高齢者の通帳やカードを、本人に代わって家族が管理するということは多くの家庭で行われています。しかし、預金者である本人の意思や利益に反して現預金や年金を使い込むと、それは高齢者に対する「経済的虐待」に該当します。超高齢社会のいま、身動きが取れず判断力が落ちた高齢者が、その家族につけこまれるといったケースが増えてきているのです。本記事では、Aさんの事例とともに、老後の財産を適切に守る方法について長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

介護度が上がるほど被害が増える「高齢者の経済的虐待」

「高齢者の経済的虐待」という言葉を知っているでしょうか。これは高齢者の財産を不当に処分し利益を得るという虐待行為です。

具体的には要介護となった家族の財産を、家族が使い込んでしまうという状態をさします。現役時代に老後のために資産運用に励み、快適な老人ホームを見つけて入居しても、家族が財産を食い尽くしてしまっては利用料金を払えず退去せざるをえなくなります。

この経済的虐待は、介護度が上がるほど被害が増えることが特徴です。身体的虐待が、介護度が上がるほど減少するのとは逆で、経済的虐待は身動きが取れず判断力が落ちたところを家族につけこまれるという実態があります。

「家族すら信じられない」というのはあまりにも悲しい状態ですが、現実問題として家族を経済的虐待の加害者にさせてしまうのは、財産の管理方法が甘いとも言えるのです。

もし自分が介護状態となり認知機能が低下したとき、自分の財産をどう管理し守っていくべきでしょうか。家族と金銭トラブルを起こさないためには、なにをすべきでしょうか。事例を紹介しながら、その対策を説明していきます。

妻と長男を亡くし、失意のどん底の80歳・元経営者

<事例>

Aさん 

80歳 元会社経営者 軽度の認知症

年金受給額 月額28万円

金融資産合計 8,500万円

自宅土地の固定資産税評価額 7,200万円

Bさん

51歳 Aさんの次男 無職

金融資産合計 0円

妻、子供2人(大学生)

Aさんは元会社経営者の80歳です。38歳のときにそれまで勤めていた建設会社を退職し、工務店として独立しました。

幸い円満退職ができバブル景気を迎える前だったこともあって、業績は順調に伸びていきました。引退直前には従業員は42名、年間着工棟数150棟という住宅ビルダーとしては中堅規模の会社となりました。

かつては長男が大学卒業後に入社し、将来の跡継ぎとして現場監督などに従事させていましたが、20年前、34歳のときに胃がんで亡くなってしまいました。失意に沈んだAさんでしたが、会社は優秀な人材に恵まれていたため、その後も業績は安定。Aさんが75歳になったときに、55歳の専務に社長を委ね、自分は勇退することにしました。

Aさんには次男のBさんもいますが、もともと長男が父親の会社に入社したこともあり、後を継ぐことはまったく考えていませんでした。大学を卒業後は大手広告代理店に就職し、長男が亡くなる直前に起業していたのです。そちらが順調に推移していたため、父親のAさんは無理に跡を継ぐようには言いませんでした。

75歳で退職をし、これからは夫婦で旅行でもして過ごそうと思っていたのですが、退職からわずか半年後に妻がガンで亡くなってしまいます。若いころから支えて来てもらった妻だったので、Aさんの落胆は大きいものでした。退職しているため仕事に打ち込んで気を紛らわせることもできず、趣味もありません。妻と長男の墓参り買い物のほかは自宅に引きこもる日々が続きました。

一人暮らしになって軽度認知症に…

あるころから、ごみを出す日を間違えて近所の方にやんわりと注意されることが増えました。冷蔵庫の中には卵のパックが4パック、牛乳が5パックもあり、食べきれず捨ててしまうことがほとんどです。スーパーやコンビニのレジで小銭が数えられないこともあります。病院に相談すると、軽度の認知障害ということでまだ深刻ではありませんでしたが、今後1人で自立した生活に不安が募り、老人ホームへの入居を検討しました。

選んだのは経営者仲間からの推薦があった介護付き有料老人ホームです。入居一時金は7,000万円、月額利用料は35万円という高額な部類のものです。Aさんにとっては預貯金と年金だけで十分余命まで支払っていけるだろうという計算でした。次男は会社が上手くいっているようだし、自宅の不動産とある程度の現金を残してあげればいいだろうと思っていました。

楽しい老人ホーム生活の幕開け

Aさんは、長男と妻を亡くし、仕事を生きがいにしてきた人です。そんな仕事からも退いたいま、もう楽しいこともそんなにないだろうと思っていましたが、思いのほか老人ホーム生活での生活が充実し、幸せを感じました。

セカンドライフでこんなに充実した暮らしができるとは思ってもいなかった。同じ入居者のなかには元経営者という人も何人かいて、いまはお互いに損得感情もなく付き合うことができるから、話も合うし、毎日楽しいですよ」

しかし、そんな日々も長くは続きませんでした……。

突然、次男夫婦がAさんの自宅に住みつく

老人ホームに入居した3年後、次男の夫婦がそろって自宅に住みつくようになりました。ホームを訪ねてきた次男が言うには「会社を売却してヒマになった、オヤジの面倒を見ようと思って」とのことでしたが、表情が冴えません。「老人ホームの利用料金や年金の受け取りなど、お金回りは僕が管理してあげるよ」とも言います。

なにか引っかかるものがありましたが、今後自分での金銭管理には不安が大きいのが現実です。次男の言うことを信じ、預金通帳を預けました。しかし、その数ヵ月後から月額利用料の引き落としができないという旨を施設職員から聞きました。

「口座には十分な残高があるはずだが、私の手続きミスかもしれない。通帳を確認してみます」とAさんが言うものの、通帳が見当たりません。次男に預けたことを忘れているのです。

それを聞いた施設職員は心配な表情を浮かべました。施設職員から次男のBさんに何度も連絡を入れ支払いを促したものの、一向に入金されません。状況から考えて、施設職員は次男がAさんの預貯金を使い込んでいるのではないかと考え、地域包括支援センターへの通報を行うことにしました。

行政機関の職員が訪問調査を繰り返しヒアリングした結果、次のようなことが発覚しました。

・Aさんの預貯金8,500万円は残り1,000万円を切っている

・預貯金を使って、子供の大学費用に充て、車も買った

・Aさんの老齢年金は次男の生活費として使われている

・次男は経営していた会社が破綻し、自宅も失っている

・次男はうつを発症していて、就労が困難である

家族であっても親の口座から大きな金額を勝手に引き出すことは不可能のはず。おそらくAさんのキャッシュカードを使って頻繁に限度額までのお金を引き出したか、振込をしたのでしょう。

無職となりお金に困った次男夫婦が父親の家に転がり込み、父親の預貯金を使い込んでいたということのようです。

使い込みをされても次男を責められない父親

現金が残り1,000万円を切っている状態では、現在の老人ホームの月額利用料を支払っていくには少し不安が残ります。老齢年金も十分にあるためいますぐ破綻してしまうほどではありませんが、今後長生きをするほどリスクがあるという状態です。

現在の老人ホームを退去したとしても、支払った一時金は償却期間を過ぎているため戻ってきません。自宅を売却すれば、まだ十分な資産があります。施設職員があくまでも提案としてそれを伝えたところ、Aさんは拒否。「次男が住む場所がなくなると困るだろう……」と言うのです。

「遊ぶためにお金を使い込んだのであれば腹も立つが、孫の大学費用に使ったのであれば強く責められないよ……孫が中退しなくて済んでよかった。車もきっと取られて困ったから買ったのだろうし。まあ、ただ、もう息子のことは信用できません。それがなにより悲しいです」

次男のうつの状態はかなり重く、アルコール依存も深刻であるため、正常な判断が難しい状況のようです。年齢的なことからも今後経営者として再起したり、就職したりすることは難しいかもしれません。

Aさんはいまの預貯金と年金だけでやりくりできる安価なケアハウスなどへの引っ越しも考えたようでしたが、長年富裕層として生活してきたAさんが施設の中で浮いてしまい、友達ができない危険もあります。

結局のところ、Aさんの現在の老人ホームでの生活と、次男への生活支援を両立させるために、自宅は売却することになりました。次男は障害年金を受給し、妻はパートに出ることに。自宅を売却したお金の一部から毎年50万円を生活支援として次男に暦年贈与することにもなりました。

公営住宅に引っ越すことで家賃を抑えることができます。Aさんの認知症が進行したときにそなえて、法定後見制度を利用することになりました。これで次男に通帳を預けることができなくなります。

もし施設職員が次男の使い込みに気づけないまま放置していたら、Aさんも次男も生活が破綻してしまったでしょう。親子関係にも修復不可能な亀裂が入ったはずです。

次男が父親のAさんに行ったことは、いわゆる経済的虐待と呼ばれる行為ですが、次男もまた病的な精神状態にあり一方的に責めるわけにもいきません。

大切なのは「子供を信じない」ということではなく、「子供と金銭トラブルを起こさなくて済むように、元気なうちに財産管理の方法を確立しておく」ことです。子供を経済的虐待の加害者にさせないために対策が必要です。

老後の財産を守るために必要な手続き

ここからは、認知症などによって判断能力に不安が出てきたあとで、自分の財産を守っていく方法を解説していきます。

老人ホームでは基本的に金銭管理は「自己責任」「自己管理」です。これは厚生労働省の「有料老人ホームの設置運営標準指導指針について」でも通達されています。老人ホームでは利用者からの強い要望がない限り通帳や印鑑を預からないのが原則なのです。

特に認知症が進行し判断能力を失っている場合は、本人の要望があったとしても預かることはできません。その場合は、外部のサービスを利用することになります。外部のサービスには3種類が考えられます。

1.厚生労働省「日常生活自立支援事業」

この支援事業には「金銭管理」が含まれています。税金や公共料金、医療費などの支払いや、金融機関での手続きなどに対して支援を受けることができます。

ただし、日常的金銭管理の範囲に限られ、不動産の売却などを委任することはできません。また、利用できるのは認知症である場合や知的障害者に限られます。

2.「財産管理委任契約」(弁護士・司法書士)

弁護士や司法書士との間で、財産管理委任契約を結ぶことで正当な権限を第三者に認めることです。弁護士など専門家に財産の管理を委任すると聞くと、一見安心に感じますが、デメリットもあります。公正証書や後見登記が行われるわけではないので、社会的信用が十分ではないのです。

そのため金融機関においては財産管理委任契約だけでは、弁護士などによる手続き代行を認めないことがあります。また、財産が正当に管理されているのか監督する術がないため、不正が起こらないとは言い切れないのも現実です。

3.「成年後見制度」

最も多く利用されているのが成年後見制度です。利用者数が年々増加しています。

成年後見制度とは、家庭裁判所によって専任された人を「成年後見人」として、本人の代わりに財産管理やサービスの利用締結・取り消しといった手続きを委任できるようにした制度です。

たとえば、認知症で判断力を失った人が高額な商品の購入をしたとしても、成年後見人によって契約の取り消しができます。社会的信用が高いため、金融機関においても成年後見人が手続きの代行を行うことが可能です。

成年後見人には、判断能力が低下してから家庭裁判所が指定する法定後見人と、元気なうちに主に親族を指定して手続きをする任意後見人と二種類あります。任意後見人の場合でも後見監督人という監督者が指定されるため、高い信用度があります。すでに認知症となっている場合には任意後見人ではなく、法定後見人の制度を利用することになります。

最近では成年後見人に親族を選ぶケースが少なくなっています。厚生労働省「成年後見制度の現状」によると、令和4年に選任された成年後見人は、「親族以外」が80.9%でした。親族以外の内訳は「弁護士」「司法書士」「社会福祉士」が82.2%を占めます。

このように非常に安心感のある制度であるため、判断能力が低下した際に家族と金銭トラブルを起こす不安のある方には積極的に検討をおすすめします。経済的虐待が起こりえない環境を整備することが絶対に必要です。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表FP

(※写真はイメージです/PIXTA)