歌舞伎公演では1年のうちで最も華やかな年末年始。ビギナー歌舞伎通も、日常を忘れる至福の時間を過ごせます。この時期にぜひ観ておきたい、完売も予想される京都と東京の話題の演目と、芝居前後のたのしみ方をご紹介。

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文=新田由紀子

仁左衛門の「忠臣蔵」に駆けつけたい

 毎年、京都・南座の12月公演は、「顔見世」と銘打って東西の役者が集まった華やかな顔ぶれで行われ、師走の京都を彩る年中行事とも呼ばれている。

 今年の公演「吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 十三代目市川團十郎白猿襲名披露 八代目市川新之助初舞台」(12月1日~24日、※休演・貸切日あり)は、夜の部が充実のラインナップだと評判。

「なかでも『仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋(かなてほんちゅうしんぐら ぎおんいちりきぢゃや)の場』は必見」と、古谷忠男さんは熱を込める。

 古谷さんは、現在60代にして歌舞伎に通うことすでに半世紀近いという、筋金入りの歌舞伎愛好家。ちなみに自称は「小うるさじじい」だ。それゆえ、本名は明かしたくないとのことで、古谷さんという名前はあだ名だと考えていただきたい。

 祇園一力茶屋の場は、片岡仁左衛門(79歳)演じる大星由良助(江戸時代、あえて赤穂浪士討ち入り事件の時代設定や大石蔵之介などの名前を変えて、人形浄瑠璃歌舞伎にしていた)が、主君の仇討ちを期しながら、世をあざむく仮の姿で遊興にふけっている場面。大星という人物の大きさ、心中をどう見せるか、役者の力量がしっかり表れる大役だ。

「特に仁左衛門が見せる、男の哀しみっていうんでしょうかね、絶品ですから。年を重ねて、ますます表現がクリアになってる。ここ数年の、『勧進帳』の弁慶も、『義経千本桜』の平知盛も、『あんなに泣かされたのは初めて』という声をよく聞きます。私は、昔の役者はよかったって文句ばっかり言ってるけど、仁左衛門には泣かされましたね。

 死に向かっていく主人公たちの滅びの美学。こういう物語だったのか、役者によってこんなに変わるのかと驚かされるんですよ。この役を演じるのは最後かもしれないと思っている仁左衛門自身とシンクロして、迫力がすごい」

 昭和の名優たちの舞台映像も残ってはいる。しかし、古谷さんは、テレビで観るのはたのしみよりも、予習復習のためだと割り切っているという。

歌舞伎っていうのは、劇場の“気”みたいなものの中で観てこそ面白いんじゃないでしょうかね。ともかく、今回の大星由良助は、新幹線で駆けつけても観ておく価値がありますよ」

 赤穂浪士の討ち入りは、1702(元禄15)年の12月14日忠臣蔵は1年の締めくくりにふさわしい演目でもある。

團十郎襲名の『助六』に世代交代を観る

「團十郎襲名は、歌舞伎界最大のイベントです。私は1985年の十二代目團十郎襲名公演と今回の十三代目襲名を観られてよかったと思っています。たぶん、人生で2回ぐらいしか立ち会えないですから。

 襲名の挨拶をする口上で、『にらんでご覧にいれます』といって見せる『にらみ』は、昔から見た人の厄落としになると言われています。新・團十郎の『にらみ』もまさに錦絵のようで、引き込まれました」

 2022年11月と12月に歌舞伎座で行われた十三代目市川團十郎白猿(46歳)襲名披露「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」では、花魁・揚巻(あげまき)を女形の頂点、坂東玉三郎(73歳)と尾上菊之助(46歳)、中村七之助(40歳)がつとめた。

 今年の南座12月の夜の部では、中村壱太郎(かずたろう・33歳)と中村児太郎(29歳)というぐっと若い女方が、同じく花魁・白玉との役代わりで演じている。

「團十郎襲名という大舞台の揚巻を、もう壱太郎と児太郎が!?と驚きました。二人とも故・坂田藤十郎の孫であり中村鴈治郎の息子、故・中村芝翫の孫であり中村福助の息子という文句ない御曹司で、20年後に揚巻を演ることになるのは当然ですが。今度は若い揚巻を相手に、團十郎がどんないい男・助六を見せるのかお手並み拝見でしょう。

 助六では、いつも『福山かつぎ』を誰が演るかというのも話題になります。色街吉原に刹那的に生きる、ミニ助六のようなもうけ役。歌舞伎座では團十郎の息子・新之助(10歳)が演っていましたが、今回は中村隼人(30歳)。そして、幕開きの口上は、なにしろ美形の市川染五郎(18歳)。人気の二人の旬の輝きも観ておきたいところでしょうね」

 

開演前も終演後もたのしみが

 夜の部は午後3時45分開演、終演が午後8時30分頃になる。

「私は新幹線京都駅に着いたら『晦庵河道屋(みそかあん かわみちや)』に直行して、にしんそばを食べてから行くのが定番コース。渋滞がひどいようなら、南座の近くの有名そば屋に入る手もありますが。何人かでしっかり食べたいというときには、中途半端な時間に開いている料理屋が少なくて困るけど、ずっと営業していて助かるのが河原町駅に近い『鳥彌三(とりやさ)』ですね」

 坂本龍馬も好きだったという、独特の鶏がらで取った白いスープがくせになる名店だという。

「終演後には『蛸長(たこちょう)』のカウンターでおでんをつつくのもいいんですが、閉店が早いんであわただしい。南座は四条河原町のど真ん中ですから、近くにおばんざいの店もたくさんあります。翌朝、錦市場で甘鯛の干物や黒豆、京野菜なんかを買い込んで帰るのも、師走のコースとしてなかなかいいですよ」

玉三郎はなぜ「天守物語」富姫を演らないか

 時代の移り変わりを感じさせるといえば、12月の東京・歌舞伎座歌舞伎座新開場十周年 十二月歌舞伎」(12月3日~26日、※休演・貸切日あり)も同様だ。

「天守物語」は、1977年に坂東玉三郎主演で舞台化され、大好評を博した。現実と幻想が交錯する泉鏡花の世界は玉三郎の独壇場で、何度も再演されてきている。今回は玉三郎が、自身の代名詞のような富姫役を、中村七之助にやらせて、自分は脇に回っているのも、歌舞伎ファンが感じ入るところなのだという。

「玉三郎は梨園に生まれたわけではない。後ろ盾となるべき養父の守田勘彌は女形でなかったし、玉三郎が20代の時に亡くなってしまいました。若い頃はそりゃあきれいで大人気になったから、周囲からの風当たりが強いというのは、配役を見ているだけでも分かったものですよ。芸を学ぶのにも苦労したはずです」

 しかし、舞台人生の終幕が近づいてくる今、自身に子のない孤高の女形は、家にこだわらず若手たちに芸を伝承しようとしている。

「やはり当たり役の『娘道成寺』を、あえて『二人道成寺』として二人で踊ったり、『五人道成寺』として五人で踊ったりしているのも、その表れでしょう。今回の『天守物語』には、盟友であり早逝した故・中村勘三郎の次男である中村七之助にこの役を伝えたいという決意を感じます」

 演出は玉三郎。その思いが観られるはずだという。

 昼の部では「超歌舞伎 今昔饗宴千本桜(はなくらべせんぼんざくら)」。歌舞伎と「ボーカロイド」が融合し、中村獅童初音ミク主演で若い世代の観客を動員し続けている超歌舞伎が、とうとう歌舞伎座で上演されるのも話題だ。

新年には松の内に初芝居を

 師走には京都の顔見世、お正月はできれば松の内に初芝居、というのが、歌舞伎をたのしむ正しい年末年始だ。

歌舞伎座は、やたらと立派な門松や鏡餅、餅花なども飾られて、まさに正月気分が味わえる。和服客も多いし、日本髪の女性が見られることもある特別華やかな空間です」

 ちなみに、歌舞伎は毎年1月2日に幕が開く。NHKが初芝居を中継するので、観てから1月の劇場に行くのもいいという。

「古いしきたりが残っていて、礼儀にうるさい世界ですからね。歌舞伎界の年始のご挨拶回りは元旦と決まっていて、役者からお囃子連中まで、朝からたくさんの車が都内のガラガラの道を飛ばしてすれ違ったりするそうです」

 

浅草歌舞伎は世話物をたのしむ

 毎年、1月の東京・浅草公会堂は、若手をメインとしている。2024年の「新春浅草歌舞伎」(1月2日~26日、※休演日あり)は、尾上松也(38歳)を座頭に、次代をになう顔ぶれでの初芝居となる。

 古谷さんも、浅草の観音様に初詣してから向かう予定だ。

「第1部の『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』、第2部の『熊谷陣屋(くまがいじんや)』は、本格的な時代物に、若い世代を挑戦させるというところでしょう」

 ビギナーでもたのしめるのは、1部、2部ともにわかりやすくてストーリーも面白い世話物の演目だと古谷さんはいう。

「第1部の『与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)源氏店(げんやだな)』は、春日八郎の『お富さん』の歌でも有名ですよね。中村隼人演じる与三郎の『いやさお富、久しぶりだな』と始まる七五調名台詞が聴きどころです。

 第2部の『魚屋宗五郎(さかなやそうごろう)』は、これまた世話物の名作で、作者は河竹黙阿弥。尾上松也がしっかりたのしませてくれると思います」

 浅草界隈は名店やB級グルメも多く、食べ歩きもたのしい。

「浅草公会堂の手前にあった老舗喫茶店アンジェラス』が閉店したのが残念なんですが。私は『弁天山美家古寿司』がひいき。慶応2年創業のこの店に30年前から通っていましてね。先代の四代目は名人で……、なんて言っちゃうのが『菊吉(きくきち)じじい』なんだけど」

「菊吉じじい」とは、「死んだ六代目菊五郎のは良かった」「初代吉右衛門は、若い頃もこんなもんじゃなかった」と、昔の名優と比較して今の役者の舞台にいちいち文句をつける年配の歌舞伎愛好家のことを指していう。

「『美家古寿司』当代の親方が握る寿司は、江戸前の仕事をしっかり受け継いでいて、私も文句はつけませんよ。まあ、『菊吉じじい』をやるのも歌舞伎のたのしみのひとつなんで、仁左衛門・玉三郎を観ておき、若手の今を観ておくと、いい老後の備えになると思いますね(笑)」

 

※情報は記事公開時点(2023年12月14日現在)。

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