インフレや歴史的な円安により、日本に住む私たちはどんどん貧しくなっています。数年前までは悠々自適な老後が描けていた高収入世帯でも、いまや老後破産は他人事ではありません。退職時に2,000万円の退職金を受け取ったにもかかわらず、2年で退職金が底をついてしまった佐藤さん(62歳・仮名)もその1人。佐藤さんになにがあったのでしょうか。ファイナンシャルプランナーの松田梓氏が解説します。
悠々自適な老後のはずが…佐藤さんの身に重なった「想定外」
60歳で大手企業を退職し、いまは再雇用で働く62歳の佐藤さん(仮名)。子どもは来年大学を卒業する予定で、ようやく教育費の終わりがみえてきました。そのため、佐藤さんは65歳で働くのをやめ、夫婦で悠々自適な老後を過ごすつもりだったといいます。
しかし最近、衝撃の事実が発覚しました。妻に「退職金で旅行でも行こうか」と話しかけたところ、「退職金はもうないわよ」と言われてしまったのです。佐藤さんは驚きが隠せません。いったい、なぜこのようなことになってしまったのでしょうか。
「コロナ」「円安」「物価高」…退職金2,000万円が“2年で消えた”
佐藤さんは、60歳のとき、2,000万円の退職金を受け取っています。
この使い道については以前から、「退職金の半分は住宅ローンを返済するために使い、そのタイミングで築25年になる自宅のリフォームも行う」と計画していました。
計画どおりローンを完済しリフォームを行った佐藤さんでしたが、想定外だったのはこの“リフォーム費用”です。コロナ禍の影響で資材価格が高騰し、見積もりをとったコロナ前に比べ費用は3割ほど値上がりしてしまいました。
他にも、コロナ禍で大学生活を思うように満喫できなかった子どものために、お子さんの夢だった海外留学を叶えてあげた佐藤さん。しかし、歴史的な円安の影響で現地での生活費や学費が高騰しており、想定していた予算より100万円以上も支出が増えてしまいました。
さらに、物価高の影響で日々の食費や日用品などの支出も増えており、思うように貯蓄が進みません。自分たちの老後やこれから本格化する両親の介護を考えると、佐藤さんは将来への不安が尽きないようです。
「世の中のせい」だけではない…佐藤さんの退職金が“2年で消えた”ワケ
厚生労働省の調査※によると、いわゆる大企業の退職金平均額は大卒の場合約2,230万円(高卒で約2,018万円)となっています。佐藤さんの退職金は大企業の平均退職金と同程度支給されており、悠々自適な老後を迎えられるはずです。 ※ 厚生労働省「令和3年賃金事情等総合調査」より
コロナや円安など想定外の出来事はあったものの、佐藤さんが2年で退職金が消えてしまった原因は他にもあります。
1.退職金での住宅ローン返済
まず、「退職前に住宅ローンを完済していなかったこと」が挙げられます。
住宅ローンは「繰り上げ返済」をすることで、早期返済できるだけでなく住宅ローンの総返済額を圧縮できるメリットがあります。
ただし、お子様の独立までは住宅ローンの「団体信用生命保険」を万が一の保障として残しておき、あえて繰り上げ返済しないというのも選択肢のひとつです。その場合は、退職金とは別に貯蓄をしておくといいでしょう。
2.資産運用をしていなかった
それから、佐藤さんは資産運用をほとんどしていなかったことも影響があったと考えられます。留学費用やリフォーム費用などがかさむなかで、資産のほとんどを日本円で保有していたことにより、知らぬ間に資産が目減りしてしまいました。
3.どんぶり勘定な家計管理
家計の“見える化”をしてこなかったことも要因のひとつです。
「今、資産がどれくらいありますか?」と聞かれて、パッと答えられる自信のある人はどれだけいらっしゃるでしょうか? 年収の高い世帯には、「毎月いくら収入があって、どれだけ支出があるのか把握していない」という「どんぶり勘定」な家計管理をしているケースがよく見られます。
では、具体的にどのような対策をとることができるのでしょうか。
まだ間に合う?…老後破産を回避する“4つの対策”
1.家計管理や資産の“見える化”
まずは家計簿をつけて、家計管理をすることから始めてみてはいかがでしょうか?
紙の家計簿をつけるのが面倒と感じる人には、家計簿アプリがおすすめです。1度銀行口座やクレジットカードなどを連携させてしまえば自動で記録されるため、手間がかかりません。
また、月末に「資産の棚卸」をするのもおすすめです。現状、どれくらいの資産があるのか、先月より資産は増えたのか減ったのか、ザックリでも構いませんので把握することが大切です。
2.固定費の見直し
固定費の見直しとして代表的なのが「保険」です。子どもが独立すれば、大きな死亡保障は必要なくなります。
また、現在は時代の流れに合った保険がたくさん登場しているため、古いものはそうした新しい保険に乗り換え、不要な保険は思い切って解約することで毎月の支出を減らせる可能性が高いです。
3.年金の「繰下げ受給」の検討
将来的に、本来65歳で受給予定の年金を遅らせて受け取る「繰下げ受給」をすることで、老後の年金を増やす方法があります。繰下げ受給をすると、65歳から受け取る場合に比べて1ヵ月ごとに0.7%増額され、増額された年金は一生変わりません。
たとえば、70歳まで繰下げた場合の年金増加率は42%(0.7%×60月)です。なお、2022年4月から年金の繰下げ受給の受給開始年齢の上限は70歳から75歳に引き上げられたため、最長75歳まで繰り下げることが可能になりました。75歳での増加率は84%(0.7%×120月)です。
4.元気のあるうちは働くことも視野に
医療の発達などさまざまな原因により、昔に比べ、現代の60代は心身ともに若くて元気です。もし健康で元気なら、65歳以降も働くことを視野に入れてみてもいいかもしれません。
老後破産の危機は「これからできること」に集中すれば回避可能
最後に。今回の事例では、退職金が底をついてしまったとはいえ、終の棲家である自宅のローンを完済し、リフォームにより自宅が生まれ変わりました。また、子どもは留学の夢を叶えられて、みんなが幸せになれるお金の使い方だったと思います。
お金は、使ってはじめて価値が生まれます。家族が幸せになれるいいお金の使い方だったと思い、これからできることに集中すれば、老後破産を回避することは十分可能です。未来に目を向けて、豊かな老後の準備をしていきましょう。
松田 梓
株式会社FP STYLE
代表取締役/ファイナンシャルプランナー
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