いくら仲の良い親子であっても、「お金」が絡むとトラブルに発展するケースは少なくありません。夫婦2人で悠々自適な老後生活を送っていたA家は、娘の出戻りによって「破産の危機」に陥ってしまったのでした。平穏な老後生活を脅かす“思わぬリスク”とその対応策について、牧野FP事務所の牧野寿和CFPが、具体的な事例をもとに解説します。

年金月30万円…悠々自適に暮らす70代夫婦に“嵐襲来”の予兆

Aさん(76歳)と妻(74歳)は、夫婦で老後を楽しんでいました。住宅ローンは定年前に払い終え、2人の子はどちらも結婚。心配事も少なく、平穏な毎日です。

Aさんの年金受給額は252万3,600円(月額21万300円)、妻が111万9,900円(月額9万3,325円)、合計364万3,500円(月額30万3,625円)です。一方、毎月の支出は25万円。老後も毎月5万円は貯めることができ、そのお金で旅行に行くなど、悠々自適な生活を送っていました。

※ 75歳以上の実収入は23万5,223円、消費支出は22万810円。(総務省「家計調査年報(家計収支編)2022年(令和4年)結果の概要」二人以上の世帯のうち65歳以上の無職世帯の家計収支より)。

また将来介護が必要になった時のための費用を含め、現在約1,200万円貯蓄しています。さらに、毎年20~30万円は貯蓄残高が増えていました。

※A夫婦は、身内を介護した人の話やメディアの情報などから、介護に要する平均費用を月々の費用8万円、介護の期間を5年として、8万円×5年間=480万円。480万円×2人=960万円。夫婦の介護費用を約1,000万円と見積もっていた。

そんなある日、Aさんは自宅の階段を踏み外して転倒。命に別状はなかったものの、右の足首を骨折して50日入院しました。退院後もしっかりとリハビリに通ったことで、幸いほぼ以前のように歩けるまで回復したそうです。

ただ、転倒する前から自宅の急な階段がツラくなっていたことや、夫婦2人で住むには少し広すぎることなどから、Aさんは入院中、自宅の売却を検討しはじめました。また、その話は見舞いに来た妻と長女(37歳)にも伝えていました。

長女が離婚して帰ってきた

Aさんが退院してしばらく経ち、普段の生活が戻ってきたと思った矢先、長女が離婚。10歳の孫を連れて実家に戻ってきました。

長女「お父さん、お母さん、ごめんなさい……少しの間だけ、実家に住まわせてください」

夫婦「もちろんだよ。落ち着くまでいればいいさ」

夫婦は、娘夫婦に何があったか聞くことはなく、落ち着けば帰っていくだろうと思い、とにかく娘を休ませようと思ったのでした。そのため、入院中から検討していた自宅の売却はいったん保留に。

しかしこの選択が、A夫婦と娘の“修羅場”を生むきっかけとなったのです。

長女の“豹変”ぶりに、唖然とするA夫婦

「少しの間だけ」といっていた長女でしたが、いざ一緒に住み始めると振る舞いが一変。孫の世話は両親に任せっきり、家事の手伝いはなにもしない、仕事に就く気配もない……。

さらに、2人での生活では十分だった年金も、4人での生活となると話は別です。貯蓄から切り崩す日々が数ヵ月続きました。そのようななか、今後の家計が心配になった夫婦は、知り合いの筆者に相談にみえたのでした。

夫婦から話を聞いた筆者は、さっそく夫婦の今後の家計を試算してみました。毎月収入は今までと変わらず、年金収入の月額30万3,625円。毎月支出は娘子で15万円増えるとします。

※ 片親と未婚の子供から成る世帯の内、18歳未満の子供のみの世帯の消費支出額は231,859円(総務省「2022年家計調査世帯分類型別」より)となっているのを参考に、筆者は夫婦と同居している娘孫の毎月の支出額を、孫の教育費を除き15万円として試算した。

このまま夫婦と娘孫が一緒に生活して、娘がまったくお金を入れないと、Aさんが85歳ごろには、A夫婦の貯蓄も底をつきます。またその頃には、孫は大学受験を迎えます。

娘は「実家に入れるお金があるのなら、そもそも帰ってきていないわよ」と、今後もお金を入れるつもりはなさそうとのこと。

筆者は、「このまま同居して生活を続けるかは、ご家族で決めることです。しかし、今のままでは将来困るのは娘さん自身です。またご両親の生活は、今後お孫さんの教育費も必要になり、困るどころか破産しかねません」と話しました。

そして筆者は、A家の問題を解決するために3つの提案をしました。

1.筆者が試算した今後の家計収支の内容を娘に話す

2.「子育て・生活支援策」、「就業支援策」、「養育費確保策」、「経済的支援策」と、ひとり親家庭の支援をしてくれる「ひとり親家庭就業自立支援センター」が各市町村に設置されているので訪問してみる

3.娘の自立を促すためにも、同居を解消する

爆発した母と号泣する娘…A家の結末は

そこで、夫婦が家計の現状を、筆者が作成した試算表も参考に娘に説明したところ……。

娘「お父さんとお母さん、引っ越したいって言ってたよね。この家は私が責任をもって守るから、2人でアパートに引っ越したら!」と言いました。

すると、普段は温厚な妻が大激怒!

妻「もう限界。孫は可愛いけれど、このまま同居しておくのはあなたにとっても私たちにとっても良くない。悪いけれど、出ていってください」と言い放ったのです。

娘が、温厚な母から怒鳴られおどおどしているところに、「引越し費用として50万円渡す。引越し先は探してあるので今すぐにでも出ていっておくれ」と、Aさんが諭すようにいいました。娘はその場で泣き崩れました。

実は、夫婦はすでに、自宅から数分のところにアパートを見つけ、娘孫が住むようにAさんが保証人になって借りていたのです。

その後、夫婦は筆者の事務所を訪れて、次のように話してくれました。

娘は数日後、両親が探したアパートに孫と一緒に引越しました。

また地元自治体が運営する「ひとり親家庭就業自立支援センター」に行き、さまざまなひとり親世帯の親や子どもへの支援内容を教えてもらい、安心したのか落ち着いたようです。娘も内心は心細かったのでしょう。そして、勤め先も決めたそうです。

この報告をするため、娘から「そっちに行ってもいい」と遠慮がちに連絡があり、娘が夫婦のところにやってきたそうです。

そして娘から「子どもは私ひとりで育てる。だけど、私が仕事から帰ってくるのが遅くなる日は子どもの面倒を見てほしい」と頼まれ、夫婦はもちろん毎日でも見るよと快諾しました。

また、「今回は迷惑をかけてごめんなさい」と謝り、「50万円は少しずつ返します」とも言ったそうです。

妻は「娘に対して、あれほどストレートに声を荒らげることができるとは、自分でもびっくりでした。でも、しっかり伝えられてよかった」と笑顔で話してくれました。

牧野 寿和

牧野FP事務所合同会社

代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)