台湾の名作映画を紹介する上映イベント「TAIWAN MOVIE WEEK」が10月に開催されるなど、近年盛り上がりを見せている台湾映画をWEBザテレビジョンで大特集。本記事では、ウイルス感染により封鎖された病院での群像劇を描くパニックスリラー「疫起/エピデミック」、台湾ホラーブームの火付け役ともいわれる「紅い服の少女 シリーズ」、人間の恐ろしさを突きつけられるスプラッタホラー「怪怪怪怪物!」から見る、台湾ホラーの恐怖の源泉と魅力にせまる。

【写真】ウィルスが引き起こすパニック映画“疫起/エピデミック”

■ウイルス感染の恐怖!実際の病院封鎖事件をもとにした「疫起/エピデミック」

今年2023年に公開された本作は、得体の知れないウイルスとともに、病院スタッフ、患者、見舞い客などが病院のなかに閉じ込められてしまうパニック系のスリラー映画だ。2003年の台北で実際に起きた、SARSの院内感染にともなう病院封鎖事件をモチーフとしている。エピデミックというのは、感染症の流行の段階を示す言葉で、アウトブレイクよりも段階が進んで、より広い地域に感染が拡大している状態のことを指す。さらに感染が広がって、世界的な流行となった段階がパンデミックだ。

物語は、胸部外科医のシア(ワン・ポーチエ)がややフライング気味に夜勤を終えてタクシーに乗り込むところから始まる。5歳になった子どもの誕生日を祝うためだ。しかし、彼の勤務時間内ギリギリに急患が搬送されてきたと連絡が来て、シアは病院へと呼び戻されてしまう。手術を終えて今度こそ帰ろうとした矢先、出入口にシャッターが下ろされた。

何の事前情報も告知もないまま、そのほかの出入口も警察によって封鎖され、医師や看護師をはじめとする病院スタッフ、患者やその家族など大勢の人たちとともに、病院に閉じ込められることになったシア。この病院でSARSの院内感染が拡大している可能性があるとして、感染者を外に出さないための封じ込めが行われたのだ。

致死性の高いウイルス、感染者が特定できていないという緊迫感、封鎖がいつまで続くのかわからない閉塞感のなかで、院内は次第にパニック的な様相を呈していく。すぐにでも娘のところへ向かいたいシア、仕事熱心な看護師のタイホー(ツォン・ジンファ)や彼の恋人で研修医のリー(クロエ・シアン)、スクープを狙う入院患者の記者ジン(シュエ・シーリン)など、さまざまな人物の思いや葛藤を描く群像劇だ。登場人物たちがどのように窮地に立ち向かい、どのように決断・行動をしていくのか、極限状態でどのようにパニックは起こるのかというリアルな描写が見どころとなっている。

都市伝説から生まれた台湾ホラーブームの火付け役「紅い服の少女 シリーズ」

台湾の有名な都市伝説をモチーフとした「紅い服の少女 第一章 神隠し」(2015年)は、台湾ホラー人気の火付け役といわれている作品。続編として、「紅い服の少女 第二章 真実」(2017年)がつくられている。監督を変えて「人面魚 THE DEVIL FISH」(2018年)というスピン・オフ作もつくられたほどの人気シリーズだ。

「紅い服の少女」という都市伝説は、台湾の心霊番組に投稿された1本の動画がもとになっている。ハイキングを楽しんでいるごく普通の家族の映像に、実は家族ではない紅い服の少女が映りこんでいたというものだ。その数日後、家族の1人が謎の死を遂げているというから恐ろしい。20年以上前にこの番組が放送されて以来、この動画からさまざまな憶測と都市伝説が生まれてきた。

台湾では、山には魔神仔という妖怪もしくは精霊がいるという言い伝えが残っている。山に入り込んだ人間にいたずらを仕掛け、連れ去ったり、虫などを食べさせたりするという。紅い服の少女は魔神仔なのではないかとも言われており、本作でもその説がとられている。

第1章では、祖母と2人暮らしをしている青年ジーウェイ(ホアン・ハー)とその恋人でラジオDJのイージュン(アン・シュー)の周りで次々と神隠しが起こる様が描かれた。ジーウェイの祖母の友人が山でハイキングをしている最中に行方不明になったのを皮切りに、祖母、そしてジーウェイ自身も失踪してしまう。祖母の失踪時にジーウェイのもとに送られてきたカメラには、ハイキングをする老人たちについてくる"紅い服の少女"の姿が映っていた。イージュンは魔神仔の仕業ではないかと疑うが……。

第1章で悪霊のような存在として登場人物たちと観客を恐怖に叩き落した紅い服の少女だが、第2章ではなぜ彼女が生まれたのかという秘密が明かされる。第1章・2章を通した見どころは、紅い服の少女が引き起こす怪奇現象のすさまじさ、肌にヒタヒタと恐怖が染みてくるような不気味さだ。加えて、第2章は感動的な家族ドラマとしての魅力も備えている。ぜひ、第1章・2章を通して見てみてほしい。

■怪物よりも人間の所業に身の毛がよだつ問題作「怪怪怪怪物!」

「あの頃、君を追いかけた」などで知られる、台湾の人気作家であり映画監督であるギデンズ・コーが手掛けた2017年公開のスプラッタ―ホラー。人とは、怪物とはという概念を覆す、衝撃的なストーリーが展開される。

主人公は、学校の不良たちからいじめにあっているリン(トン・ユィカイ)だ。クラス費を盗んだという疑いをかけられた彼は、独居老人たちが住むアパートでの奉仕活動を命じられてしまった。しかも、いじめの主犯格であり、クラス費を盗んだ本当の犯人でもある不良たち3人組も同行するという。彼らはボランティアにいそしむどころか、老人たちに横暴をはたらいた挙句、金品を目当てにリンも引き連れて夜中にアパートに忍び込む。

そこで2匹の怪物と遭遇してしまった彼らは、1匹を捕獲して学校の一角にある地下室に監禁することになる。怪物に対して、不良たちは実験という名の壮絶ないじめ・虐待を行う。リンは怪物に同情しながらも、不良たちに何も言えずにいた。一方、捕獲されなかったもう1匹の怪物は、姿を消した怪物を必死で探していたが……。

見ていくうちに、人間と怪物のどちらが本当の怪物なのかという思いにとらわれる。怪物たちは確かに不気味な見た目をしていて、人間を食す恐ろしい存在だ。しかし、残虐な行いをする不良たちの姿こそ、次第に怪物以外の何物でもないように見えてくる。教師やクラスメイトたちのふるまいも同様だ。そして、いじめを受けているリンも、単なる被害者という立場にはおさまらない。ほかのいじめられっ子を見下し、老人たちをいたぶることに密かに愉悦を感じ、ひどい扱いをされている怪物に同情しながらも何もできずにいるのである。

日本でもリメイクされた青春映画「あの頃、君を追いかけた」の甘酸っぱさは欠片もない本作だが、実はクラス費が盗まれるという事件が起きる点は同じだ。2作におけるその後の正反対ともいえる展開を見るに、クラスメイトを疑いたくないと考える光の部分も、弱者に責任を押し付けようとする闇の部分も、人の心には同時に存在していて、光と闇、人間と怪物の境界線は案外あいまいなのだと感じる。スプラッター描写や、衝撃的なラストももちろん見どころなのだが、自分は人間なのか、怪物なのかと問いかけられているようなストーリー展開に注目して見てほしい。

■ホラーという枠におさまらない台湾ホラーの魅力

今回紹介をした3作に共通しているのは、単純なホラーという枠におさまらず、それでいて見たものを恐怖に陥れていくという点だ。

例えば「疫起/エピデミック」は、記者とともにシアが感染者特定の調査をしていく過程はサスペンスでもあり、婦長である母親に会いに来た幼い少女とシアの忘れ物を届けに来て封鎖に巻き込まれた気のいいタクシー運転手の交流シーンなどはヒューマンドラマでもある。ほかの2作のように、怪奇現象が起きたり、恐ろしい姿をした怪物が現れたりすることもない。

だが、目に見えないウイルスという“怪奇”に脅かされ、「SARS感染者の看病は嫌だ!」とストライキを起こす看護師や、疑心暗鬼にかられて、感染者に接触した「かも」しれない仲間をSARS患者の隔離病棟勤務へと送り出す医療スタッフのような"怪物"も登場する。単純明快なホラーではないが、人々の心に巣食う恐怖が自身を怪物へと変えてしまうホラーであるように思う。

明確な怪奇現象や妖怪が登場する「紅い服の少女 シリーズ」も、ホラーであると同時に謎解きのサスペンスでもあり、家族間の愛を描く感動ドラマでもある。同じく、「怪怪怪怪物!」も明確なホラーではあるものの、いじめや差別といった人間の残酷さに深く切り込んだ社会派の人間ドラマだともいえるだろう。そして、この2作もまた、怪物を生み出すのは人間であるのだ。

台湾ホラーは人の心や絆といったものをベースとした作品が多く、それゆえに単純な恐怖やホラーという枠にはおさまらない作品が多い。恐怖であれ、愛であれ、執着であれ、劣等感であれ、信心であれ、怪物を生み出してしまうのはいつも人の心なのではないかと、これらの作品は訴えかけてくる。私たちの心にもそうした怪物の種が潜んでいるからこそ、台湾ホラーは恐ろしく、そして抗いがたい魅力を放っているのだろう。

紅い服の少女 第一章 神隠し/※提供画像