ヒトの胎児は決まって、母親の子宮内部である「胎内」で育ちます。

しかし仏レユニオン大学病院センター(Le CHU de La Réunion)は最近、あるフランス人女性が子宮の外側である「腹腔(ふくこう)」の中で赤ちゃんを妊娠するという極めて稀なケースを報告しました。

腹腔は胃や腸といった大事な臓器を収めているデリケートな場所で、ここで胎児が発育することは普通ありえませんし、母子ともに非常に危険です。

どうしてこんなことが起こったのでしょうか、また女性と赤ちゃんは無事だったのでしょうか?

報告の詳細は、2023年12月9日付で医学雑誌『The New England Journal of Medicine』に掲載されています。

目次

  • 10日間続く腹痛から妊娠が発覚!しかし胎児は「子宮」にいなかった
  • 極めて稀な「子宮外妊娠」の中でもレアケースだった

10日間続く腹痛から妊娠が発覚!しかし胎児は「子宮」にいなかった

今回、腹腔内での妊娠が確認されたのは、フランス国籍の匿名女性(37歳)です。

ただ彼女が住んでいるのはフランス本土ではなく、アフリカ南東のマダガスカル島の近くに浮かぶ「レユニオン島」であり、この島はフランスの海外県に属します。

女性は10日間続く腹部の激しい痛みと、徐々に悪化するお腹の圧迫感から救急科を受診しました。

診察を担当した医師は、女性が何らかの病気にかかっているのではなく、赤ちゃんを妊娠しているのではないかと推察します。

女性はこれ以前に2人の子供を出産しており、1人を流産で亡くした経験がありました。

そこで超音波検査やMRIスキャンで女性の体内を調べたところ、妊娠23週目を迎えた胎児がいたことが発覚したのです。

ところが驚くべきことに、胎児は通常の子宮内ではなく、胃と腸の間のスペースである「腹腔」にいました。

腹腔で発育していた胎児の画像(その下の星印で示されたのが子宮)
腹腔で発育していた胎児の画像(その下の星印で示されたのが子宮) / Credit: Guillaume Gorincour et al., The New England Journal of Medicine(2023)

おそらく、女性が訴えていた腹痛は、腹腔内で大きくなった胎児が周りの臓器を圧迫していたからだと考えられます。

胎児は羊水の入った羊膜に包まれており、へその緒もつながっていて、正常に発育しているようでした。

また通常は子宮内にできるはずの「胎盤」も胎児とともに腹腔にあり、女性の背骨の付け根近くの腹部内壁に付着していたようです。

これは一体どういう状態なのか?

医師によると、女性の身に起こっていたのは「子宮外妊娠」という稀な現象でした。

極めて稀な「子宮外妊娠」の中でもレアケースだった

子宮外妊娠とはその名の通り、受精卵が通常の子宮内膜ではない場所に着床し、そこで胎児が発育してしまう現象であり、正式な医学用語では「異所性妊娠」といいます。

普通とは何がどう違うのかをわかりやすくするために、まずは正常な妊娠のプロセスを見てみましょう。

正常な妊娠では、精子が子宮頸管から子宮を通って卵管へと進み、卵巣から出された卵子と出会って受精します(下図を参照)。

受精は子宮内で起きると認識している人が多かもしれませんが、通常、受精は卵管で起きるのです。

受精卵になれるのはたった1個だけで、その後、受精卵は卵管から子宮へと戻っていき、子宮内膜に定着します。

これが「着床」です。

着床後は10日ほどで妊娠の反応が出て、胎児の発生が始まります。

また同時に、子宮上部に「胎盤」という円盤状の器官ができて、胎児と一緒に成長しながら、酸素や栄養分を送ったり、老廃物を取り除いたりします。

このまま順調に発育が進めば、妊娠37〜41週の正産期で元気な赤ちゃんが生まれます。

正常な妊娠のプロセス
正常な妊娠のプロセス / Credit: 東京都福祉局 – 妊娠のしくみ

受精卵が「卵管」に着床してしまう?

ところが子宮外妊娠では、受精卵が子宮まで戻ることができずに、それ以外の場所に着床してしまうのです。

最も多いのが「卵管」で、子宮外妊娠の約95%が卵管への着床となっています。

これは卵管が炎症や癒着、狭窄(きょうさく)を起こすことで、受精卵の通りが悪くなり、子宮までうまく運搬されなくなることが主な原因です。

また卵管は非常に細い管であるため、胎児が正常に育つことはできません。

胎児がそのまま大きくなると卵管の破裂や、それに伴う出血を引き起こす可能性があるので、放置するのは母子ともに危険です。

そこで通常は、卵管妊娠が発覚すると薬剤で発育を止めるか、胚の摘出手術を行います。

卵管に受精卵が着床するイメージ(そこで発育すると卵管が破裂する危険性も)
卵管に受精卵が着床するイメージ(そこで発育すると卵管が破裂する危険性も) / Credit: Planned Parenthood Federation of America

しかし一方で、ごくごく稀に子宮の外の「腹腔(横隔膜の下〜骨盤の上の腹部内に広がるスペース)」に受精卵が着床するケースがあります。

腹腔での妊娠は本当にレアケースで、子宮外妊娠そのものが妊婦全体の2%未満で起こるのに対し、腹腔妊娠はさらにそのうちのわずか1%にしか起こりません。

これは卵管に破裂による穴が生じることで、そこから受精卵が腹腔内に流出するために起こるといわれています。

また腹腔は卵管と違ってスペースがあるため、胎児も発育を続けることができるのです。

腹腔妊娠のイメージ(womb:子宮、placenta:胎盤、ruptured right oviduct:卵管の破裂部分)
腹腔妊娠のイメージ(womb:子宮、placenta:胎盤、ruptured right oviduct:卵管の破裂部分) / Credit: Psychology Todday (Source: Image from Wikimedia Commons)

それでも腹腔には、胎児を妊娠27〜41週の正産期まで育てられるほどのスペースや機能はありません。

だいたい妊娠中期(16〜27週)の間で周囲の臓器を圧迫し始め、母体に強い腹痛を引き起こします。

胎児の方も子宮内膜のクッションに包まれていないため、衝撃などの影響に弱く、発育に障害が出る可能性があります。

そこで今回の女性は、腹腔妊娠が発覚した23週目から入院して、注意深くモニタリングされ、妊娠29週目で開腹手術により胎児を取り出しました。

妊娠36週未満では早期出産となるため、赤ちゃんはすぐさま集中治療室に移されて、医療サポートを受けています。

母親の方は腹腔に残った胎盤を除去する追加の手術を受けました。

幸いにも母子ともに健康な状態まで回復し、その一カ月後には赤ちゃんも女性と一緒に退院することができたそうです。

ただ医師によると、その後の経過観測ができていないため、現在の母子の健康状態は分からないという。

しかし、この難しい出産を乗り越えた赤ちゃんなら、きっと無事に育ってくれるのではないでしょうか。

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参考文献

Baby is born alive after growing in mother’s abdomen for 29 weeks
https://www.livescience.com/health/fertility-pregnancy-birth/baby-is-born-alive-after-growing-in-mothers-abdomen-for-29-weeks

Woman, 37, who went to doctors complaining of stomach cramps is told there is a baby growing in her BOWEL and she’s 23 weeks pregnant – in rare medical phenomenon
https://www.dailymail.co.uk/health/article-12850461/mother-bloating-baby-abdominal-cavity-ectopic-pregnancy-rare.html

元論文

Abdominal Ectopic Pregnancy
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMicm2120220

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

子宮に胎児がいない⁈ 「腹腔で赤ちゃんを妊娠」した極めて稀なケースが報告される