12月22日に日本公開を控える『PERFECT DAYS』の監督ヴィム・ヴェンダースをコンペティション部門の審査委員長に迎えて開催された第36回東京国際映画祭が11月1日に閉幕した。立東舎刊『押井守の映画50年50本』『映画の正体 続編の法則』の編者で映画翻訳家でもある鶴原顕央が今年度の東京国際映画祭を総括する。

東京グランプリは『雪豹』

 コンペティション部門の最高賞である東京グランプリを受賞したのはペマ・ツェテン監督の『雪豹』。チベット高山の羊飼いが「うちの羊が食われた」として雪豹を囲いに捕らえるが、当局としては雪豹は絶滅危惧の保護動物だから「いますぐ解放しろ」と迫る。当局に賠償を求める羊飼いの長男と、その雪豹との過去の出会いをきっかけに僧侶に転向した次男。映画は、ローカルテレビ局のレポーターが車で現地に向かい、その途中で次男と合流するところから始まる。世間では「雪豹法師」と呼ばれている穏やかな表情の次男。このレポーターと雪豹法師は実は同級生で、彼ら2人がメインキャラクターなのかと思いきや、話は弁償を求めていきり立つ長男のほうにシフトしていく。押し問題を繰り返す長男と保護局員を仲裁すべく地元警察も駆けつける。カオスと化していく物語の中で、協調できない個々の人間の孤立感と、捕らえられた雪豹の(孤立感ではない)孤高さが浮かび上がってくる。そして雪豹と人間たちが行きつくラスト。監督のペマ・ツェテンは5月に急死しており、監督不在のままの大賞受賞となったが、審査会議で満場一致だったことにも納得できる渾身の映画である。

クロージング上映は『ゴジラ-1.0』

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 今回の東京国際映画祭はオープニング作品としてヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』が上映され、クロージングには山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』が選ばれた。映画祭最終日の上映では海外からのマスコミやコンペティション部門で参加した来日ゲストも『ゴジラ-1.0』を鑑賞し、上映後は映画館のグッズ売り場に客が殺到した。映画祭としては稀有な熱狂だった。いまアメリカをはじめとした諸外国で大ヒット中の『ゴジラ-1.0』の話題の先陣をきったという意味では快挙であり、映画祭のクロージング作品として日本映画を上映することで開催国としての面目を保ちつつ、しかも海外でも有名なタイトルで、エンタメ映画。東京国際映画祭のクロージング作品としては近年稀に見る成功例だが、『ゴジラ-1.0』自体は映画祭開幕よりも前の10月20日に新宿でレッドカーペットイベントとワールドプレミア上映をすでにやっているから、映画祭での上映が初披露ではないのだ。これはオープニング作品の『PERFECT DAYS』もしかりで、春のカンヌ映画祭で主演の役所広司が最優秀男優賞を受賞済み。映画祭としてのプレミア感がゼロなのだ。オープニングとクロージングは映画祭の顔であるから、世界初上映作品を用意した今年のベルリンヴェネツィアといった国際映画祭と比較すると、とても情けない。

見えてきた課題

 日本を舞台にした『PERFECT DAYS』で幕を開け、日本映画の『ゴジラ-1.0』で閉幕し、コンペティション部門全15作品中、日本映画が3作で、中国映画も3作。完全にアジア映画メインのラインナップに舵をきった。カンヌやヴェネツィアとの差別化という意味ではそれでもいいのかもしれないが、アジア映画を豊富にラインナップすることと、アジア映画の中心であろうとすることは別だ。アジア映画に特化してもいいが、はたしてそれは国際映画祭なのかという問題があるし、韓国やシンガポールをはじめとしたアジア7カ国の映画業界が連携を宣言したAFAN(アジアン・フィルム・アライアンス・ネットワーク)に日本は不参加。AFANが東京国際映画祭の母体であるユニジャパン文化庁に連絡を取ったものの、担当部署が分からないとして連絡が途絶えてしまったとされている。アジア映画に特化していくと表明しているわりにはちゃんと機能していない。もちろん正しく機能していくべきであるが、アジア映画のみに特化していくことは国際映画祭としての可能性を狭めることにもなる。これまで築き上げてきた欧米のフィルムメイカーたちとのコネクションが途絶えていくことになるし、コンペティション部門に応募しても選出される可能性が低いとなれば非アジア映画は東京国際映画祭を敬遠していくようにもなるだろう。世界の映画を揃えることで、世界のいまが見えてくる。それが映画祭の役割であり、まして国際を名乗る映画祭であるならばなおのことだ。映画祭としてアジア映画を拡充させていく新しい方向性は見えてきたが、だからといって世界から孤立してはいけない。

本文:鶴原顕央

『映画の正体 続編の法則』
http://rittorsha.jp/items/20317420.html
著者: 押井守
定価: 2,200円(本体2,000円+税10%)
発行: 立東舎

気がつけば興行収入ランキングの上位を占めるのは続編映画ばかり。そんな時代だからこそ、続編映画を通して映画の正体に近づいていきたい。人はなぜ続編映画を作り、シリーズものを見に行き、あまつさえリブートを企画するのか。自らを続編監督と自認する押井守監督が、その秘密に迫ります。第7章に〈ハリウッド版『ゴジラ』と国難映画〉を収録。

(執筆者: リットーミュージックと立東舎の中の人)

アジア特化型に舵をきった東京国際映画祭 見えてきた課題