■【前編】注目の「両利き経営」に飛びついても成果を出せない日本企業の致命的な間違い(今回)
■【後編】アマゾンの方が日本企業以上に「カイゼン」で成果をあげている根本的な理由

<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

JBpressですべての写真や図表を見る

 日本企業は本来の強みを捨てて、弱みを取り入れてしまっている──。著書『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社)で、日本企業の経営上の誤りをこう指摘するのは、東大で初めて「経営学」博士学位を授与され、現在は慶應義塾大学商学部准教授を務める岩尾俊兵氏だ。日本企業が閉塞感を打破し「負のスパイラル」から抜け出すために、経営者や変革リーダーはどのような姿勢で、何を行うべきなのか。岩尾氏へのインタビューを前編、後編の2回にわたってお届けする。

「逆輸入された経営コンセプト」に翻弄されてはいけない

――著書『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社)では、日本企業が「似非(えせ)の世界標準経営」から脱却することの必要性を述べられています。これはどのようなことを意味するのでしょうか。

岩尾俊兵氏(以下敬称略) 日本には毎年のように、アメリカを中心とした欧米諸国から多くの新しい「経営コンセプト」が入ってきています。そして、私たち日本人は、それらを「世界標準の経営」として受け取り、学んでいます。

 しかし、そのコンセプトの本質を見てみると、源流が日本の経営にあるものも多く存在します。つまり、日本はもともと自分たちが持っていた強みを一度アメリカに輸出し、アメリカで抽象化・コンセプト化されたものを再び輸入しているのです。

 そうしたものを逆輸入しても、すでに実施している経営実践を一度壊して再び日本企業に無理やり当てはめようとしているようなものです。それでは、うまくいかないどころか、むしろ現場が混乱してしまうでしょう。

 また、経営コンセプトづくりは経営の根幹です。経営戦略やビジネスモデルも一種の経営コンセプトですから、これを自己破壊するのは企業の存在意義そのものを危うくします。

 多くの日本企業は「強みを捨てて、弱みを取り入れる」ということをしています。私の伝えたいメッセージは、そうした経営上の誤った意思決定をやめよう、ということです。

――「日本企業の強み」を踏まえた意思決定が必要、ということですね。

岩尾 そうです。新しいものを取り入れる時には、まずは「自己の強みは何か」を認識することが重要です。そうしないと、自分が何を取り入れて、何を捨てるべきか、見えなくなってしまいます。時として、必要以上に悲観論に陥ってしまい「何でもかんでも受け入れないといけない」と思い込んだり、逆に根拠のない自信過剰になり「自分にはもう学ぶべきものはない」と思ったりしてしまいます。

 新たな変革に挑む時こそ、変革のリーダーは一度立ち止まって、自分自身の強みの本質を冷静に再認識することが必要ではないでしょうか。

「両利きの経営」と「カイゼン」の意外な関係性

――日本企業はどのような経営コンセプトを「逆輸入」しているのでしょうか。

岩尾 例えば、近年注目を集めている経営コンセプトの一つである「両利きの経営」です。これは、既存のビジネスでしっかり稼ぐこと(深化)と、新しいビジネスに挑むこと(探索)を両立させることで、それらの相乗効果から持続的なイノベーションを引き起こすという経営コンセプトです。

 一見すると、日本企業にとって新しい経営コンセプトのように思えます。しかし、これは日本の生産現場で昔から行われていた「カイゼン」(改善活動)と同じ考え方なのです。事実、「両利き経営」の好事例としてカイゼンがよくあげられます。

 カイゼンとは、「現場の従業員が、日々の生産活動の中で生産に関する知識を蓄積し、さらにその知識に疑問を持つ機会を与えることで、生産やサービスのあり方を再考する」という組織変革活動です。つまり、そこでは「既存の生産知識を深化させる」と同時に、それを前提として「新たな生産方式を探索する」ということが両立して行われています。

 そして、その結果として、新たな価値が創られるわけです。まさに、「両利きの経営」のコンセプトといえます。日本企業では昔から「両利きの経営」が実践されていたのです。ただし、日本におけるカイゼンは「イノベーションにつなげる」点に弱みがあったのも事実です。つまり、現場レベルの両利きの経営はできていても、本社レベルの両利きの経営は苦手だった。そうしたところは真摯に反省すべきでしょう。

――海外ではなく、もっと身近なところに「両利きの経営」のヒントがあるはずなのですね。では、輸入された「最新の経営コンセプト」を取り入れようとするときには、どのような姿勢が求められるのでしょうか。

岩尾 すぐに飛びつくのではなく、一旦立ち止まり、「その本質は何か」をフラットな目で冷静に見極めることが必要です。流行り言葉に騙されてゼロから学ぶのではなく、そのコンセプトの本質を見極めた上で、自分たちが「やっていた部分」と「やっていない部分」を冷静に見分け、「やっていない部分」だけを取り入れればいいのです。さきほどのカイゼンをイノベーションにつながることなどは「やっていない部分」の代表ですね。

 その時に必要になることは「物事を抽象化して捉える」ことです。物事を具体化して捉えるだけでは、特定の文脈に依存し、どうしても表面的な形態や形式に目がいってしまいます。そうなると、物事の奥底にある本質が見えてきません。表面的な形態や形式は一見違って見えても、「抽象化してみれば本質は同じだった」ということがよくあります。

 よく会議などで、「抽象的に言われても分からない。もっと具体的に言ってくれ」という会話がありますよね。でも、具体化するだけでは、物事の表面が見えるだけで、その本質は見えてこないのです。

 新しいものを取り入れる時や、目の前の物事が大きく変化する時には、物事を抽象化しその本質を見極めることで「自分は何をすべきで、何をすべきでないか」が見えてきます。

日本企業の強みは「価値創造の民主化」にある

――そもそも「日本企業の経営」の強みは、どういったところにあるのでしょうか。

岩尾 結論から言うと、日本経営の強みは「価値創造の民主化」という理念型(理論的モデル)にあると考えています。

 経営とは「価値を創造すること」ですが、日本経営の根本には「価値創造の主役は人であり、誰もが価値創造の主役になれる」いう考え方が流れています。まさにその考え方が「強み」ということです。

 それは、日本でよく言われる「和を以て貴しとなす」という東洋的な考え方や禅の心にも通じるものです。私は、それを「価値創造の民主化」と呼んでいます。私は、終身雇用年功序列・企業別労働組合という、いわゆる「日本“的”経営」とは一線を画して、全員が価値創造に参加することを「日本“式“経営」と表現していますが、「価値創造の民主化」こそが「日本“式“経営」の本質でもあります。

 価値創造の民主化は、すべての人が経営人材としての自覚と責任を持ち、その代わりに尊重もされるという理念型です。ウェーバーのいう「資本主義の精神」の現代版ともいえるでしょう。

 一方で今、「世界標準」と呼ばれる経営の主流を見てみると、「金を儲ける技術としての経営」「投資対象としての価値を第一に考える経営」が中心になっています。「投資こそが正義」という「カネ優位の経営」です。しかし、そうした企業の価値を「時価総額」で見る経営は、ここ10年20年の「金融資本主義」の時代にしか通用しない「似非世界標準」の考え方なのです。

 近年、アメリカ企業においても「心理的安全性」の議論や、「人を大事にする経営」への取り組みが進んでいます。時代は「カネ優位の経営」から「ヒト優位の経営」へシフトしているのです。つまり、これからの時代は「ヒトこそが競争優位の源泉」であり、日本経営の強みである「価値創造の民主化」を進めることこそが、閉塞感漂う日本の現状を打破する鍵になるはずです。

【後編に続く】アマゾンの方が日本企業以上に「カイゼン」で成果をあげている根本的な理由

■【前編】注目の「両利き経営」に飛びついても成果を出せない日本企業の致命的な間違い(今回)
■【後編】アマゾンの方が日本企業以上に「カイゼン」で成果をあげている根本的な理由

<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  中内功が築き上げた日本有数の巨大企業グループ、ダイエーはなぜ転落したのか

[関連記事]

はたして「タダ飯食らい」だったのか、ダイキンのAI社内大学がもたらしたもの

村田製作所と京セラのDXリーダーが議論を交わす!ものづくり産業の未来とは

慶應義塾大学商学部准教授 岩尾俊兵氏(撮影:登将紀)