韓国はこのたび、ブラジル製のC-390「ミレニアム」を次世代輸送機として採用することに決めました。しかし韓国は独自に国産輸送機の開発も進めていたはず。大きさも性能もよく似ているのに、なぜ外国機を導入することにしたのでしょうか。

ほぼ同クラスな外国機と国産新型機、棲み分けどうするの?

韓国の国防調達計画局(DAPA)は2023年12月4日、韓国空軍の新しい輸送機としてブラジルのエンブラエルが開発したC-390「ミレニアム」を導入することを決めました。

C-390は2015年に初飛行し、2019年から運用が始まった最新輸送機で、双発のターボファンエンジンによって飛行します。機体サイズは全長35.2m、全幅35.05m、全高11.84m。最高速度は470ノット(約870km/h)、積載量(ペイロード)は最大26tですが、これは韓国空軍が現在運用しているアメリカ製C-130「ハーキュリーズ」や、スペインインドネシア共同開発のCN-235輸送機よりも優れた性能です。

「今ある機体よりも高性能な次世代機を新たに導入する」。これは一般的に見てもごく自然な当たり前のことだと感じます。しかし、今回の韓国空軍の場合は事情が少し異なります。

じつは、韓国ではC-390と同じ双発ターボファンエンジン方式の輸送機を国産開発する計画が進められています。それは韓国の航空宇宙企業KAI(韓国航空宇宙産業)が自社プロジェクトとして進めている「MC-X」です。

この機体は全長40.3m、全幅41.1m、全高13.5mで、積載量は最大30t、最高速度マッハ0.75(約920km/h)です。韓国空軍が現在運用しているC-130輸送機の後継として計画されたもので、KAIは韓国空軍でC-130の退役が始まる2035年頃をめどに量産機を軍へ引き渡せるよう開発を進めています。

両者のスペックを比べてみると、MC-Xの方がひと回り大きく、また少し高性能なようですが、カテゴリー的にはほぼ同じクラスに属すると言えるでしょう。また運用時期も被りそうです。なぜ韓国の国防調達計画局は、MC-Xの開発プロジェクトが自国に存在することを知りながら、外国製の同クラスの輸送機を調達することにしたのでしょうか。また、軍は、今後どのようにして輸送機の導入計画を進めていくのでしょうか。

目指すは総数約200機! 壮大な韓国の新型機プロジェクト

MC-Xについては、今年(2023年)10月にソウルで開催された航空宇宙防衛展示会「ソウルADEX」において、コンセプト模型と今後の開発計画が発表されています。MC-XのMCは「マルチロール・カーゴ」の頭文字で、この機体は輸送機としてだけでなく、同じ機体をベースにした派生モデルの開発も念頭に置かれています。

開発のロードマップとしては、輸送機として最初に生産するモデルを「ブロック1・カーゴ」という名称とし、その後のアップデートで空中給油機型や空中消化機型といった派生型を生み出すほか、空中から宇宙ロケットを発射するALTO(Air Launch To Orbit)プラットフォームにする構想まであるといいます。

さらに、輸送機型とは別に胴体短くし翼を改良した「スペシャル・ミッション・プラットフォーム」タイプを開発し、こちらをベースに海洋哨戒機型や空中早期警戒機型、スタンドオフジャマー(電子戦)仕様など、輸送機以外の派生型に発展させる計画もあるとのこと。

メインとなる輸送機型とこれら派生型を含めると、韓国国内だけでも100機程度の需要が想定され、これに海外で運用されているC-130の機体更新や派生型の需要を加えると、最大で200機程度の生産が想定されている模様です。

このように、多くの派生型の開発を計画初期から盛り込む理由は、1国での単独開発による生産数の低下とコストの上昇を防ぐためであり、さらにいえば韓国国内における高コストを理由とした国産開発反対の意見を抑える狙いもあると筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)は考えます。

コスト上昇をいかに抑えるべきか

軍用機の自主開発というと、期待する声が多いのも事実ですが、一方でそれに伴う高額な開発費は強い反対意見も生み出します。MC-Xで現在想定されている開発費は3兆ウォン(約3400億円)になるそうですが、この金額なら韓国空軍が現在運用している20機程度の輸送機を新品に買い換えることも可能です。

また、開発が成功しても、その導入が韓国空軍のみだった場合、生産数は少数となり製造コストや運用コストの上昇は避けられません。日本でも川崎重工業が生産しているC-2輸送機は、20機程度の少数生産のために、最新の1機あたりの製造コストは約230億円と高額なものになってしまいました。

MC-Xは現時点ではKAIの社内プロジェクトに留まっている段階であり、正式に実機が造られ採用されるかは現時点で不明です。だとすると、なおさらそのような不確定な開発計画で、これだけの派生型の開発や輸出需要を発表することについて、疑問視する意見があってもおかしくありません。

近年の防衛装備品の開発における高コストの傾向は大きな問題となっており、コストパフォーマンスの良さや計画の発展・拡充性はそのプロジェクト進行の可否を決めるうえで、装備品自体の性能と並んで重要な要素だともいえるでしょう。

今回決定された、韓国空軍のC-390導入については、LTA(Large Transport Aircraft:大型輸送機)IIプログラムと呼ばれる海外製航空機を入札で選ぶものであり、その導入機数も予算規模から数機程度だと言われています。そのため、韓国空軍の中核的な輸送機であるC-130の機体更新とはまったく別の計画であり、MC-Xとは直接的には関係ないようにも思えます。

しかし、C-390を生産するエンブラエル社にとっては、少数でも導入することで、韓国軍や同国の防衛産業との接点ができることになります。これは筆者の推測ですが、今後はMC-Xの開発計画が進んだ場合、そこに何らかの形でエンブラエルが関わる可能性もあるのでは、と睨んでいます。

ブラジル製輸送機の導入こそMC-X開発の布石か?

MC-Xの開発を進めるKAIは、戦闘機や練習機こそ実機の製造まで果たしていますが、それらよりも大きな機体を自主開発した経験はありません。一方のエンブラエルは旅客機の開発によってそのようなノウハウを豊富に持っています。

今回のC-390導入決定でも、採用の理由は他の候補機と比較して価格面で有利だっただけでなく、その導入契約には機体部品の韓国国内企業の製造や、韓国が独自に行うMRO(保守・修理・オーバーホール)支援体制の確立などが含まれていました。こういったことを鑑みると、機体売買以上の付加価値が韓国とブラジル、双方にあることは明らかです。

ひょっとしたら、MC-Xの開発を滞りなく進めていくうえで、韓国サイドはあえてC-390を導入し、それをもって国内メーカーの技術を引き上げるとともに、場合によってはエンブラエルに協力してもらおうと考えているのではないでしょうか。

現在、韓国の防衛産業は盛況であり、国産装備品の輸出についても多くの成功実績を積み上げています。しかし、今回のMC-Xプロジェクトの背景が示すように、その多くは韓国国内だけの限られた需要と予算で国産開発を進めるのは難しく、輸出による増産が開発計画を維持するうえで必須だと言えるでしょう。実際、そのように外国における需要を盛り込んでようやくモノになった事例は多々あります。

また、国内の自主開発を行うにあたっては、その前段階として海外装備品のライセンス生産や技術移転、業務提携などを地道に重ねています。

MC-Xを含め、今後の韓国空軍の新型機導入については、国産機と外国機などという単純な色分けや機体性能だけで判断するのではなく、産業も含めた俯瞰的な視点で見ていく必要があるのではないかと、今回のC-390採用決定を見て筆者は感じました。

ソウルADEXにおいてKAI社のブースに展示されていたMC-Xのコンセプト模型。カラーリングはニックネームである「シャチ」をイメージしたものとのこと(布留川 司撮影)。