地方部を中心とした人口減少による地域課題が顕在化し、日本の産業競争力低下が叫ばれる。そうした中、デジタルの力で地方の社会課題を解決し、魅力を高める「デジタル田園都市国家構想」をはじめ、「スマートシティ」への取り組みが本格化している。本連載では、先進事例として注目を集める福島県会津若松市の取り組みを中心に、スマートシティの最前線と自立分散型社会の実現について解説した『Smart City 5.0 持続可能な共助型都市経営の姿』(海老原城一、中村彰二朗著/インプレス)より、内容の一部を抜粋・再編集。スマートシティを成功に導くための秘訣を探る。
 
 第1回目は、従来の「マイナス面の解消」から「プラス面創出」へと大転換したスマートシティの戦略、そして飛躍的に伸長する世界のスマートシティ市場について紹介する。

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<連載ラインアップ>
■第1回 市場規模は10年間で5倍の予測、世界のスマートシティの新潮流とは?(本稿)
第2回 都市OSを実装してデータをフル活用、会津若松市のスマートシティ構想
第3回 ベースは「三方良し」、共助型スマートシティ「会津モデル」の5つの特徴
第4回 主人公は市民、スマートシティ会津若松の「10の共通ルール」とは?

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■日米欧で異なる“スマート革命”の位相

「スマート」を辞書で引くと、「賢い/利口な」のほかに「コンピューター制御の/精密で高感度な」と解説されている。だが、この解説だけでは、1990年代から使われてきた「インテリジェント化」との違いは不明瞭だ。

 さまざまな対象に「スマート」を冠した「スマート○〇」や「〇〇をスマート化」といったキーワードには、「ICT(情報通信技術)とデジタル技術によって、従来にない高付加価値のサービスを提供する」という意味が含まれている。

『2020年版情報通信白書』(総務省)には、「いつでも、どこでも、何でも、誰でもネットワークに簡単につながるユビキタスネットワーク社会とスマート化の融合がスマート革命である」と記されている。

 ただ、この「スマート革命」の解釈も国や時代によってさまざまだ。例えば、2010年前後に世界で議論されていたスマートシティの特徴を表す次のような小話がある。

米国のスマート革命は、エコノミストが主導している。
ヨーロッパのスマート革命は、社会学者が主導している。
日本のスマート革命は、エンジニアが主導している。

 米国では2008年にオバマ大統領が誕生した。選挙中から目玉政策に掲げたのが「グリーンニューディール」である。リーマンショックによる経済危機を立て直すために、環境関連ビジネスに対し積極的な財政出動をなすことで景気浮揚を目指す政策だった。

 同政策の優先課題の一つが「スマートグリッド」である。背景には、1990年代からの電力自由化により市場メカニズムが導入されて以降、電力価格が乱高下したり、メンテナンスの不備や電力系統の散在が原因で大規模停電が起きたりしていた状況がある。

 そこで、ICTを活用した次世代電力網、つまりスマートグリッドを整備することで、電力の品質を安定させ、需要側からの電力使用量を調整できるようにしようとした。老朽化した送電線の更新に加え、電力使用量を遠隔操作でデジタル計測でき電気料金を可視化するスマートメーターの設置などに、日本円換算で1兆円を超える予算が拠出された。

 スマート化が経済対策の象徴になったわけだ。有望な投資先になる関連事業者の間では「スマートグリッド」がバズワードになったとされる。

 一方、環境意識がもともと高いヨーロッパでは、「世界大恐慌以降で最悪」と言われたリーマンショック後の景気後退に苦しみながらも、短期的な利益追求からの転換を模索していた。

 2009年12月の「COP15」を視野に入れつつ、EUは2008年から新しい中長期計画の検討を始め、2010年3月に「欧州2020(Europe 2020 Strategy)」の骨子に合意する。

 欧州2020は優先事項として① Smart(知的な)、② Sustainable(持続可能な)、③Inclusive(包括的な)の三つを掲げている。調達・生産・消費・廃棄の全ライフサイクルに渡って資源の廃棄物ゼロを目指す「サーキュラエコノミー(循環型経済)」の考え方につながるコンセプトも提示された。

 20世紀に蔓延した大量生産・大量消費・大量廃棄の「リニアエコノミー一方通行型経済)」から脱却し、社会システム全体の変革を目指したプロセスの一環に、スマート革命が位置付けられたと言える。

 翻って日本では、石油ショック以来続いてきた省エネルギー対策の延長線上で、工場や建築物、住宅などでオンサイトのエネルギー効率化を進めてきた。

 産業部門の省エネが進む一方、遅れていた民生部門の対策を強化するために、「省エネ法改正」が2009年に施行され、規制対象が大規模建築物から中小規模の建築物や住宅に広げられた。

 同時に、京都議定書へのコミットメントを意識しながら、低炭素化を進めるために住宅への太陽光発電搭載を推進し、装置導入への公的補助と「太陽光発電の余剰電力買い取り制度」がスタートする。

 この頃から、太陽光発電装置とHEMS(Home Energy Management System:家庭内エネルギー管理システム)を搭載した住宅を「スマートハウス」と呼ぶようになった。

 家電やエアコン、照明器具をインターネットにつなぎ遠隔操作できるようにした少し前の「ITハウス」に、創エネと省エネを加えることで一歩進化したというわけだ。

 スマートハウスは「スマートコミュニティ」の考え方につながっていく。スマートハウスが集まる街ぐるみで、電気にガスや上下水道を合せた生活インフラ、蓄電池の役割も果たすEV(電気自動車)をはじめとする交通システムを含め、広域でのエネルギー需給の最適化および電力負荷の平準化を図る。

 地域コミュニティのエネルギーをコントロールする「CEMS(Community Energy Management System)」もキーワードの一つだった。

 2010年4月に設立された「スマートコミュニティ・アライアンス」に500を超える国内企業・団体が集まったのも、エネルギーを核にしたイノベーションへの高い期待の表れだったのだろう。いずれにしても先の小話どおり、日本のスマート化の中心にいたのはメーカーや情報通信事業者の技術者たちだった。

 このように日米欧の立場は異なるが、いずれも環境・エネルギー分野をターゲットにしていた点は共通している。アメリカでスマートグリッドがブームになっていたころには、日本でもスマートグリッド導入の議論がなされていた。

 しかし、日本の電力会社のなかには熱量が低い会社もあった。「我々の電力網は既に高度な通信機能を備えており,補修や機能増強なども継続的に行ってきた。1軒当たりの停電時間もアメリカの20分の1。よって、日本にスマートグリッドは不要」という立場を取っていたからだ。

 だがその後、太陽光発電が徐々に普及し、家庭からの売電による逆潮流が増加。発電量が不安定な再生可能エネルギーと既存の商用電力との系統連携リスクが高まった。

 さらに、2011年の東日本大震災に続く福島原発事故の後、計画停電に踏み切らざるを得なくなり、電力使用制限令が出されるに及んで、電力供給システムの脆弱性が露呈する。

「日本の電力網は決してスマートではなかった」のだ。その反省から日本は、改めてスマートグリッドの導入に舵を切る。

■忘れられたスマートシティが戦略転換で息を吹き返す

 こうした経緯を持つ日本のスマートシティは、思うような成果は上げられなかった。一時期、スマートシティはほとんど死語になり、政策的支援も鳴りを潜めたほどだ。

 成功しなかった理由の一つは、各地での議論の対象が、都市や街のあり方そのものではなく、都市を舞台にエネルギー効率化の技術を生み出し、環境関連機器・熱電プラント・上下水道・ICTをパッケージ化したインフラ輸出を図ろうといったプロダクトアウト的な発想の取り組みだったことである。

 世界的には、まだまだ人口が増加し都市化が進んでいる新興国が存在し、エネルギー効率の高いシステムが売れると見込んでいたのだ。市場性のない高額パッケージは現地のビジネスユースに合わずマネタイズできなかった面もある。

 地域活性化の起爆剤になるとスマートシティに熱い視線を投げかけていた地方自治体の中には、期待した成果が得られずに「コンパクトシティ」に乗り換えたケースもある。

 コンパクトシティとは、空洞化した中心市街地に居住者や人の流入を誘導し、文化・商業施設の集積を図り、都市機能の回復やコミュニティの再生を目指す街づくりの考え方だ。

 特に地方都市では、人口減少と人口密度の低下により、社会インフラの整備コストの上昇や行政サービスの効率低下などの弊害が起きていた。人口減少を所与の条件としたときの現実的な解決策が、都市のスケールを縮小することだったわけだ。相対的に地価の高い中心部に移り住み人口密度が高まれば、固定資産税などの地方税収が増えるというメリットもあり、多くの地方自治体が注目した。

 そのコンパクトシティも成功事例が多いとは言えない。その原因については深く立ち入らないが、地方都市が抱える人口減少や経済衰退といった課題は、積み残されたままだった。

 地方自治体が壁にぶつかるなかで、忘れられていたスマートシティが2010年代半ばに再び息を吹き返す。停滞していたスマートシティが復活した理由は、戦略を転換したからである。

 従来のスマートシティは、温室効果ガスの増加による環境負荷を減らすために低炭素化を目指す「マイナス面の解消」が中心だった。しかも、行政が税金や公的資金を使って先導し、環境関連技術の事業者が機器やシステムを開発するアプローチである。

 当初は行政も、この路線で後押ししたものの、理念には賛同しても、ビジネスのユースケースとしては成り立たず、大半の都市が頓挫する(図1-1-1-1)。

 これに対して戦略転換後のスマートシティでは、街のあり方への深い洞察をベースに、その街で暮らし、働き、事業を営み、観光で訪れる人などの誰もが魅力的だと感じられる街にする、つまり「プラス面の創出」に軸足をピボットした。それができた都市が有望なスマートシティとして再評価され、今も生き残っている。

 この戦略を実践するためには、居住者、企業、旅行者の目線で体験をデザインし、価値を生み出すサービスを作り、企業の投資を呼び込み、オープンイノベーション(共創)を起していくアプローチが重要である。もちろん、ビッグデータやAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、データアナリティクスといったテクノロジーの進化が戦略の転換を後押ししている。

 もちろん、マイナス面を解消する戦略とプラス面を創出する戦略は二者択一ではない。従来型の低炭素化も並行して進めながら、街の魅力強化の比重を高めていく取り組みが求められる。

 戦略の転換に成功した代表例が、オランダの首都アムステルダムだ。同市は2009年にスマートシティに取り組み始めたが、当初の目的は「CO2排出量の削減」だった。2020年までに1990年比で40%減という高いハードルを掲げていたせいか一時期停滞していた。

 それが欧州委員会の戦略転換(Horizon2020)を受け、2013年に「市民のQOL(生活の質)の向上」をもう一つの柱に据えたのだ。従来から取り組んでいたエネルギーや環境改善の内容もアップグレードし、交通・行政・教育・市民生活などのテーマを加え、2018年の段階で200以上のプロジェクトを実施するまでになっていた。

 さらに、これらのテーマに関心のある企業を誘致するキャンペーンを打ったところ多数の企業が集まり、イノベーションエコシステムが実現した。例えば、今では世界で事業展開する配車サービス「Uber」の元になるシステムを開発したベンチャー企業は、ここアムステルダムのスマートシティから誕生している。

 ちなみに会津若松市は、このアムステルダムと姉妹都市提携を結び、運営組織の仕組みを参考にして取り入れている(2章を参照)。

■ソフトウェアやサービスが生み出す付加価値が評価の対象に

戦略転換後の取り組みは、スマートシティ市場の飛躍的な規模の拡大に寄与している。全世界におけるスマートシティの市場規模は、2016年から2026年までの10年間に5倍に拡大するとの試算がある(図1-1-1- 2)。年率換算の成長率は18・8%である。

 ここで注目すべきは市場規模の拡大だけではない。市場の内訳が、インフラやエネルギー関係機器などのハードウェアだけでなく、ソフトウェアやサービスが大きな付加価値を生み出すと見込まれている点だ。細かな分野を見ると、教育、ヘルスケア、移動など一般消費者向けのサービスが含まれている。

 これら複数のサービスが進化し、それらが縦横無尽に利用される都市をスマートシティと呼ぶことが世界のトレンドだと読み取れる。

<連載ラインアップ>
■第1回 市場規模は10年間で5倍の予測、世界のスマートシティの新潮流とは?(本稿)
第2回 都市OSを実装してデータをフル活用、会津若松市のスマートシティ構想
第3回 ベースは「三方良し」、共助型スマートシティ「会津モデル」の5つの特徴
第4回 主人公は市民、スマートシティ会津若松の「10の共通ルール」とは?

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