、様々な方向で炎上している。しかし、読んだ人の感想はわずかだ。ただ原書を読んだ一部の人が概要を述べているに過ぎない。では、実際に本書はなにが書かれているのか。その内容を紹介しよう。

◆アメリカでも抗議が殺到していた

本書は、前書き、序章以降全11章で構成されている。まず前書きで、シュライアーが記すのは出版に至る経緯だ。ここでは、この本が出版される前から抗議が殺到したこと。米アマゾンが広告を拒否したことが記される。また、オルタナティブ・メディアによる取材を受けたが、このインタビューがSpotifyで公開されたところ、同社の社員から削除を求める動きが起こったこと。カルフォルニア大学バークレー校の教授から「この本を盗み、火刑台で燃やすことを進める」とまでツイートされたことを記している。その上でシュライアーは、

「どのような考えや人々が解雇され、辱められ、締め出され、黙殺されるべきかをめぐるアメリカの戦いという、キャンセルカルチャーの歴史に名を残すことになった」

と、記すのである。

◆「性同一性障害」を訴える10代の少女が急増?

「序章」では、著者の主観でこの問題に関心を持ったきっかけや視点などが語られている。ここで、シュライアーは執筆にあたって100回に及ぶインタビューを行い、40数家族から話を聞いたことを記している。その上で「性同一性障害」を訴える10代の少女が急増している理由を記す。

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10代の少女たちを席巻している現象は違う。その起源は伝統的な性同一性障害ではなく、インターネット上のビデオに端を発している。

インターネット上の動画に端を発している。それは、ネットの達人に触発されたモノマネであり、女友達と誓い合い、手と息を止めて、目をぎゅっと閉じる。彼女たちにとって、トランスであることは、不安の執拗さからの解放なのだ。

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うつ病や自傷行為の延長線上にトランスジェンダーの“ブーム”がある?

以降のチャプターでは、取材に基づく10代の少女たちの実例が詳述されていく。著者の視点は、10代の少女の間ではソーシャルメディアの影響によって、うつ病や自傷行為が蔓延しており、その延長線上にトランスジェンダーのブームがあるというものだ。

第1章で、シュライアーは、取材に基づき複数人の少女が男性ホルモン投与や乳房切除に到った経緯を紹介する。ここでシュライアーは、ソーシャルメディアあるいはアニメの影響で、男性ホルモン投与などに走る少女が多いこと、医師は喜んで投薬や治療を提供していることを語り、こう記している。

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トランスジェンダーのアイデンティティを持つ思春期の少女たちの多くは、一度も性体験や恋愛体験をしたことがない。

彼女たちは男の子にキスされたことも、女の子にキスされたこともない。彼女たちに欠けているのは人生経験である。セックスにまつわる語彙と前衛的なジェンダー論で補っている。

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◆研究者の見解は?

2章では、公衆衛生の研究者であるリサ・リットマンの見解をベースとして思春期の少女が突如、トランスを自認する「急速発症性同一性障害」というものが存在するという仮説の発表と、その批判が記述される。

3章では、インターネット上で知られる、トランスを自認するインフルエンサーたちへの取材が記されていく。ここでの著者の視点は、インフルエンサーたちが、トランスジェンダーを自認すること、あるいは男性ホルモン投与や乳房切除などによって人生は明るくなるというものだ。そして、章の後半には、こんな一文が登場する。

<インフルエンサーたちは、次のように信じてほしいのだ。彼らの人生が充実していること、トランスであること以上に多くのことが起こっていることを信じさせたいのだ。しかし、そうであることはめったにないようだ>

◆「著者の主観が強調される章」も

続く4章では学校教育での状況が記される。ここで、アメリカの一部の州ではLGBTQの歴史を授業で教えることが義務づけられていること。州によっては幼稚園レベルから性自認の教育が求められていることが述べられる。

5章は、いささか著者の主観が強調される章である。ここでシュライアーは、思春期の娘がトランスジェンダーであることを認めたり、世間に公表した家庭の事例を記す。その中では、そうした家庭が「左派」であるとか「進歩的」であること。あるいは無神論共産主義の影響を受けているのではないかという著者の見解が見え隠れする。

さらに6章では、セラピストや医師などの専門家は、患者が「自分は性同一性障害である」と自認していれば、肯定せざるを得ない状況にあることが記される。

トランスジェンダーは「社会的伝染病」?

7章では、思春期の少女の間にトランスジェンダーが「流行」するまでの文化史が概観されていく。この中でシュライアーは拒食症を例に出し、少女たちがトランスジェンダーを自認することを「社会的伝染病」だとする見解を記す。ここで、シュライアーは、かつて香港では「拒食症」は存在しなかったが、1994年に、地元のメディアがある少女が悲劇的な死を遂げたというニュースが地元メディアによって大々的に報道したことによって、同様の症状を訴える少女が続出したとする。すなわち、思春期の苦痛の表現が、自分がトランスジェンダーという主張として姿を現しているに過ぎないというわけだ。

続く8章では、スポーツ界でトランスのアスリートが登場したことで生じている問題などが、9章では思春期に男性ホルモンや生理を止める薬を投薬した場合の身体への影響が記される。

10章では、10代でトランスジェンダーを自認し「治療」をおこなったことを後悔し、安易な性自認を主張する人々や、「治療」をおこなう専門家を批判し「カルト」と呼ぶまで到った女性たちの体験談が記される。11章ではアメリカでは著名なトランス男性(本書によれば「彼はトランスジェンダーよりもトランスセクシャル、すなわち医学的に移行した言葉を好む」とされる)のポルノ男優・制作者であるバック・エンジェルに取材し、彼に「彼らはキャンディーをみている」と語らせ、多くの少女はYouTubeなどの影響でトランスを自認しているに過ぎないという見解を補強している。

◆最後に書かれているのは…

こうして、本書の最後でシュライアーは「少女たちのためになにをすべきか」として、アジテーションを記す。

その内容は、こうだ。

1:子供たちにスマートフォンを与えるな
2:親の権威を放棄しない
3:子どもの教育でジェンダー・イデオロギーを支持しない
4:家庭にプライバシーを取り戻す
5:少女を被害から引き離すための大きなステップを考える
6:少女時代を病理化するのをやめろ
7:認めることを恐れないで。女の子であることは素晴らしいことだ


◆いずれ他の出版社から発売されるかも?

原書を読んで感じたのが、KADOKAWAが出版を前に煽りすぎていることである。この問題に関して、同社の社員からもオフレコで話を聞いているが邦題の品のなさは明らかである。もとのタイトルは『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』。日本語に訳すれば「取り返しのつかないダメージ  娘たちを誘惑するトランスジェンダーの流行」である。それがどうしたら『あの子もトランスジェンダーになっているSNSで伝染する性転換ブームの悲劇』になるのか……?

一方で、当人が政治的にはSNSでもシオニスト支持を表明していたりする右派であり、政治的立場に基づいた主観は散見されるものの「ヘイト本」や「トンデモ本」とは感じられない。むしろ取材に基づいて、筆者の主観で記すという原則は守られている。ノンフィクションは報道の派生形、すなわち公平な記述を原則とするものだと誤解されることが多い。

本来のノンフィクションとは取材や体験をもとに作者が感じたことを書くものである。とりわけ1960年代にアメリカで生まれた「ニュージャーナリズム」はこの傾向を強調している。現在のアメリカのノンフィクションもその影響を受けて主観や自己主張は強い。そこを知らず記述を「デマ」と受け止めるなら、読み手の力不足でしかない。

これだけ話題になった本書の邦訳は、近いうちにどこかの出版社が手をあげるだろう。それまで待ちきれない人のために、概要を紹介した。もしこの問題を語りたい人は、今のうちに原書を読むことをオススメする。

<TEXT/昼間たかし

【昼間たかし
ルポライター。1975年岡山県に生まれる。県立金川高等学校を卒業後、上京。立正大学文学部史学科卒業。東京大学情報学環教育部修了。ルポライターとして様々な媒体に寄稿。著書に『コミックばかり読まないで』『これでいいのか岡山』