人口約14億人を誇る中国。国内ではさまざまな企業が入り乱れています。だからこそ、重視されるのは「信用と実績」です。では、玉石混交状態のなかで、企業はどのような手段をとっているのでしょうか。現地に住む東洋証券上海駐在員事務所の奥山要一郎所長が解説します。

習近平の視察は「超VIP級の信用手形」

「今年7月に国家主席が視察にいらっしゃいました」――。パネル展示を前に、IR担当者が誇らしげに語ってくれた。

南京(江蘇省)に本社を置く国電南瑞科技(600406)。親会社は中央国有企業の国家電網だ。数ヵ月ぶりに訪問した本社ビルのなかは、以前と比べてやや「紅っぽく」なっていた。愛国精神や国に忠誠を誓う類のスローガンも増えた気がする。

同じような光景は各地で見られる。長春(吉林省)にある中国中車(01766)の車両生産工場には、2015年に訪れた国家主席の写真が控え目に、しかし自慢げに飾ってあった。「心がこもった配慮」という文字も添えられて。

フフホト(内モンゴル自治区)の乳業大手、内蒙古伊利実業集団 (600887)の展示館でも国家主席視察時の巨大な写真が見られた。同社トップとのツーショット写真からは不思議な威光すら感じられる。

政府や党の幹部が視察に来れば現場は感激するもの。ましてや国家主席のご来訪となればかなりのプレミアムだ。中国ではその重要性や意義は無限大

「国や党に認められた」ことをアピールしてビジネスが円滑に進むこともある。下世話な言い方だが、「超VIP級の信用手形」とでも例えられよう。

国営テレビでの企業紹介も「格好のPR素材」

国営テレビの中央電視台(CCTV)の「7時のニュース」。番組内では時々、旬な企業が紹介されている。

ここで取り上げられるのも大変光栄なこと。企業側は放送を録画して、本社受付のモニターで延々と流したり、微信(WeChat)の公式アカウントで大々的に紹介したりと、PR素材として十二分に活用している。

中国の各産業はさまざまなプレーヤー(企業)が入り乱れて玉石混交状態。そこで重視されるのは、当然ながら信用と実績だ。国営テレビへの登場は「極上のお墨付き」といえる。営業トークは「先日、CCTVでも紹介されたのですが……」で始めるべし。つかみはOKだ。

冒頭の国電南瑞科技。本社内の展示館は数週間先まで予約で埋まっているという。地方政府や国有企業の幹部陣がツアー形式で訪れ、国家主席と同じルートで視察していくそう。聖地巡礼並みの「足跡巡り」。

中国特有の空気に沿った研修旅行といえばそれまでだが、国家の方針や重点産業を再確認するのも大事だ。

参加者14億1,000万人!共産党の歴史を辿るツアーがブームに

さて、聖地巡礼といえば、数年前からプチブームになっている「紅色旅游(レッドツーリズム)」。中国共産党の歴史をたどる旅を指す。

観光資源は「長征」「抗日戦争」「解放戦争(国共内戦)」などに関連する施設や場所。「抗日」「革命」「烈士」などの名前が付いた観光地がメインだ。目的地としては、北京や上海、西安などの大都市に加え、吉安(江西省)、延安(陝西省)、嘉興(浙江省)などが挙げられる。

"コロナ前"の19年の「紅色旅行者」は14億1,000万人。全体(60億600万人)のおよそ4分の1近くに上っていた。

直近データは不明だが、「紅い観光地」は各地で盛り上がっている。南昌(江西省)の「南昌八一起義紀念館」、武漢(湖北省)の「辛亥革命武昌起義紀念館」、上海の「四行倉庫抗戦紀念館」などが代表的スポット。満州事変に関連する瀋陽(遼寧省)の「九一八歴史博物館」、日清戦争の激戦を伝える威海(山東省)の「甲午海戦紀念地」などもある。

紅色旅游の概念は04年に打ち出され、第14次五ヵ年計画(2021~25年)内でも「紅色旅游を推進する」とされている。いわば立派な国策のひとつだ。

ならば、国や党の幹部訪問地を巡るのは、さしづめ「紅色視察」とでもなろうか。まさか国策にはならないだろうが……。

奥山 要一郎

東洋証券株式会社

上海駐在員事務所 所長

(※写真はイメージです/PIXTA)