旅するように働き、稼ぐ。リゾート地での仕事を通じて、そんな生活を満喫する人たちがいる。サラリーマンを卒業して精神的に豊かな暮らしを取り戻した人、勤務したリゾート地が気に入って移住してしまった人。リゾート地での仕事を転々としながら日本一周を目指すインフルエンサー。旅するように働く人たちの形は様々だ。この連載では、リゾート地での仕事を通じて精神的にも金銭面でも豊かな生活を目指す人たちを紹介する。

ワーホリ対象外になる直前に「日本行き」を決意

山梨県・山中湖畔のホテルの中にある和食レストラン。外に出て散歩や買い物に行けば、広大な湖や富士山を眺めることのできる自然豊かな場所です。台湾出身の黄ネイさん(30歳)は2023年9月から2ヵ月間、このレストランの厨房で働きました。

苗栗(ミャオリ)という、台湾中西部にある小さな町で生まれた黄さんは、成績優秀で名門の台湾大学(台北市)を卒業。その後、台湾の大学に就職してイベントの開催や事務の仕事に携わってきました。しかし、30歳を前に、「ワーキングホリデーを利用して日本に行く」という学生時代からの夢をかなえたいとの想いが強くなってきました。30歳を超えるとワーホリの対象外になってしまうからです。日本で働けたり、長期間旅したりすることができることも、ワーホリの魅力でした。

母は日本語教師、幼いころから日本アニメやテレビ番組に親しむ

黄さんは幼いころから日本文化に興味がありました。お母さんが、台湾で日本語教師をしていたからです。「日本のアニメやテレビ番組などを見る機会が多く、興味を持った」(黄さん)そうです。特に好きだったのが、「秘密のケンミンSHOW」(日本テレビ系)など、日本の地方の人たちの生活や文化を紹介する番組。「大学生から大都会台北市で長く過ごして都会生活に飽きてきた」こともあり、ワーホリ中に日本の地方都市で働くことを思いつきました。

インターネットで検索したところ、リゾートバイトのダイブ(東京・新宿)など複数のサイトにたどり着きました。「申し込んだところ、担当者に熱心に相談に乗ってもらい、日本での仕事を紹介してもらえることになった」(黄さん)と言います。

世界一周旅行した女性との出会い、悩みも小さく

山梨のホテルの和食厨房では調理補助として働きました。煮た食材を盛りつけたり、前菜にゴマをふりかけたりといった基本的な仕事です。黄さんは「慣れない仕事だったが、教育係の方が親切に教えてくれたので比較的早く職場に馴染めた」と話します。黄さんの出身地は田んぼに囲まれていたため、「湖や山に囲まれた生活は初めてで、きれいな景色の中で働け、気持ちのいい毎日を過ごせた」と振り返ります。

職場では多くの出会いもありました。中でも影響を受けたのは、働きながら世界一周旅行をした30代くらいの日本人女性、中山茜さん(仮名)です。きっかけは、休み時間に寮のロビーでおしゃべりしていた台湾人の同僚が、黄さんと茜さんの共通の知り合いだったことでした。茜さんは「20代から世界一周旅行を目標に働いてお金を貯め、実現した」と話してくれました。彼女は自分の目標を定めて働き、達成していました。その自由な考え方や行動力に惹かれてすぐに仲良くなり、連絡先を交換しました。

休みの日には、日程を合わせて茜さんや同僚と一緒に近くの山に登ったり、紅葉の名所である「昇仙峡」に行ったりしました。茜さんらと接して、黄さんは「人生にはいろいろな可能性があると気づいた」と言います。

名門大学の出身だけに黄さんの周囲は医者や弁護士、大企業のサラリーマンなどエリートばかり。「自分はそうしたいわゆるエリート街道に興味がなく、どうしたら良いか悩んでいた。日本の仲間と交流する中で少しずつ悩みが小さくなってきた」と笑います。茜さんは仕事の契約期間を終え、現在はインドを旅行中だそうです。

「日本での経験を人生の糧に」台湾の地方創生に興味

黄さんは12月から新たなリゾートバイト地で働いています。契約終了後の3月下旬には桜前線に合わせて花見をしながら旅行し、4月下旬からは九州で働きます。日本を満喫し、台湾に帰国するのは来秋の予定です。帰国時期は近づいてきますが、黄さんは「まだ一生でやりたいことがきちんと見つかったわけではない。いまも探している途中」と話します。日本で働き、旅をするという夢をかなえた黄さんですが、悩みや迷いが完全に消えたわけではないようです。

黄さんが今、ぼんやりと考えているのは、将来、出身地に戻って地元の活性化に取り組みたいということです。「『地方創生』という言葉も日本で学んだ。田舎の人がどう生活していて、都会と違うどんな良さがあるのかを多くの人たちに伝えていきたい」と夢を語ってくれました。

「日本では多くの出会いがあり、これまでできなかった多くの経験ができた。これを人生の糧にしたい」。黄さんは言います。地方でリゾートバイトを積極的にやっているのは、台湾での地方創生の実現のためでもあるそうです。悩みながら、迷いながら、日本で「旅をするように働く」黄さんが、近い将来に人生をかけてやりたいと思える具体的な仕事を見つけられることを願っています。  

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