時代の大転換期を乗り越えるヒントがここにある
『ラストエンペラー』レビュー

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書評:タカザワケンジ(書評家)

 戦後の日本経済を牽引してきた巨大産業、自動車。いま、その業界が大きな変革期を迎えている。
 日本屈指の自動車メーカー、トミタも例外ではなかった。EV(電気自動車)14車種のリリースを発表。ガソリン車からEV車へ大きく舵を切ろうとしていた。
 だが、社長の村雨は、次期社長に指名した壇に意外なプランを打ち明ける。自分の最後の仕事として、トミタ史上最高にして最後のガソリン車をつくりたいというのだ。
 車種はエンペラー。トミタの最高級車種である。しかしユーザーは国内の政治家、企業経営者に限られ、国際的なブランドになりえていなかった。
 EV担当の役員である壇はいぶかしく思う。村雨はなぜいまさら最後のガソリン車をつくろうとするのか。それもなぜエンペラーなのか。しかもたんにモニュメントとしてつくるのではなく、売れる車にするのだという。果たしてそのプランは実現可能なのだろうか。
 作者の楡周平はハードボイルド・ピカレスクロマン『Cの福音』で颯爽とデビューし、経済、政治を主なフィールドに、つねに半歩先の未来を見すえたエンターテインメント小説を発表してきた。
ヘルメースの審判』では大企業病を患い、危機に遭った世界的電機メーカーを舞台に、企業を内側から変えていこうと奮闘する主人公を描いた。『限界国家』では二、三十年後の日本の予測を依頼されたコンサルタントが、絶望的な「未来」に直面する姿を描いた。
 では、『ラストエンペラー』が描く将来の自動車産業はどのようなものだろう。
 ガソリン車からEV車への転換はたんに車の動力源が変わるだけではない。ガソリンエンジンの開発技術が不要になり、バッテリーやモーターなどのパーツの調達ができれば自動車をつくることができる。故障はパーツの交換で事足りるため、ディーラー網の必要性が減る。しかもバッテリーの開発では中国が先んじている。
 巨大化した日本の自動車メーカーは、恐竜のごとく絶滅する運命にあるのだろうか。
 トミタはいちはやくバッテリー開発に力を入れ、EV車をつくることで危機を脱しようとしてきた。しかしそこでトップがガソリン車をつくろうと提案するのはいかにも奇異である。時代の流れに反した感傷的な行為と見なされても仕方がない。しかし、村雨には別の狙いがあったのだ。
 プロジェクトのために集められたのはトミタの黄金時代を築いたエンジニアたち。しかも彼らをとりまとめるのは、かつてトミタが撤退したF1で鳴らしたエンジニアである。それだけでも胸アツだ。
 さらに「チーム・トミタ」でハンドルを握っていたF1レーサー、佐村良樹の恋人だった篠宮凛がプロジェクトマネージャーに抜擢されるのである。彼女はイタリアの超高級車メーカー、ガルバルディでキャリアを積んでいた。そしてまたガルバルディも、EV車への転換後にクラフトマンシップを売りにした自動車工房が生き残る術を探っていたのだ。
『ラストエンペラー』というタイトルから連想するのは清朝最後の皇帝、溥儀だ。溥儀は長く続いた清朝を次の皇帝に引き継ぐことはできず、中華人民共和国の国民として生涯を終えた。
 だがトミタの「ラストエンペラー」は違う。EV車という新しい王朝にバトンを渡すため、旧王朝のレガシーを残すミッションを与えられた最後の皇帝なのである。村雨が最後のエンペラーに託そうとしたものが明らかになり、その思いに車づくりのプロたちがどう応えるのかが最大の読みどころだ。
 岐路に立っているのは自動車業界に限らない。IT技術の発達は科学の進歩を加速し、まさしく日進月歩を地で行く時代に私たちは生きている。この大転換期をどう乗り越えていくのかは、私たち全員に共通する課題なのだ。最高の乗り心地の車に乗るがごとく、なめらかに前へ進むには何が必要なのか。そのヒントがここにある。

作品紹介

ラストエンペラー
著者:楡 周平
定価: 1,980円 (本体1,800円+税)

最後にして最高のガソリン車を造れ!
EV(電気自動車)全盛の時代が目前に迫っていた。大手自動車メーカー・トミタの社長、村雨克明は、後世に残るガソリンエンジン車として、トミタの最高級車種「エンペラー」の新型モデルの開発を決意する。村雨は、イタリアの老舗自動車メーカー・ガルバルディで働く篠宮凛にプロジェクトリーダーを打診するが、凛からはある条件が。それは新型車の開発のみならず、EV時代のトミタを救うことになるかもしれない、前代未聞の提案であった。
日本車の輝かしい歴史の記念碑として、そしてその未来のために、自動車に人生を捧げた者たちの挑戦が始まる。

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本記事は「カドブン」から転載しております

車づくりのプロたちが、最後のガソリン車開発に懸ける思いとは――楡周平『ラストエンペラー』レビュー【評者:タカザワケンジ】