日本でも『エリザベート』『モーツァルト!』などが愛され、上演され続けているシルヴェスター・リーヴァイ&ミヒャエル・クンツェの新作ミュージカルベートーヴェン』が、2023年12月9日(土)、日生劇場にて初日の幕を開けた。生涯、女性と結婚することのなかった作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは、「不滅の恋人」宛の手紙を残していた。その女性とは、誰なのか——。本作では、ベートーヴェンが愛した女性をアントニー・ブレンターノとし、人妻だった彼女との愛を得た作曲家の姿を、ベートーヴェン自身の楽曲に歌詞をつけたナンバーでつづっていく作品で、今年1月に韓国にて世界初演。日本初演は韓国公演に引き続きドイツ出身のギル・メーメルトが演出を担当している。

開幕前に行われた初日前会見とゲネプロの模様をレポートする。

初日前会見

(左から)ミヒャエル・クンツェ、井上芳雄、花總まり、シルヴェスター・リーヴァイ

(左から)ミヒャエル・クンツェ、井上芳雄、花總まり、シルヴェスター・リーヴァイ

美しい階段を作ることで知られた建築家村野藤吾が手がけた壮麗な劇場、日生劇場。初日前会見は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン役の井上芳雄、アントニー・ブレンターノ役の花總まり、脚本/歌詞のミヒャエル・クンツェ、音楽/編曲のシルヴェスター・リーヴァイが、劇場1階ロビーから赤絨毯の埋め込まれた大理石の階段を下りてくるという趣向でスタート。井上、花總の二人は衣裳姿で、裾を引くドレス姿の花總の手を取るのはリーヴァイ。美しい階段を四人がしずしずと降りてくる姿がまずはドラマティックだ。

井上芳雄

井上芳雄

井上は『エリザベート』のルドルフ役でミュージカル・デビュー、花總も宝塚歌劇団時代に『エリザベート』の日本初演でタイトルロールを演じている。その後、二人は『エリザベート』では“トート=死”役とタイトルロールで、そして『モーツァルト!』でもタイトルロールとその姉ナンネール役で共演した経験がある。今回の作品については「濃いラブストーリー」(井上)、「やっと人間らしい恋愛関係のやりとりができる」(花總)と、これまで観られなかった関係性が舞台上で描かれる期待を抱かせた。

花總まり

花總まり

作品完成までに構想から十年以上を要したというこのミュージカルについて、クンツェは、「ベートーヴェンの人生の長い道のりを語るのではなく、彼の人生の中で出合うことになる困難、聴覚を失うという音楽家にとってこれ以上ないような災難に直面したそのときに、彼の人生の中での最大の愛、愛する相手を見つけたということを物語る作品」と説明。作中で用いたベートーヴェンの楽曲選びについて、「ベートーヴェンが作曲したすべての楽譜に目を通し、聴くことから始めた」というリーヴァイ。

シルヴェスター・リーヴァイ

シルヴェスター・リーヴァイ

ミヒャエル・クンツェ

ミヒャエル・クンツェ

最終的には、自身の感情によってセレクトし、クンツェと共に調整していったとのこと。その作業について、クンツェは、「当時、世界でもっともすばらしいピアニストとして大成功を収めていた」、すなわち「演奏に対する人々の拍手に依存していた」のが、「耳が聞こえなくなることによって拍手が聞こえなくなってしまう」、そんな困難を経験した後のベートーヴェンの内面を作品として創り上げていく上で、「それに適した“声”を選び出してくれたシルヴェスターに感謝したいし、その結果、この『ベートーヴェン』がクンツェ&リーヴァイのミュージカル作品になったことがうれしい」と語り、リーヴァイが「ありがとうございます」と日本語で感謝を述べるシーンも。リーヴァイは目指したところについて、「クラシック音楽を非常に身近に感じている方々には現代の音楽に近づいていただきたいし、クラシック音楽をあまり身近に感じていない方々にはクラシックを身近に感じていただけるような作品」と述べた。

会見終了後、再びリーヴァイが花總の手を取り、階段を登っていった四人。劇場1階ロビーにたどり着くと、これから幕を開ける公演への健闘を祈るかのように、作詞家と作曲家がキャストの二人とハグを交わすシーンが印象的だった。

ゲネプロレポート

ミュージカル『ベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

ミュージカルベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

ベートーヴェンの楽曲でつづられたこの作品、まずは、交響曲「田園」や「英雄」、ピアノ・ソナタ「月光」、「エリーゼのために」等々、「ベートーヴェンのあの曲をこう編曲して、こう歌詞を載せるのか!」という喜びを感じさせる。初日前会見で井上もふれていたが、日本では年末に演奏されることが恒例となっている「第九」も登場。なかでも、ピアノ・ソナタ「悲愴」の旋律がくりかえし印象的に用いられており、ビリー・ジョエルがこの旋律を「This Night」のサビで引用していたことをも思い出す。ベートーヴェンの人生を描くと同時に、彼が生み出しこの世界にもたらした豊饒なものを改めて分かち合い、祝福する作品であると感じた。ベートーヴェンの旋律と共に踊る「ゴースト(音楽の精霊)」の存在も興味深い。2幕冒頭ではオーケストラが全員古風なカツラを着用、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン役の井上芳雄に指揮されるという趣向も。

ミュージカル『ベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

ミュージカルベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

モーツァルト!』でタイトルロールを5たび演じた経験をもつ井上芳雄は、今年上演された『ムーランルージュ!ザ・ミュージカル』でも主人公である作曲家クリスチャン芸術家としての業を描き出す好演を見せたばかり。今回の舞台でも、ベートーヴェンの楽曲がそのまま彼の中から生まれ出てきたこと、すなわち、ベートーヴェンの心の叫びとして音楽がこの世に生み出されたということをその歌唱のうちに体現していく。ベートーヴェンと言えばおなじみのあのヘアスタイルで、ときに髪を振り乱し歌う姿を観ていると——楽聖がふとそこに降りてきたように感じる瞬間がある。井上は東京藝術大学音楽学部声楽科出身だが、学生時代、このようにクラシック音楽に取り組んでいたんだろうな——と、その軌跡をも感じさせるところが味わい深い。

ミュージカル『ベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

ミュージカルベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

そんな井上ベートーヴェンの愛、ミューズ、インスピレーションとなる人妻アントニー・ブレンターノ役の花總まりも、彼女の存在がベートーヴェンの生み出した音楽の一部となっていることを感じさせる歌唱を披露。芸術を愛し、芸術家に敬意を払わない貴族たちにもはっきりと意見し、今日的に言えば“モラハラ夫”にも敢然と立ち向かおうとする女性の芯の強さを描き出していく。多分に変わり者であり、人から敬遠され気味のベートーヴェンに対しても一歩も引かず、あくまで人間同士として接するところに、芸術家のミューズたりえた存在の本質をみる思い。

ミュージカル『ベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

ミュージカルベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

ミュージカル『ベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

ミュージカルベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

恋人との仲を兄ルートヴィヒに反対され続け、仲違いしてしまうカスパール・ヴァン・ベートーヴェン役の海宝直人(小野田龍之介ダブルキャスト)はまっすぐな歌唱を聴かせる。自分の浮気をよそにアントニーを閉じ込めようとするフランツ・ブレンターノ役の佐藤隆紀(坂元健児とダブルキャスト)の憎々しげな“モラハラ夫”ぶり——佐藤が『エリザベート』でエリザベート皇后の夫フランツ・ヨーゼフ役を演じていたことを思い出したり。ベートーヴェンのパトロンであるフェルディナント・キンスキー公役の吉野圭吾もまた、彼がかつて『モーツァルト!』のシカネーダー役で好演を見せていたことを思い出させるような、作品のスパイスとなっている。

ミュージカル『ベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

ミュージカルベートーヴェン』舞台写真      写真提供/東宝演劇部

取材・文=藤本真由(舞台評論家)

ミュージカル『ベートーヴェン』舞台写真 (左から)井上芳雄、花總まり