世界中に熱烈なファンを持つ巨匠アキ・カウリスマキが、突然の引退宣言をしてから6年、新作とともに帰ってきた。タイトルは『枯れ葉』。クリスマス前の12月15日(金) に日本公開される。特に新機軸があるわけではない。作風はこれまでと同じ。少なめのセリフはどれも気が利いていて、淡々としたストーリーの中にそっと情熱を隠す。なんだかうまくいかず不器用に生きているおとなへ、サンタの国からの贈りものだ。

『枯れ葉』

ハリウッドのエンタテインメント作品に慣れ親しんでいる人が、カウリスマキ作品を初めてみると、「げっ、なんて陰気な映画」と思うかもしれない。たしかに派手さはなく、驚愕の展開があるわけでもない。号泣させようとも爆笑させようともしない。でも、観終わると、胸の奥に灯がともるなんとも言えぬ感覚。彼の作品にドハマリしている人は多い。

ギリギリの生活を送りながらも、人としての誇りを失わずにいる労働者の恋が描かれる。あいかわらず映像はゆったり流れ、セリフや会話は一般的な映画に比べたらかなり少ない。でもだからこそ、その一言一言が味わい深い。淡々としたなかに醸しだされるそこはかとないユーモア。静かなたたずまい、おそらく計算しつくしたのであろうアングル、配色、そしてタイトルにもなったシャンソンの『枯葉』をはじめとするぶっとんだ選曲の音楽……、監督の魅力は健在だ。

人口約550万人のフィンランドでは、公開されるやいなや動員20万人を超える大ヒットを記録。単純計算すれば、日本なら450万人を動員したってことだ。こりゃ凄い。今年のカンヌ国際映画祭では審査員賞に輝き、2023年国際批評家連盟の年間グランプリに選ばれ、アカデミー賞国際長篇映画賞部門のフィンランド代表作品でもある。

舞台は、現代のヘルシンキ。納得いかない理由でスーパーを解雇された女・アンサと、工事現場でこっそり酒を飲みながら働く男・ホラッパが、カラオケバーでたまたま近くに座り、不思議に惹かれ合うことから物語は始まる。

アンサ役のアルマ・ポウスティは、ムーミンの作者であるトーべ・ヤンソンの半生を描いた『TOBE/トーベ』(2020) でユッシ賞(フィンランドアカデミー賞)主演女優賞を受賞。ホラッパ役のユッシ・ヴァタネンはフィンランド史上最大のヒット作『アンノウンソルジャー 英雄なき戦場』に主演している。つまり、ともにフィンランドを代表する俳優。カウリスマキ作品には初の出演だ。

ほかに、監督の過去作『街のあかり』のヤンネ・ヒューティアイネンや『希望のかなた』のヌップ・コイブも出演。そして、彼の作品に欠かせない愛犬も生命の象徴的役割で出演している。この子の可愛さといったら……。

ふたりは、ひょんなことからまた出会い、一緒に映画を観に行く。淡々とゾンビ映画を観るふたりの姿が映し出される。その後、ふたりはかみ合っているのかいないのか、コミカルで、風変わりなやり取りがあり、ちょっとしたトラブルから、なかなか距離が縮まらない。

そんな、不器用なふたりの恋の行方が描かれる。

フィンランドは寡黙な人が多いという。お酒飲みもまた、多い。

アルコール依存症気味のホラッパと友人との会話も言葉少なめで、どこか哲学的だ。「気が滅入る。酒を飲み過ぎて」。「なぜ酒を飲むのか」。「気が滅入るから」。そう言いながら、また酒を飲む。

アンサのミニマルな暮らしぶりもフィンランド的だ。家具は少なく、TVもない。ラジオでニュースや音楽をきいていたりする。流れてくる音楽はノスタルジックなものばかりで、どこか懐かしい世界なのだが、聞こえてくるニュースはロシアウクライナ侵攻を伝えていて、あ、今のお話なのだ、と気づく。実は、監督が復帰する引き金は、ウクライナ戦争だったようだ。

「無意味でバカげた犯罪である戦争の全てに嫌気がさして、ついに人類に未来をもたらすかもしれないテーマ、すなわち愛を求める心、連帯、希望、そして他人や自然といった全ての生きるものと死んだものへの敬意、そんなことを物語として描くことにしました」というのが監督の想い。

過去の作品と同様、上映時間は短く、81分。セリフは少ないが、内容は深い。

来日したアルマ・ポウスティは先行上映の舞台挨拶で「私の人生の中で出会った一番短いページ数の脚本でした。でも珠玉の一冊であり、素晴らしい文学であり詩的で、慎重に選ばれた言葉が使われています。……アキの作品では、ミニマルに見える中にたくさんの感情や人生が詰まっている。彼は沈黙に対する信頼が大きく、同時に観客にも解釈の余地を与えている」と語っている。

12月9日(土) から1月12日(金) まで、『枯れ葉』の公開を記念して「愛すべきアキ・カウリスマキ」という特集上映が、渋谷・ユーロスペースで行われている。長編デビュー作『罪と罰』(1983) から、前作の『希望のかなた』(2017) までの17作品の上映。

早速、この特集上映で『パラダイスの夕暮れ』(1986) を観なおした。カウリスマキが「『枯れ葉』は『パラダイスの夕暮れ 2.0』」と発言しているからだ。いや、驚いた。まさしく『枯れ葉』はこの作品の“バージョン2”だ。やはりブルーカラーのカップルのラブストーリーなのだけれど、37年も前の作品。ヘルシンキの町も、作風、映画への熱い思いも変わっていない。人の普遍的な奥の部分をずっと描いているんだろう。ぶれない監督だな。

文=坂口英明(ぴあ編集部)

(C)Sputnik Photo: Malla Hukkanen

【ぴあ水先案内から】

佐々木俊尚さん(フリージャーナリスト、作家)
「……感情を派手に表に出さない日本人は、フィンランド人に心寄り添いやすいのだ。」

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植草信和さん(フリー編集者、元キネマ旬報編集長)
「……どの角度から見ても唯一無二、まごうかたなきカウリスマキ映画だ……」

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渡辺祥子さん(映画評論家)
「……おかしさとほんのり暖かな幸せ……」

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立川直樹さん(プロデューサー、ディレクター)
「……どこを切り取ってもそこには映画愛があふれている……」

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『枯れ葉』