組織能力の優劣を左右し、現代企業の「経営の質」を決定づけるとされる「企業コンテクスト」。それはいわば「孫悟空が自由に空を飛ぶためのお釈迦様の掌」であり、経営者はコンテクストを作り出す前提として「人間の弱さ」を忘れてはいけない、と野田氏は語る。その意味するところは何か。前編に続く本記事では、「本書(『コンテクスト・マネジメント 個を活かし、経営の質を高める』)は自分の経営学者としての集大成である」と話す野田氏に、「コンテクスト・マネジメント」の本質、そして企業経営の現場で実践する上でのポイントについて聞いた。(後編/全2回)

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【前編】米国でホンダ「スーパーカブ」大ヒット、偶然でも戦略でもなかった本当の勝因
■【後編】自由で挑戦的な組織の大前提、経営者が忘れてはいけない「人間の本質」とは(今回)

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人間の本質は「性善説」でも「性悪説」でもない

──前編で、これからの企業を経営していく上で「企業コンテクスト」が重要になるいうお話をお聞きしました。「企業コンテクスト」「コンテクスト・マネジメント」とはどのような概念、考え方なのか、わかりやすく説明していただくとどういうことでしょうか。

野田智義氏(以下敬称略) 私は「企業コンテクスト」を説明する際には、『西遊記』に出てくる孫悟空とお釈迦様の話しをしています。孫悟空は雲に乗って自分で自由に空を飛んでいるつもりなのですが、気がつくとそれはお釈迦様の手のひらの上だった、というエピソードです。この時、「孫悟空」が一人ひとりの優秀な社員であり、「お釈迦様」が経営者リーダーです。そして、お釈迦様の「手のひら(掌:たなごころ)」が「コンテクスト」なのです。

 経営は一人ですることはできません。一人ではできないことを実現するのが、組織という装置です。ですから、経営者リーダーは、多くの優秀な社員に自由に空を飛び回ってもらい、いろいろな活動をしてもらわなければならないのです。

 その時、大きな方針として「どのような空間を飛び回るのか」「どちらの方向に飛んでいくのか」「お互いがどのように関わり合いながら飛ぶのか」を決めること、つまり、どのような「掌(たなごころ)」をつくればいいかを決めること、それがお釈迦様の役割を担う経営者リーダーの重要な役割なのです。

――そもそもなぜ、企業経営に「コンテクスト」が必要なのでしょうか。

野田 それは、人間の本質が性善説でも性悪説でもなく、「性弱説」にあるからです。これは、私たち人間が、置かれた環境や空間によって行動を変える動物、という事実に基づいています。

 同じ人間であっても、環境や状況が変われば違う行動をします。たとえば、人は特定の場所に置かれると率先して創造性を発揮したり、主体的に活動したり、周囲と協働したりします。しかし、全く同じ人間が、違う場所では隠れて不正を行ったり、情報を隠匿・改竄したり、惰性に流されたりすることもあるのです。

 このことは、企業の不祥事の事例を考えるとわかります。残念なことに昨今、日本企業の不祥事が繰り返し起こっています。企業の不祥事は、それを起こした個人だけの責任なのでしょうか。私は、そうではないと思います。一概には言えませんが、企業の不祥事事例を調べてみると、不正を行った個人は、必ずしも以前から不正を繰り返してきた人間ではないのです。しかし、その同じ個人が「ある環境」に置かれると、不正に走ってしまうわけです。

 何が現場にいる個人を暴走に走らせたかを探っていくと、個人を不正に走らせた「企業コンテクスト」にその真因が見えてきます。経営の質が高い企業には、優れたコンテクストがあります。逆もしかりです。本質的に「性弱」な個人を悪いコンテクストが暴走させるのです。

失敗や過ちを「素直に認める」ことができるか

――「コンテクスト・マネジメント」の具体的な構成要素や方法論は、どのようなものなのでしょうか。

野田 企業コンテクストには大きく3つのコンテクストがあります。1つ目は「戦略のコンテクスト」。これは、自分たちがどのような企業を目指し、どのドメインで活動し、人と社会にどう貢献するかという、ミッション(企業理念)やパーパス(存在目的)、アスピレーション(大望)といったものです。具体的な戦略目標も含まれます。

 2つ目は「経営管理のコンテクスト」です。具体的には、組織構造や人事管理システム、財務経理システム、また、情報共有のための管理システムなどです。

 3つ目が「組織行動のコンテクスト」。これは、その企業の中ではどのような行動が奨励されるのかといった明文化されたバリュー(行動規範)や暗黙の企業文化、組織風土です。

 この3つはバラバラに存在しているのではなく、有機的に結び付くことで初めて「企業コンテクスト」となります。そして、ここで大事なことは、そこに経営者リーダーとしての「魂」を吹き込むことです。言葉だけではなく、背中を見せることが必要なのです。そのことで初めて、現場やミドルマネジャーの意思決定や行動に影響を及ぼし、組織プロセスを誘発していきます。これが、「コンテクスト・マネジメント」の基本的な考え方です。

――前編で、「経営の質」の高い企業として1960年代のホンダの事例を挙げていただき、失敗から学ぶ挑戦的な組織風土が出来上がっていたというお話がありました。「失敗から学ぶ企業」になるためには、どのような「企業コンテクスト」が必要になりますか。

野田 失敗や過ちから何かを学ぶことのできる企業と、そうでない企業があります。その違いは何かと言えば、それこそ企業がもつ「コンテクスト」の違いです。失敗や過ちから学ぶことのできる企業は、次のような組織プロセス、企業コンテクストを持つ企業です。

 まず、失敗や過ちを素直に「認める」ことができること。そしてそれを周りにオープンに「開示・共有」できること。その上で、周囲がそれを非難することなく受け入れ、「どうやったら改善できるかな」「じゃあ、こうしようよ」という解決策の議論が自然と生まれること。そういった一連の組織プロセスが自然と回る組織であるか、ということが重要です。

 そして、そのために必要な企業コンテクストとしては、「失敗を認めても不利にならない」「失敗に寛容であり、むしろ失敗は勲章だ」という「組織行動のコンテクスト」、そして、それを実証するための「敗者復活の人事制度」「加点主義の人事評価システム」といった「経営管理のコンテクスト」が必要になります。

 企業の社会的責任や企業コンプライアンスの重要性が増す中、経営者リーダーがつくる企業コンテクストは、これまで以上に重要になってくると思います。

個の時代に求められる「遠心力と求心力のマネジメント」

――いま、「組織の時代」から「個の時代」になった、と言われます。「個の時代」においてはどのような企業コンテクストが重要となり、経営者リーダーにはどのような役割が求められるでしょうか。

野田 大きなトレンドとして、価値創造の主体が組織から個にシフトしていることは間違いないでしょう。「個は組織に従う」という時代から、「組織は個に従う」時代への転換といえます。

 こうした「個の時代」において、21世紀企業の経営者リーダーに必要なことは、人の可能性を信じ、できるだけ自由に空を飛び回ってもらうことだと思います。言い換えれば、「個の力を、いかに解き放つか」ということです。その時、経営者リーダーに必要なことは、「遠心力と求心力のマネジメント」です。

遠心力」とは、できるだけ権限委譲を行い、個人に自由に動いてもらうことです。一方、「求心力」とは、個人が勝手に動いて、組織がバラバラにならないようにすることを指します。まさに、お釈迦様の掌の上で、自由に飛び回る孫悟空のイメージです。

 組織が「求心力」を持つためには、経営者リーダー自身が体現する「アスピレーション(大望)」と「パーパス(存在目的)」が必要です。厳格な組織の「コントロール」によって社員を統率するのではなく、人と組織を大義あふれる挑戦に誘う「コンテクスト」によって社員の心を引き付けます。そして、個人が組織で働くことの意味と意義を再確認させるのです。そのことにより、社員の主体的かつ責任感の強い行動が促されます。

遠心力と求心力のマネジメント」こそが「個の時代」における21世紀企業の経営者リーダーに求められる、最も大事なことなのではないでしょうか。

――経営者リーダーが「コンテクスト・マネジメント」を実践する上でのポイントは何でしょうか。

野田 「コンテクスト・マネジメント」は、やや抽象的で難しい概念だからこそ、経営者や経営幹部という立場にならないと理解しづらいかもしれません。また、組織構造や人事管理システムといったマクロの「経営管理のコンテクスト」は、自分自身ではどうにもならないものでしょう。

 しかし、アスピレーションやパーパスといった「戦略のコンテクスト」、バリューや組織風土といった「組織行動のコンテクスト」は、自部門やチームでも実践することができます。また、何を優先させるのかを意味するプライオリティ・ルールなど、ミクロの「経営管理のコンテクスト」もつくり出せます。

「自分が経営者リーダーだったらどうするだろう」ということを絶えず考えることで、経営者リーダーとしての感性が磨かれるのです。

 そして、そこで最も大事なことは、「人間は性弱な存在である」ということを忘れないことです。この大前提を忘れずに日々の経営や組織運営に向き合うことこそが、経営者リーダー、またはリーダー候補者が「コンテクスト・マネジメント」を実践していく上で最も重要なことだと考えています。

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