世帯年収が比較的高い家庭では、「まわりも受けるしわが家も」と、あまり深く考えずに子どもを私立中学へ進学させるケースがあるのではないでしょうか。親心として「子どもに良い教育を受けさせたい」と考えるのは当然ですが、自らの老後を考慮した慎重なプランニングが大切です。本稿では、独立系FP事務所yourFPの伊藤寛子氏が、「年収1,000万円」の世帯を例に挙げ、私立中学への進学のお金事情について解説します。

進学パターン毎にかかる教育費の実態

家計のなかでも教育費は「聖域」と呼ばれることが多いですが、住宅費や老後資金といったほかのライフイベントへの影響も考慮し、どこまでのコストをかけられるのか、冷静な判断が必要です。

公立または私立、いつから私立へ進むのかの進路選択によってかかる費用は大きく異なりますが、具体的なシミュレーションを行う前に、教育費の目安額についてみていきます。まず、学習費の内訳としては「学校教育費」と「学校外活動費」(+「学校給食費」)が挙げられます。それぞれの項目は次の通り。

【学校教育費】 授業料、教材費、学校納付金、通学関係費、教科外活動費など 【学校外活動費】 補助学習費(自宅学習・学習塾・家庭教師など)、習い事費など

次に小学校から高校までの進学パターンごとの子ども一人当たりの学習費(保護者が子どもの学校教育及び学校外活動のために支出した経費の総額)について、文部科学省令和3年度子供の学習費調査の結果について』を元にみていきます。

小学校から私立を選択するケースでは、大学進学までの学習費は1人当たり1,700万円以上。小学校から私立を選択できるのは、かなり世帯年収が高い家庭に限られそうです。ここでは、中学校以降の進路で私立を検討する家庭を例に挙げ、シミュレーションを行ってみます。

世帯年収1,000万円で子どもの私立中学進学は可能か?

例に挙げるのは、30代後半のサラリーマン世帯。世帯主の年収は800万円、妻のパート収入を合わせて、世帯年収は1,000万円ほどです。2人の子どもはともに公立小学校に通っていますが、上の子の進学時期が目前に迫っています。

会社勤めの場合、支払われた給与のうち、社会保険料や税金を差し引いた手取りとして実際に手元に入ってくる額は、額面給与のおよそ75~85%になるといわれています。世帯年収が1,000万円だとすると、個人事業主か会社勤めか、家族構成によっても異なりますが、手取りは750~850万円程度。ボーナスなしで考えると、ひと月の手取り額は62.5万円程度というのが目安です。

総務省が公表する家計調査や一般的な平均値を参考にすると、世帯年収1,000万円の生活レベルにおける毎月の生活費の目安は下記の通り。

<支出> 家賃(住宅ローン):15万円 食費 :9万円 水道光熱費:2万5,000円 家具・家事用品:1万円 通信費:1万5,000円 交通費:1万円 被服:2万円 趣味娯楽・交際費:6万円 保険:3万円 教育費:6万円(子ども2人・公立小学校) 車両費:2万5,000円 その他:1万円 合計50万5,000円

手取り額から支出を差し引くと、毎月12万円程度貯蓄または資産形成へ回すことができる計算です。ただし、税金の支払いや突発的な支出などにより、すべて予定通り貯蓄できるとは限りませんので、1年間の貯蓄額は100万円程度になりそうです。

現在は子どもが2人とも公立小学校へ通っているため、1ヵ月の教育費は3万円×2人分で6万円です。公立中学校・高校または私立中学校・高校へ進学した際の月の教育費の目安は、前述のデータより以下の金額となります。

公立中学校:4.5万円  私立中学校:12万円 公立高校:4.3万円  私立高校:8.8万円

上の子どもが私立中学へ進学した場合、教育費は現状の2.5倍になり、貯蓄に回っていたお金がちょうど教育費へ置き換わる計算になります。2人とも私立へ進学すれば毎月の赤字額は6万円に上ります。

このシミュレーションでは、前述の調査結果を元にした平均値を使用していますが、中学受験のための塾代は小学校4~6年生の3年間で130万~270万円程度ともいわれ、教育費がさらに上振れする可能性も。また、車の買い替え費用や住宅の修繕費などの特別支出も想定されるため、別途貯蓄による備えが必要です。

大学を卒業するまで、教育費負担は増す一方です。一時的な費用には貯蓄を取り崩すことで対応できますが、常に生活費が赤字になるような場合、将来の家計へのしわ寄せが大きくなるため、私立への進学を考え直す必要があるでしょう。

今回のケースでは、中学から私立へ進学した場合、上の子どもが中学へ入学してから下の子どもが大学を卒業するまでの間、貯蓄はできず、むしろ貯蓄の取り崩しが発生せざるを得ない状況が続くことが想定されます。下の子どもの大学卒業後に老後資産形成を始めようと思っても、定年後の給与水準の低下に加え、住宅ローン返済も続くことなどから、老後にはかなりの不安を残すことになります。

一方で、親心からすれば子どもの選択肢や可能性は広げてあげたいもの。教育費を確保するための対策の1つは、家計の見直しです。通信費や保険といった固定費を中心に、必要以上に支払っている支出を適正化し、資産運用を行いましょう。教育費だけでなく、老後資金対策にもつながります。

2024年からは新NISAがスタートします。これまでのNISA制度に比べて投資可能額が大幅に増え、非課税期間も無期限になるため、さらに資産運用効果を得られるようになります。資産運用は行う期間が長いほど効果も大きくなりますから、早めにスタートすることをおススメします。

住宅費や老後資金を含めた「ラインプラン」の作成を

今回は、世帯年収1,000万円で、子どもの私立中学進学は可能か、という視点でシミュレーションを行いました。

もちろん、勤め先からの収入以外にも貯蓄や金融資産、祖父母などからの教育資金援助など、教育費の出所はほかにもあり、それらは各家庭の状況により異なります。総合的に判断するためには、お金の流れの全体像を把握することが欠かせません。

「子どもの私立進学」以外にも、叶えたいライフイベントはいくつもあるはずです。教育費だけではなく、住宅費や老後資金も含めた現時点のライフプランを作成することで、子どもの進学先について、正確な判断ができることでしょう。

(※写真はイメージです/PIXTA)