老後の生命保険の見直しにおいて、「万一の際には遺族年金を受け取れるため、死亡保障を減らして今後リスクが高まる医療保障を手厚くすべき」という提案を保険営業員から受けることがあります。この提案自体は、一概に誤りとはいえませんが、自身が受け取れる遺族年金額を正確に把握していなければ、万一の際に後悔することも……。本記事では田村さん夫妻(仮名)の事例とともに、遺族年金を踏まえた老後の生命保険の見直し方について、FPの小川洋平氏が解説します。

悠々自適の老後を過ごす元共働き夫婦を襲った「突然の悲劇」

田村隆幸さん(仮名/70歳)と妻の幸江さん(仮名/66歳)は趣味の旅行を楽しみながら、悠々自適な老後を送っていました。

ご夫婦ともに地元の企業で勤務していたため、ふたりとも厚生年金を受け取ることができました。夫の隆幸さんの公的年金は約16万円(基礎年金約6.5万円、厚生年金約9.5万円)、妻の幸江さんは約13万円(基礎年金約6.5万円、厚生年金6.5万円)で、2人分の退職金と併せてゆとりのある老後を送っていたのです。

しかし、ある日隆幸さんは急性心筋梗塞で他界します。ふたりで行った旅行先で朝温泉に入り、ほかの宿泊客が温泉で倒れている隆幸さんを発見し、そのまま帰らぬ人となったのです。

葬儀を終え、隆幸さんの財産の相続の手続きなどを始めていました。「自分が自宅を相続するし、遺族年金も出てくるだろう」と、2,000万円程度あった預金の半分の1,000万円を受け取り、残りを子供達にわけた幸江さんでしたが、これが誤った判断だと後から気が付きます。

隆幸さんの死後、幸江さんは隆幸さんの厚生年金分程度の遺族年金を受け取れるものと思っていました。

隆幸さんの生前、生命保険の見直しを行った際に「隆幸さんが亡くなると奥様には厚生年金部分の遺族年金が受取れますよ」と営業マンからアドバイスを受け、死亡保障は200万円の終身保険を残し解約。老後は医療費が掛かるため医療の保障を手厚くしたほうがよいといわれ、新たに医療保険と運用目的で一時払い終身保険500万円を契約していたのでした。

しかし、遺族年金の手続きの際に幸江さんが年金事務所の担当職員から聞いた金額は、月額で6,000円程度の僅かな金額だったのです。もっと大きな金額を受け取ることができると考えていた幸江さんは、僅かな遺族年金の金額を目の当たりにし、自分が受け取ることができる公的年金の受給額と併せて13万5,000円程度しか受け取ることができないことに悲鳴をあげます。

そして、資産も預貯金1,000万円と、死亡保障200万円の終身保険と一時払い終身保険の500万円を足し合わせた700万円しか手元には残りません。

夫が亡くなったとはいえ、今後の生活費は20万円程度は必要と考えられ、毎月の不足が約6.4万円しています。そして、その後に自宅の屋根の塗装や外壁のメンテナンスなどが必要な時期になり、修繕費も200万円を超える修繕費が必要になると見込まれ、修繕費や固定資産税、保険料など自宅の保有に掛かる費用の節約のために自宅を手離し、長女夫婦の近所のアパートで生活することになったのでした。

「住む家を失うことになるとは。夫との思い出の旅行先にもまた行きたかったのにそれもできなくなりました」幸江さんはがっくりと肩を落とします。

老後の生命保険の見直しには要注意

「子供が一人前になったら死亡保障は要らない」と思われがちですが、早期にパートナーが亡くなった場合には田村さんのようなことになってしまうことがあるのです。夫婦の片方がいなくなったとはいえ、単純に生活費が半分になるわけではありませんので、収入は大幅に減るのに対し支出はあまり変わらないためにその後の収支が大幅に悪化してしまうことがあります。

そして、幸江さんが誤認していた遺族年金の受給額です。幸江さんのようにすでに老齢厚生年金を受け取っている場合、配偶者が亡くなった場合に受け取ることができる遺族年金は配偶者の遺族厚生年金の金額から、幸江さん自身の老齢厚生年金を差し引いた金額です。

今回の場合、隆幸さんの厚生年金が約9万5,000円でしたので、隆幸さんが亡くなった際の遺族厚生年金は老齢厚生年金に3/4を乗じた金額になり、9万5,000円×3/4=7万1,250円となります。

そして、幸江さんが受け取っている6万5,000円との差額の6万1,250円が遺族厚生年金として幸江さんに支給されるようになります。生前に生命保険の見直しを行った際、営業マンから受けたアドバイスが誤っており、隆幸さんが予想外に早く亡くなってしまった場合の対策がなされていなかったことが問題です。

もしも寿命よりも早くに亡くなってしまった場合に残されたパートナーが生活していくために十分な資産を残せるのかを考え、生命保険を活用し死亡保障で対策するか、資産を運用し取り崩して不足分を補填する計画を考える必要があります。

まとめ

​​​​今回はゆとりのある老後と思われていたが、配偶者の死で不安な老後を抱えることになってしまった事例をお伝えしました。

生命保険文化センターの「2021(令和3)年度生命保険に関する全国実態調査」によると、70歳~74歳の人の生命保険の補償額は1,460万円となっていますが、隆幸さんが加入していたのは合計で700万円と、平均値よりも少なかったといえます。

また、今回のようなケースも、早い段階で資産を運用していれば保障が少なかったとしても安心していられる資産を残すことができたと考えられます。リタイア時のマネープランは、こういった想定外にも強い家計を創ることができるように、適切に金融商品や保険商品を活用しながらプランを考えていくことが大切です。

小川 洋平

FP相談ねっと

(※写真はイメージです/PIXTA)