近年人気と知名度を高めつつある台湾映画。10月には台湾映像フェス「TAIWAN MOVIE WEEK(台湾映像週間)」も開催され、盛り上がりを見せた。そんな中、ザテレビジョン編集部では、注目すべき台湾映画の特集を展開中。今回は、台湾の映画賞「台北電影獎」で2023年最多13部門にノミネート、最優秀監督賞・最優秀主演男優賞をはじめ5部門で受賞を果たした「疫起/エピデミック」を紹介する。未知のウイルスと闘う人々の葛藤をリアルに描いた傑作。本作の見どころを考察と共に振り返る。

疫起/エピデミック より

■事態を把握できないまま院内に閉じ込められる人々。迫りくるウイルスの恐怖でパニック状態に

本作は、2003年に実際に台湾で起きたSARS(重症急性呼吸器症候群)の集団院内感染による病院封鎖を基に制作されている。

主人公の外科医・夏正(ワン・ポーチエ)は、仕事を終え娘の誕生日を祝うためにタクシーで帰宅を急ぐ。しかし、帰宅途中に交通事故の患者が運び込まれたと連絡を受け、仕方なく病院へ戻るのだった。無事に手術を終えた夏正がいざ帰宅をしようとすると、病院の入り口には大勢の警察官が。あっという間に入り口のシャッターが降ろされ、その場に居合わせた大勢の医者・看護師・入院患者・見舞客が院内に取り残されることとなった。

テレビのニュースでSARS感染者が出たらしいと知る人々。真相は上層部が隠しており、院内はパニック状態となる。そんな中、入院患者であり記者の金有中(シュエ・シーリン)と夏正は感染者が誰なのか、感染源はどこかを特定するために院内を調べ始める。

一方、看護師と研修医であり恋人同士でもある安泰河(ツェン・ジンホア)と李心妍(クロエ・シアン)はパニック状態の院内であっても、毅然と立ち振る舞い患者たちを励まし続ける。だが、彼氏の安泰河が感染患者を隔離しているB棟へと行くことになってしまい……?

■「台北電影獎」最優秀主演男優賞受賞、主人公の葛藤を見事に表現したワン・ポーチエの演技力

監督は『悪との距離』や『茶金 ゴールドリーフ』など数々のヒットドラマを生み出したリン・ジュンヤン。台湾の映画賞「台北電影獎」で2023年最多13部門にノミネートされ、さらには最優秀監督賞、主演男優賞、美術設計賞、視覚効果賞、特殊メーキャップ賞を受賞した本作だが、その理由は見てもらえれば分かるはずだ。台湾の人が忘れてはいけないと胸に刻む社会テーマを上手く映画という形に落とし込んでいる。また、近年世界的に猛威を振るった新型コロナウイルスの影響もあり、私たち日本人でも遠い世界の出来事ではなく、我が事のように感じられるはずだ。そして、たった数年前にもこのように未知のウイルスに立ち向かっていた医療従事者の人々がいるということを思い知らされる。

主人公の夏正を演じるワン・ポーチエは、この作品で台北電影獎の主演男優賞を受賞した。物語の序盤では、“患者のため”というよりも“仕事として”患者と向き合い手術をしているようにみえる彼。病院が閉鎖された後も、家族のもとに一刻も早く帰りたいと、自分のことしか頭にない。しかし、どんな状況下であっても「命を救うのが仕事だ」と奮闘する安泰河と李心妍ら看護師・医師たちの姿を見て、使命感が芽生えはじめる。それでもやはりウイルスは怖く、恐怖と使命感のはざまで心が揺れ動く。そんな感情のゆらぎを正確に演じてみせている姿は素晴らしい。

■ドキュメンタリーのようなリアルさと一瞬も目が離せない緊張感

派手な演出やストーリーの意外性はない。しかし、豪華俳優陣の演技力と監督の手腕により徐々に迫ってきているであろうウイルスに対する恐怖、SARSの感染が分かった時の絶望、人を救えなかった後悔、すべての感情が手に取るように分かるほど、丁寧に、そしてリアルに映し出されている。

同じ病院内にいるはずなのに、遠く離れてしまった安泰河と李心妍の姿からは、“感染症”だからこそ、手が届くところにいても会えない・触れられない、ウイルスの恐怖と残酷さを描き出す。また、入院中の父が自ら死を選んでしまった息子、看護師として働く母に会いたい一心で院内に忍び込むも、SARSに感染してしまった母に会えない娘の姿からは、最後の瞬間を前に“別れを言えること”がどれだけありがたいことなのかをひしひしと感じる。

作品の中では、看護師たちのストライキも描かれているが、この作品でなければストライキを起こす看護師たちを嫌な奴だと客観視していられるだろう。だが「もし自分がここにいたら…」そう考えさせてしまうのがこの作品だ。未知のウイルスが猛威を奮う狭い空間で、感染しているかもしれない人と接触したくないと思ってしまうのはごく自然なことだろう。自分を守るべきなのか、それとも他人を救うべきなのか、ストライキを起こすという選択をした看護師たちにも共感してしまった。

その一方で、自らがSARSに感染しても患者を助けようと奮闘する者の姿には心を打たれずにはいられない。娯楽として楽しむというよりも、教養として見ておくべき映画のようにも思う。当時、自らを犠牲にウイルスと闘った人々、そして新型コロナウイルスの驚異の中、人々を救った全世界の医療従事者に感謝と尊敬の念が尽きない。

疫起/エピデミック より/※提供画像