アメリカ陸軍が主力の装輪装甲車ストライカー」を“ハイブリッド電気駆動”にしようと動き始めました。ただ、なぜEVではなくハイブリッドなのでしょうか。また、防衛省および自衛隊の動向についても探ります。

アメリカ軍で進むハイブリッド化の動き

アメリカ軍軍用車両の駆動方式の“ハイブリッド化”に強い関心を持っています。過去に行った第5世代戦車の研究でも、その能力の一つにハイブリッド電気駆動方式を挙げていたほどで、実際、2022年10月にゼネラル・ダイナミクス(GD)社が発表した次世代戦車の技術実証車「エイブラムスX」も、ハイブリッド機関を搭載していました。

そのようななか、2023年11月、アメリカ陸軍は主力の装輪装甲車ストライカー」のハイブリッド電気駆動に関して、防衛関連企業に向けて情報の提供を求めました。なぜいま、戦闘車両のハイブリッド化に着目しているのでしょうか。

今回、アメリカ陸軍はストライカー装甲車ハイブリッド化を進めるにあたり、その機能について「電力を生み出し、蓄電し、そして外部の機械に提供できること。電力需要の大きなシステムを支援するため、12ボルトDC、28ボルトDC、高電圧DC、および110ボルトAC、220ボルトACなど、多様な規格で電力を提供できること」と説明しています。

近年、戦闘車両の装備品はハイテク化が進んでいます。それに伴い、さまざまな電子機器・電気製品を搭載するようになりました。たとえば、ドローンの迎撃手段として注目されている高出力レーザーは大きな電力を必要とします。小型化が進んでいる電子戦機材も同様です。

また、対戦車ミサイルなどから車体を防護するため戦車などに搭載されるアクティブ防護装置は、センサーや制御システムを動かし続けるため、やはり大きな電力を必要とします。このように、戦場における電力需要が今後高まることが予想されることから、それがハイブリッド化を推進する大きな理由になっているといえるでしょう。

加えて、ハイブリッド化で期待されているのが静粛性です。身近な例でも、ハイブリッド乗用車は従来のガソリン車やディーゼル車と比べてとても静かな駆動音です。ストライカーハイブリッド化にあたって陸軍は「バッテリー駆動により、サイレントウォッチ(静粛監視)およびサイレント・モビリティ(静粛機動)を実現する」と解説しており、偵察・監視や移動時の隠密性に期待しているようです。

あわせて、ハイブリッドの強みである低速かつ大トルクによる機動性・加速性の向上など、既存車両を上回る性能が求められています。

アメリカ軍の燃料代はなんと年間1兆円

アメリカ軍ハイブリッド化を推進するもう一つの要因と言えるのが、燃料消費量の削減です。

実は、アメリカ軍による石油燃料の消費量は世界一だと言われています。どれだけ膨大かというと、年間40億ガロン(150億リットル)を消費し、燃料代だけで90億ドル(約1兆3500億円)にものぼるのだとか。なお、1個機甲師団を動かすためには、50万ガロン(190万リットル)の燃料が必要だとされています。そのため、前進する部隊に追随する補給部隊にはかなりの負担がかかりますし、その長く伸びた補給線は、大きな“弱点”にもなり得ます。

さらに近年では、兵站面や金銭面の問題だけでなく、地球環境に与える影響も懸念されています。これだけの石油燃料を消費するアメリカ軍は、二酸化炭素排出量でも世界一です。アメリカは2030年までに二酸化炭素の排出量について40%削減を掲げており、こうした国家政策を実現する意味でも、最大の排出元であるアメリカ軍に対策が迫られていると言えるでしょう。

ただ、そういうなら完全EV(電気自動車)化を考えてもよさそうですが、なぜハイブリッドなのでしょうか。

残念ながら、現時点でEVには軍用車両に適さない弱点がいくつか存在します。たとえばEVはエンジン車ほど長距離を走ることができません。また、燃料の補充も給油が数分で終わるのに対して、充電は数時間必要です。将来的にEV技術が発展すれば解消される可能性はあるものの、現時点ではEVではなくハイブリッド電気駆動の方が戦闘車両に適しています。

自衛隊はハイブリッドを導入しないの?

ここまでアメリカ軍の話をしてきましたが、最後に自衛隊ハイブリッド化の動向について見てみましょう。

実は、防衛装備庁では以前からハイブリッド動力の研究を進めており、すでに専用の装軌式試験車両による実験も行われています。2011年から2016年にかけて行われた研究では、「加速性能の大幅な向上」「燃費性能の44%向上」という成果が得られたとしています。

さらに現在、「モジュール型小型高出力ハイブリッドシステム」の研究・開発が行われています。これは、「モジュール型」の言葉が示すとおり、既存車両の動力システムを置き換え、ハイブリッド化することを目的としています。

自衛隊でも高出力レーザーが実用化に向けて研究されるなどしているため、最前線における電力需要の高まりはアメリカ軍変わらないものになるのは間違いないでしょう。戦車や装甲車の轟音に聞きなれている私たちですが、将来の戦闘空間は思いのほか静かなものになるかもしれません。

ゼネラル・ダイナミクス社のグループ会社GDLS(ゼネラル・ダイナミクス・ランド・システム)が開発したハイブリッド戦車「エイブラムスX」(画像:GDLS)。