重いけがや病気にかかった際、私たちをサポートしてくれる理学療法士。しかし、厚生労働省によると、平均年収は430.7万円と、日本人の平均年収457.6万円(国税庁令和4年分民間給与実態統計調査」)よりも低いことがわかっています。超高齢社会の日本で需要があるにもかかわらず、給与が低いのはなぜなのか。医師の秋谷進氏が、理学療法士の給与事情を解説します。

「理学療法士」は人気の職業だが…

大きなケガをしたとき、脳梗塞で体が動かなくなったとき……。

医師による急性期の処置も大切ですが、後遺症が残ったときなどにはリハビリ治療も欠かせません。こうした際に重要な役割を担うのが、「理学療法士(PT(Physical Therapist))」です。

理学療法士は年々増えており、人気の職業といえます。超高齢社会の昨今、今後を思えばますます需要も高まってくると思われますが、診療報酬や収入をみると、国家資格が必要な職業でありながらかなり“微妙”。今後、給与構造に変革が必要なのではないかと筆者は考えます。

今回は、そんな理学療法士の実態と今後の課題について赤裸々に解説していきます。

「病院」だけが職場じゃない

そもそも理学療法士とは、病気やけがなどで基本的な身体機能が低下した患者に対し、リハビリテーションを行う職業です。

リハビリテーションには、大きく分けて「物理療法(温熱、寒冷、電気刺激などを用いた治療)」と「運動療法(関節可動域訓練や動作訓練などを行う治療)」の2種類があります。

理学療法士はこれらのリハビリテーションを介して、医師や看護師、作業療法士など他の専門スタッフと連携し、患者に最適な治療プログラムを提供していきます。

理学療法士というと、「骨折をしたときや脳梗塞になったときに病院でリハビリをしてくれる人」とイメージする方も多いと思いますが、実はその勤務先も多岐にわたっています。

医療施設(総合病院、クリニックなど)で働く理学療法士が半数以上を占めるものの、その他にも介護施設や地域の保健センター、児童福祉施設、フィットネスジムなどが挙げられます。また、なかには医療機器メーカーや出版社、教育機関で働く人もいます。

「国家試験」受験が必須…理学療法士になるための道のり

通常、理学療法士になるためにはまず、大学や短大の医療系学科やリハビリテーション学科、あるいは3年~4年制の医療系専門学校などの「理学療法士養成校」に進学し、必要な知識と技能を3年以上かけて修得する必要があります。

養成校では、1年目には医学に関する基礎科目(解剖学、生理学、病理学など)を学びます。2年目以降はより専門的な内容に移り、治療方法や訓練方法などの実務知識を、3年目・4年目には、座学とともに「臨床実習」が行われ、国家試験の準備も行います。

このカリキュラムのあと、「国家試験」を受ける必要があります。国家試験に合格してはじめて、理学療法士として働くことができるのです。

増える理学療法士…将来「仕事の取り合い」になる恐れも

理学療法士になる人の数は、年々増えています。

国家試験の受験者数をみると、1966年に行われた第1回は1,217人が志望(合格者は183名)。その後1975年にいったん158人にまで志望者数が落ち込むものの、そこから徐々に増え、2000年の受験者数は4,289人。その後加速度的に増加し、2021年には1万2,948人が受験しています(日本理学療法士協会「理学療法士国家試験合格者の推移」より)。

約20年前の2000年と比べると、3倍近くの人が受験しているのですね。

養成校の数も年々増加しており、2000年の172校から、2021年は279校に増加。それにともない、定員数も2倍近くまで増えています。そして2023年3月末現在、公益社団法人日本理学療法士協会の会員数は、13万6,357人にものぼります。

では、なぜここまで理学療法士が増えたのでしょうか。ひとつには、日本の高齢化を見据えた戦略があるのではないかと考えられます。

日本は今後、より少子高齢化が進むのは必至です。したがって、医療の必要性が高まり、それにともなったリハビリの需要も高まると見込んでいるのでしょう。

仕事の取り合いになり、給与が減る可能性も

しかし、現実はそこまで甘くありません。

厚生労働省の分科会資料「理学療法士・作業療法士の需給推計について(平成31年)」によると、「2040年までに理学療法士と作業療法士の供給数が需要数の約1.5倍になる」と予測されているのです。

必要とする患者数より理学療法士の数が増えるということはつまり、「仕事の取り合いになる」ということです。仕事の取り合いになるということは、1人あたりの給与が減ってしまう可能性があります。

そのため、今後理学療法士は、新しい働き方を考える必要に迫られることになるでしょう。

理学療法士は「昇給が見込めない」

気になる報酬についてですが、理学療法士の平均的な年収は430.7万円と報告されています(厚生労働省職業情報提供サイトjobtag「理学療法士(PT)」)。日本の平均年収は457.6万円といわれていますから(国税庁令和4年分民間給与実態統計調査)、一般的な理学療法士の年収は、現時点で日本の平均年収よりも低いのです。

理学療法士には「夜勤」がないため、他の医療・福祉分野の職種と比較すると手当が少ないとう事実はあります。しかしそれ以上に、報酬体系の「制約」が理学療法士の昇給を阻んでいるのです。

医療保険制度内で行われるリハビリテーションは、「リハビリ単位」と呼ばれる時間単位に基づいて実施されます。1単位20分で、これに基づいて1日や1ヵ月で実施できるリハビリや、保険申請できるリハビリの単位数が定められているのです。

また、リハビリテーション料は疾患や施設のレベルに応じて異なります。

たとえば、脳血管疾患のリハビリテーション料は、区分Ⅰで1単位あたり245点(2,450円)、区分Ⅱは200点(2,000円)、区分Ⅲは100点(1,000円)となります。

一方、廃用症候群リハビリテーション料は、区分Ⅰで1単位あたり180点(1,800円)、区分Ⅱは146点(1,460円)、区分Ⅲは77点(770円)となっています。

※ 廃用症候群……長いあいだ安静状態が続くことによって起こる、心身の機能低下のこと。

このように、理学療法士が行うリハビリテーションの報酬体系は「時間も金額もきっちり決まっている」という状況です。そのため、リハビリテーションの効率化には限界があります。

たとえ経験年数が上がり、効率的にリハビリを行えるようになっても、単位数に上限が設けられているため、理学療法士が生み出せる売り上げは一定に保たれます。つまり、診療報酬の増加はあまり見込めません。これが給与の頭打ちの原因のひとつとなっているのです。

理学療法士が生き残るためには

このように、理学療法士の数が増え仕事の取り合いとなり、給与も上限が決まっているとなると、今後生き残っていくためには、ある程度の戦略が必要になるでしょう。

少子高齢化に伴い、働き手の減少や独居高齢者の急増など、近い将来いまある課題がさらに深刻化することが予想される日本。また、障がい者の社会参画浸透など、社会構造がさらに変化すれば、多様な課題が生じることになるでしょう。

理学療法士がそれらの課題解決を担う「柱」になるのは間違いありません。そのため、時代に合ったリハビリテーションが必要になってくるでしょう。

また、今後は「予防医療」の時代です。病気になった後ではなく、発症や再発予防、日常生活の質の向上、スポーツにおける傷害予防やパフォーマンス向上など、病気になる前の、日常的な健康維持や予防を目的としたリハビリテーションにニーズが集まるのではないでしょうか。

理学療法士の「待遇改善」が望まれる

いまの制度では、理学療法士は将来的に必ず頭打ちになってしまいます。需要が減るということはなさそうですが、報酬面・働き方などさまざまな側面からの制度改革を行い、実情に合った仕事ができるようになることを願っています。

秋谷 進

医師

(※写真はイメージです/PIXTA)