日銀は2023年7月28日、金融政策を転換し、長期金利の上限を緩和しました。これは物価上昇を抑制する方向への政策転換であり、日本がこれから本格的なインフレ時代を迎える可能性を示すものです。ただし、インフレには「良いインフレ」と「悪いインフレ」があり、それぞれ資産運用の考え方・方法が異なります。これから到来することが想定されるインフレの性質と、そのなかでの資産運用のあり方について、投資歴20年以上、金融・投資ライターの山下耕太郎氏が解説します。

日本の物価上昇率が米国を上回った

インフレへの懸念が高まっています。日本の2023年6月の消費者物価指数(生鮮食品を含む)が前年同月比3.3%となり、米国の3.0%を上回りました。米国を上回るのはおよそ8年ぶりのことでした。

しかし、賃金の伸びは遅れており、政府が目指す「物価と賃金の好循環」には遠く、今後の成長に悪影響を及ぼす可能性があります。

物価が高止まりしても賃金が上昇しない場合、日銀の金融政策の判断は難しくなります。サービス業では、一部の業種で人手不足により賃金が上がっていますが、賃上げが続くかは不透明です。今後は、中小企業の賃上げ余力を高める政策が必要だと考えられます。

日銀が金融政策を転換した理由

2023年7月28日の金融政策決定会合で、日銀は、これまで採用してきた「イールドカーブ・コントロール」(YCC)の運用を柔軟化する措置を決定しました。YCCとは、金利を低く抑えることにより、企業や個人がお金を借りやすい状況を作り出す政策をいいます。

日銀は10年国債利回りの変動幅の目標値をこれまでは「0%~±0.5%程度」としていました。しかし、これを「±0.5%程度」とし、市場動向によっては0.5%を超えることを容認したのです。

利回りが目標値の上限に接近すると、それを目標値の範囲内に収めるため、日銀は大量の国債の買い入れを強いられます。それが日本銀行バランスシートを悪化させ、また、国債市場の機能を低下させてしまうのです。そうすると、事実上の「財政ファイナンス」の傾向を強めてしまうという副作用があります。

財政ファイナンスとは、中央銀行が国債を直接引き受け、通貨を増発して国の財政赤字を補てんすることをいいます。「国債のマネタイゼーション(貨幣化)」とも呼ばれています。

日本では財政法第5条で原則として禁止されています。なぜなら、歳出が税収に比して拡大してしまいやすく、通貨が多く出回ることにより悪性インフレを引き起こす副作用もあるためです。

そうした副作用、弊害を減らすことが、7月のYCCの運用柔軟化の狙いです。それを長期国債利回りが安定しているタイミングで、先手を打って実施したのです。

日銀が金融政策の修正に踏み切った背景には、物価高が長期的に続いていることがあります。2023年6月の消費者物価指数(生鮮食品を除く=コアCPI)は前年同月比3.3%上昇し、政府・日銀が目標とする2%を上回りました。

さらに、円安も物価高を助長し、6月27日まで外国為替市場では1ドル=140円台の円安が続いていました。円安は輸入物価の上昇を通じて物価高を長引かせる要因となっており、政府内からは「140円台の円安は行き過ぎだ」との声もでていたのです。

物価の上昇が長期化すれば、投資家の日本国債売りが激しくなり、市場のゆがみが拡大する懸念もあるため、一定程度YCCを柔軟にする必要があると判断したのです。

日銀が金融政策を、物価高を抑制する方向へと修正したことをもって、「インフレ時代」の到来が間近になったと考えることもできます。

良いインフレと悪いインフレの違い

日本では、バブル崩壊以降、物価上昇率が低下し、一時期はデフレも経験しました。しかし、政策目標の2%を超える消費者物価上昇率が2022年に記録されるなど、現時点ではインフレに転換する兆しもみてとれます。

過去のインフレを振り返ってみると、戦後の経済復興期や高度成長期には、年平均上昇率が4~5%となり、1950年から1970年には物価が2倍以上に膨れ上がりました。

さらに、1970年代には、2度のオイルショックを経験し、年平均上昇率が8%を超える高い物価上昇率を経験することになり、1974年には、前年比で20%を超える上昇率を記録したのです。

1980年代バブル景気でしたが物価上昇率は年1%台後半まで低下し、バブル崩壊後の1990年代後半以降の日本は、物価上昇率が0%〜-1%の緩やかなデフレを経験しました。そして、景気低迷とデフレ脱却のため、1990年代以降、金融緩和政策や財政拡張政策が繰り返し実施してきました。

その後、2013年に日本銀行は消費者物価の前年比上昇率2%を物価安定の目標として定め、金融緩和を推進し、2022年に、政策目標を超える消費者物価上昇率が達成されたのです。したがって、これからインフレになる可能性があります。

ただ、インフレには、「良いインフレ」と「悪いインフレ」があります。

良いインフレでは企業は利益を上げ、社員の給料が増え、消費者は生活費の増加を給料アップで吸収し、もっと商品を買うようになるでしょう。商品がたくさん売れるので、企業も儲かるという好循環が生まれ、景気が良くなります。つまり、良いインフレは「景気拡大をともなう物価上昇」です。

一方、悪いインフレは、商品の仕入れ価格の上昇を商品価格に上乗せできず、企業の業績が悪くなります。そして、賃金が上がらないのに身の回りの商品が値上がりして家計を圧迫する、という悪循環をもたらします。

もし、これから想定されるインフレが悪いインフレであったとすれば、資産を守るための対策をとらなければなりません。

悪いインフレ「ハイパーインフレ」「スタグフレーション」

悪いインフレには、「ハイパーインフレ」と「スタグフレーション」があります。

ハイパーインフレ」とは、短期間で物価が数倍になる急激なインフレのことです。主な原因は「国家財政の極端な悪化」と「通貨供給量の過度な膨張」などで、通貨への信用が失われ、お金の価値が急落してしまいます。

日本でも、第二次世界大戦後の1945年8月から1949年初めまで、物価が約70倍に高騰し、ハイパーインフレとなりました。そして、預金封鎖や財産税創設、食糧確保などの措置がとられたのです。このような状況は、国や中央銀行でも制御が難しく、私たちの生活に深刻な影響を及ぼします。

そして、ハイパーインフレと同じくらい注意したいのが「スタグフレーション」です。スタグフレーションは、景気後退とインフレが同時に進行する減少です。不景気で給料が上がらないなか、物価が上昇して家計を圧迫するので、「悪いインフレ」です。

世界的にインフレが加速しているなか、日本でも物価は上昇傾向にあります。ハイパーインフレが発生する確率は低いかもしれませんが、景気後退とインフレが同時に進行するスタグフレーションへの懸念は高まっているといえるでしょう。

スタグフレーション時代の資産運用

日本において、スタグフレーションの懸念がある中、インフレへのリスクヘッジをするためには、株、不動産、ゴールド(金)等への投資が有効です。株は景気低迷時に株価が下がることもありますが、中長期的には物価に連動して上昇する傾向があります。また、不動産やゴールドは物価変動に連動して価値が上昇する傾向があるのです。

加えて、国内の景気低迷に備えるためには、外国株や外国債券に投資すると良いでしょう。日米の金利差が拡大しているなか、米国債券に投資することで、利息収入を確保し、景気後退時にもリスクヘッジできます。

そして、スタグフレーションの下では、現預金を安全な資産運用として過信するのは危険です。預金金利は現在ほぼゼロで、インフレによる物価高騰の幅の方が大きくなってしまうからです。そのため、預金に預けっぱなしでは、金額が減ることはなくても、円の価値が目減りすることにより、購買力が低下してしまう可能性があります。

今後は株価の下落に注意しながらも、リスクを取って資産運用を行うことをおすすめします。スタグフレーションが本格化する前に、インフレ時のリスクヘッジの考え方を持ち、株、不動産、ゴールド等への投資を検討するようにするのです。また、国内の景気低迷にも備え、外国株や外国債券に投資することも有効です。

株式投資においては、非課税制度である「NISA」(少額投資非課税制度)を積極的に使うようにしてください。

NISAは、株式や投資信託等に投資した場合に、それらから得られる利益(売却して得られる利益や、保有期間中に受け取る配当)が非課税になる制度です。本来20%の税金がかかるところ、非課税になるという税制優遇を受けられるのです。

特に、2024年以降、NISAが抜本的に拡充されます。従来はNISA制度自体の期限が設けられており、しかも、非課税で株式や投資信託等保有できる期間(非課税保有期間)も限られていました。しかし、新NISAでは、制度が恒久化され、かつ、非課税保有期間が無期限となります。

また、併用可能な「つみたて投資枠」と「成長投資枠」が設けられます。1年間に非課税で投資できる枠(非課税投資枠)が従来よりも拡大され、つみたて投資枠は年間120万円まで、成長投資枠は年間240万円までとなります。

非課税投資枠は全体で1,800万円となります(成長投資枠は総額1,200万円まで)。しかも、商品を売却してお金に換えた場合には、その分の枠を再利用することも可能です。

このタイミングでの新NISA制度の施行は、税制優遇を拡充させることにより、国民の投資による資産形成を促すものだといえます。インフレ時代においては、資産の多くを銀行預金として保有することは、仮に「元本保証」だとしても、資産の実質的な目減りのリスクを増大させます。ぜひ、「投資」へと目を向けることをおすすめします。

山下 耕太郎

金融・投資ライター

(※画像はイメージです/PIXTA)