『つい人に話したくなる名画の雑学』(ヤスダコーシキ/KADOKAWA)第1回【全7回】

「昔の風俗をつぶやくよ」ことヤスダコーシキ氏が、落ちついた語り口をベースに、独自の解釈をネットスラングなども用いてわかりやすく絵画を解説。
名画のモチーフや当時の背景、作家の人生など、絵画にまつわる雑学を誰でも楽しく知ることができます。軽妙で読みやすい文章は、長文でもさらっと読めるほど。ヤスダコーシキワールドに惹き込まれれば、あっという間に1冊を読破してしまいます。
読後感は「おもしろかった!」と充実したものになること確実。絵画に興味がある人はもちろんのこと、絵画に対してハードルが高いと感じている人や、長文が苦手な人でも楽しめる1冊です!

アンリ・ルソーは“ヘタうま”だった!? 世界の名画に潜む知られざる雑学

つい人に話したくなる名画の雑学
『つい人に話したくなる名画の雑学』(ヤスダコーシキ/KADOKAWA

つい人に話したくなる名画の雑学
1825~1826年頃 油彩、キャンバス 350×255㎜ ティッセン・ボルネミッサ美術館スペインマドリード)

これぞ元祖NTR(寝取られ)

『愛人を見せるオルレアン公』

ウジェーヌ・ドラクロワ 【フランス 1798~1863年】

恐ろしいまでにゲスい修羅場を描いた問題作

 NTR(寝取られ)という単語がネットに氾濫していますが、これぞまさに元祖NTRかもしれません。

 シーツをペロッとしているのは、14世紀の人、オルレアン公ルイ1世。下半身を露出され恥ずかしそうなのは、愛人マリエットです。そして卑猥な光景に戸惑っているのは、彼の侍従のオーベール。ここまでなら貴族の卑猥な悪戯というところですが、実はこれ、悪戯なんていう可愛いレベルじゃありません。

 この真っ裸の女性マリエットは、ルイ1世の愛人であると同時に、侍従オーベールの妻でした。つまりルイ1世は夫に向かって「これだーれだ?」と妻の下半身を見せた訳です、恐ろしいまでにゲスいですね。

 この問題作を描いたドラクロワは、フランスを代表するロマン主義の巨匠。『民衆を導く自由の女神』は知らない人がいないでしょう。見た事がある人も多いのではないでしょうか。

 アカデミックな作品が多いと思われがちな彼ですが、意外と砕けた、というか世俗的な画題にも取り組んでいた事がうかがえます。

情熱の追求

 ドラクロワは自由と情熱を求めるロマン主義の画家とカテゴライズされています。堅苦しく完璧を求める新古典主義とは一線を画していた訳です。そんな彼に強い影響を与えたと言われるのが同時代の詩人バイロン。彼の自然で自由な詩とその情熱的な生活は、ドラクロワの創作意欲を強く刺激しました。

つい人に話したくなる名画の雑学
1908年 油彩、キャンバス 1003×803㎜ ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(アメリカ、ニューヨーク

ヘタな絵に見えて、実は……

フットボールをする人々』

アンリ・ルソー 【フランス 1844~1910年】

四人いるはずなのに顔と髪型は2種類だけ?

 おっさんたちが無邪気にキャッキャウフフしているのは、今で言うラグビーです。

 四人いるのですが、登場人物の顔は髭と丸刈りの2種類だけ。そして何だか人物の足が、少し宙に浮いているように見えます。身も蓋もない表現をすれば、「ヘタな絵」となるのでしょうが、芸術とはそんな単純なものではありません。

 ルソーは絵画の教育を正式には受けていない素人画家で、今風に言えばアウトサイダーアーティストとなります。本業は税関の職員で、大部分の作品は引退後に描かれたようです。人物は正面を向いており、遠近感はほぼ皆無。技術的には稚拙とも見えますが、実はゴーギャンやピカソなど、天才と言われる芸術家に高く評価されていました。

 確かに独特な色遣いや緻密な樹木の葉の描写は唯一無二で、ジョルジュ・ブラックやピカソが創ったキュビスムの先駆だったのではとの意見もあります。いわゆる玄人受けする画家だった訳ですね。

ルソーの夜会

 素人画家ルソーの絵はお世辞にも上手いとは言えません。生前、彼の作品は完全にイロモノ扱いで、ギャラリーではイジり倒される存在でした。しかしそんなルソーの中に芸術的才能を見出したのがピカソピカソは1908年、自分のアトリエにルソーを招待し、彼を褒めたたえる夜会を開いたのでした。これによりルソーは絵画界に多少認知される事になりました。

つい人に話したくなる名画の雑学
1791年 油彩、キャンバス 460×680㎜ ルーヴル美術館フランス、パリ)

ソクラテスって面倒見が良かったみたい

『「快楽」の抱擁からアルキビアデスを引き離すソクラテス

ジャン=バティスト・ルニョー 【フランス 1754~1829年】

モテる放蕩息子と父のコントっぽいけど……

「またこんな所で油売っとるんか。行くぞ」「堅いこと言うなよ〜」

 なんて会話が聞こえてきそうです。これは放蕩息子と父のコントでなく、哲学者ソクラテスとその弟子アルキビアデスです。アルキビアデスは、アテナイの政治家。頭が切れる上に超美男で細マッチョ。男女問わずモテモテの方でした。彼は放蕩生活しがちで、師匠ソクラテスが心配してアルキビアデスを娼館にお迎えに行く、という構図の絵画がいくつも描かれています。ただ、ソクラテスは性にかなり寛容なタイプの哲学者だったようですので、実際はアルキビアデスの放蕩も大目に見ていたのではないでしょうか。

男爵位を贈られたパリ生まれのエリート画家

 ルニョーは、神話と古代史を主な画題とした重厚な画風のアーティスト。ギリシャ芸術を規範とした新古典主義の画家でした。パリの王立アカデミーで教鞭を執り、様々な美術的功績から男爵位も贈られています。

ゲスすぎる元祖寝取られを描いた問題作。14世紀に描かれた寝取られ現場の絵が笑える/つい人に話したくなる名画の雑学①