毎月150冊出る新書からハズレを引かないための  今月読む新書ガイド
(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2008年)

■01『日本の国宝、最初はこんな色だった』小林泰三・著/光文社新書/1,050円(税込)
■02『ストラディヴァリウス』横山進一・著/アスキー新書/890円(税込)
■03ウィーン 都市の近代』田口晃・著/岩波新書/819円(税込)
■04『テレビと宗教 オウム以後を問い直す』石井研士・著/中公新書ラクレ/882円(税込)
■05『破天 インド仏教徒の頂点に立つ日本人』山際素男・著/光文社新書/1,470円(税込)
■06『岡潔 数学の詩人』高瀬正仁・著/岩波新書/777円(税込)
■07『景気ってなんだろう』岩田規久男・著/ちくまプリマー新書/798円(税込)
■08『石油の支配者』浜田和幸・著/文春新書/767円(税込)
■09できそこないの男たち』福岡伸一・著/光文社新書/861円(税込)
■10『禁煙バトルロワイヤル太田光・奥仲哲弥・著/集英社新書/714円(税込)

今月(10月発売分)の新刊は145冊。小学館101新書が8冊を携え新創刊しました。売れ線の無難な著者を揃えた、可もなく不可もないラインナップでした。

①「美術刑事」の異名を持つ著者は、日本美術の復元師です。それもデジタルの。作品をコンピュータに取り込み、失われた部分や色彩を推理して、元の姿を再現する。第一章、東大寺大仏殿の「仕事」を見れば「刑事」と呼ばれる由縁が納得されるでしょう。赤青緑……、眼がチカチカする極彩色で飾られた四天王像は戦隊ドラマのヒーローたちのようで、「こんな色だったのか!」とタイトルどおりの感嘆を漏らすこと必至です。しかし「刑事」の仕事はそれで終わりではないと著者はいいます。そこから「何が見えてくるか」、すなわち、当時どのように愛でられていたのかを「逮捕」することが重要なのだと。納得ですが、文化論が説教くさいのが残念。

日本の国宝、最初はこんな色だった
『日本の国宝、最初はこんな色だった』(光文社)著者:小林泰三

ヴァイオリンの代名詞ストラディヴァリウス。この銘器に魅入られ世界的な第一人者にまでなってしまった写真家による本書は、写真はもちろん、評伝あり、研究あり、エッセイありで、何と形容すべきか不思議な味わいです。

ストラディヴァリウス
『ストラディヴァリウス』(アスキー・メディアワークス)著者:横山 進一

③芸術の都ウィーン。先進的な都市づくりをしてきたことでも知られるこの街については、美しいイメージが流通する一方、その陰にさまざまなイデオロギー闘争があったことはあまり知られていません。夢の都市を築いた市政の現実を詳らかにする珍しい都市論。

ウィーン―都市の近代
ウィーン―都市の近代』(岩波書店)著者:田口 晃

④江原啓之、細木数子現象を斬る、というとよくあるオカルト批判本のようですが、本書の主題は、テレビというメディアが日本人の宗教観に及ぼしてきた影響を探ること。民放放送規定は宗教の扱いに慎重で、占いや心霊術は本当は放映できないのだとか。実際、宗教団体を扱った番組は皆無にちかいのに、なぜ江原・細木は垂れ流されるのか? この奇妙なネジレに、宗教学者の著者は、今日の「宗教的リアリティ」を見いだします。

テレビと宗教―オウム以後を問い直す
『テレビと宗教―オウム以後を問い直す』(中央公論新社)著者:石井 研士

⑤信者一億五千万人ともいわれるインド新仏教。その指導者はなんと日本人なのです。佐々井秀嶺は、40年前にインドに渡って以降一度も帰国せず仏教復興運動に従事してきた人物。本書はこの(日本では)知られざるカリスマの評伝小説で、絶版が惜しまれていた書籍の新書化です。内容もすごいが厚さもすごい。新書もここまで来たかの600ページ2段組!

破天
『破天』(光文社)著者:山際素男

⑥岡潔は、多変数函数論という前人未踏の地平を独力で切り開いた日本を代表する数学者ですが、その独創性のあまりか、評伝は、同じ著者による大部の著しかありませんでした。「数学の詩人」という副題どおり「数学は情緒」と説く岡の思想と学問を膨大な研究ノートまでひもとき描いた労作。

岡潔―数学の詩人
『岡潔―数学の詩人』(岩波書店)著者:高瀬 正仁

⑦戦後最長の好景気を記録したといわれた日本経済でしたが、ほとんどの人はまるで実感を持たないうちに後退期に入ってしまいました。それはなぜか? マクロ経済学の第一人者が景気変動のメカニズムを根本から平易に分析していきます。ジュニア新書ながらオトナのアンチョコとしても出色です。

景気ってなんだろう
『景気ってなんだろう』(筑摩書房)著者:岩田 規久男

⑧高騰から一転、現在は下げ止まらない状況が続いている石油価格。この不安定な動きは何を意味しているのか? 暗躍する国富ファンド、埋蔵量データのウソ、ロシア、中国、アフリカで展開する原油争奪戦……。石油「冷戦」の見えざる構造を読み解いた一冊です。

石油の支配者
『石油の支配者』(文藝春秋)著者:浜田 和幸

⑨いまどき衒いなく文学するための条件は文学以外の専門を持っていることだと『生物と無生物のあいだ』で教えてくれた著者の最新作です。文学度はさらにアップ。

できそこないの男たち
できそこないの男たち』(光文社)著者:福岡 伸一

ヘビースモーカー太田光氏と、彼の主治医で最強の禁煙医師の奥仲哲弥氏によるタバコをめぐる大論争! という売り出しながら、禁煙の説得にはあっさり失敗します(笑)。奥仲医師に禁煙をゴリ押しする気がないのでむべなるかな。嫌煙運動への疑義を共有しながら喫煙と禁煙の望ましい着地点を探っており、タバコ本としては珍しくバランスが良いです。

禁煙バトルロワイヤル
『禁煙バトルロワイヤル』(集英社)著者:太田 光,奥仲 哲弥


【書き手】
栗原 裕一郎
評論家。1965年神奈川県生まれ。東京大学理科1類除籍。文芸、音楽、経済学などの領域で評論活動を行っている。著書に『〈盗作〉の文学史』(新曜社。 第62回日本推理作家協会賞)。共著に『石原慎太郎読んでみた』(中公文庫)、 『本当の経済の話をしよう』(ちくま新書)、 『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、 『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』(文春文庫)、『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(イースト新書)などがある。

【初出メディア】
Invitation(終刊) 2009年1月号
「美術刑事」の異名を持つ復元師の仕事に感嘆